インディアカ
「インディアカになった…。」
「はあ?!ねえちょっと、大丈夫なの…!!!」
水曜日、息子が浮かない顔で帰ってきた。後期のクラブ決めがあるという事で、朝方はりきって登校していったのだけども。
…どうやら第一希望だったお料理は人気が高くて辞退せざるを得なかったらしい。
…どうやら第二希望の化学クラブはじゃんけんで負けてしまったらしい。
…どうやら第三希望の手芸は定員がいっぱいになってしまっていたらしい。
息子の体育の成績はすべて△。
最近の通知表ってのはさ、〇△×じゃなくてね、54321じゃなくてね。
◎、〇、△表記なんだよね。
つまり、息子は体育が苦手なのだな。
ぷくぷくしてるし、体が大きいし、やけに慎重だし、まあ、つまり瞬発力のある運動が非常にこう、とっかかりがゆっくりというかですね。
「がんばってみる…。」
「ああ、うん、ケガの無いように、ええと、できる事をできる範囲で、前向きにね?」
ああ、なんてこった。
あんなにワクワクして出かけていったというのに。
宿題をするために机に向かっている背中が、やけに丸まっている。
これは相当へこんでいるに違いない。
…私もさあ、子供の時運動苦手でさ。
学年一の体重を誇ってたからさ。
運動部なんて絶対入りたくなくて、存在すら知らなかったチェス部に入ったりしてさ。でもって完全チェックメイト喰らって大笑いされたりしてさ。
これじゃいかんと思っていろいろ努力したものの。
鉄棒やりすぎて握力無くなって落下して腰骨にひびが入ったりさ。
ハードルの練習して着地に失敗して足首の骨折ったりさ。
倒立前転で無茶してむち打ちになってコルセット生活送ることになったりさ。
台上前転で落下して肩の骨脱臼してさ。
サッカーでキーパーやらされて顔面で受け止めて眼鏡破損した挙句眼球出血もしたしさ。
バレーボールでレシーブ受け損ねて鼻打撲で鼻血が止まらなくて救急車に乗ったしさ。
ふん、結局運動音痴は体育は見学するに限るってね。
お前のせいで負けただろって責められる位なら、内申点なんていらんのさ。
こんなこともできんのかって叱られるくらいなら、内申点なんていらんのさ。
あいつがいるから私びりじゃない、良かったって笑われるくらいなら、内申点なんていらんのさ。
1もらってもいいからさ、無理はしちゃだめなんだよ。
体育教師はみんなケガした私を見て笑い飛ばしてさ。
親はカンカンになって私のこと怒鳴り散らすしさ。
同級生はあきれてみてるしさ。
ああ、いやな記憶が走馬灯のように。
…しかしですよ。運動ってのはですね。
誰かと比較しなければならない状況がなければ、意外と楽しい。
優劣を決めなければならない状況がなければ、意外と楽しい。
自分のペースで走るジョギングとかさ。
気ままに歩き続けるウォーキングだとかさ。
毎日地道に続ける筋トレとかさ。
毎朝欠かさずやるストレッチとかさ。
たまにやるヨガや太極拳とかさ。
毎日ちょっとづつ覚えて踊れるようになったダンスとかさ。
体を動かすのは、とても気持ちがよいものなのさ。
運動が得意な人は、競い合って上を目指せばいいのですよ。
運動が苦手な人は、個人で黙々とやりたいことをしたら良いのですよ。
…それに気が付いたのは、ずいぶん大人になってからですけども。
息子は、運動は嫌いじゃ、ないのだ。
私と一緒にウォーキングに良く出かけるし。
私と一緒にヨガのポーズをとっているし。
娘と一緒にハンドクラップやってるし。
サイクリングと称して7キロ先の食べ放題に自転車で乗り込んだりしてるし。
ミニテニス同好会に顔を出して時間前にコート使わせてもらってたりするし。
スポーツ吹き矢で満点とって喜んでたりするし。
ボッチャは初挑戦で優勝したし。
カローリングはものすごいテクニックで逆転優勝したし。
鉄棒ができなくて笑われているらしいけど、今のところ運動は嫌いになっていない。
サッカーでボールに追いつけなくて怒られてるけど、今のところ運動は嫌いになっていない。
ポートボールでゴール役しかやらせてもらえないけど、今のところ運動は嫌いになっていない。
大縄跳び大会で縄回ししかやらせてもらえないけど、今のところ運動は嫌いになっていない。
週に一度のクラブ活動で、運動嫌いにさせてしまうわけには…いかん!!!
「宿題、終わった。」
「じゃあさあ、晩御飯の買い物ついでにさ、インディアカのボール買いに行こうよ。」
全くのド素人で、いきなりボールを打ってへこむ事態はですね。
事前学習である程度は回避できると・・・信じたい。
「いいの?」
「いいよ!!私もさあ、インディアカやったことないし、一緒に練習しよう!!」
同じ初心者同士、一緒におたおたしてたら…そのうちもたもたにレベルアップして、いずれのたのたになり、最終的に普通になるはずなのさ。・・・たぶん。
かくして、インディアカ練習はスタートし。
息子はあれよあれよという間に、上達していき。
「ちょっと!!お母さん下手すぎる!!!」
「何で打ち返せないかなー!!」
「うるさい!!初心者に失礼ですよ!!!」
「がんばって。」
日曜、広い公園の芝生の上で、家族四人、インディアカボールを打ち合っていたりするんだけどさあ!!!
デカイ体のくせして運動神経抜群の旦那は華麗にボールを打ち返すしさあ!!
でかい・・・いや、豊満な体を揺らしながらダンス好きの娘はぴょんぴょん飛び跳ねてボール打ち返すしさあ!
ぷくぷくした息子はニコニコしながらボールを拾いに走るしさあ!!
私!!私一人だけがっ!!!
いつまで経っても初心者丸だしでっ!!!
そうか、旦那の血だな?!
でかくても動けるのは、旦那の血が流れているせいに違いない。
私は旦那と血が繋がってないからね!!!
運動神経は良くないんだよ!!
「ちょっと、休憩・・・。」
「休んでたらその分格差が広がるよ!!」
「やーい衰え!衰え!!」
「ベンチあるよ。」
息子の優しさに、私の血を感じる。
娘には100%旦那の血しか感じられない。
・・・よし、今晩のメニューは息子の好物のきのこなべにしよう。
・・・よし、明日は娘に、緑色一色弁当を持たせてやろう。
・・・よし、旦那のとっておきのカニ缶全部使って巻き寿司にしてやる。
ベンチに座り、お茶を飲み飲み、楽しそうに遊ぶ家族を見つつ。
私は一人、運動神経の悪さを指摘された不愉快な気持ちを晴らすべく、いろいろと頭をひねるので、あった。