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不向き


 民生委員になった。
 目の前でいい大人に泣き落としされて、絆されたのだ。

 民生委員とは、地域のボランティアのことである。
 色んな役目があるけれど、僕は主に話し相手として活動する事になった。

「嫁が私をイジメるんですよ、毎日がつらくて辛くて…。」
「そうなんですね、大変ですね。」

「どうして私はこんな目に遭わなきゃいけないんでしょうか、もう死にたい…。」
「…そうなんですか?」

「だって、生きていてもいい事なんかないし、目も良く見えないし足も痛い…。」
「…そうなんですか。」

「早くお迎えが来てくれると嬉しいんだけどねえ、そういう訳にも……。」
「…そうでしたか。」

 さっそく僕は、お迎えをよこすよう手配した。

 希望通りに迎えをよこしたのに、ばあさんは不満を漏らした。

 ―――あたしゃまだ孫と遊びたかったのに!
 ―――あたしの貯金まだ使い切ってないよ!
 ―――あたしはね、来月の息子の結婚式を楽しみにしてて…!!!

 文句を言いながら、あの世に連行された。


「介護中の母親が我儘ばかり言うので…辛いんです。」
「そうなんですね、大変ですね。」

「何をしても文句を言って、どう動いても怒られて…なすすべがありません。」
「…そうなんですか?」

「このままだと私もおかしくなってしまう、正直早く死んでほしい。」
「…そうなんですか。」

「もう我慢ができないんです、もういっそのこと…殺してやりたい……。」
「…そうでしたか。」

 さっそく僕は、きっかけを手配した。

 希望通りにきっかけを渡したのに、奥さんは不満を漏らした。

 ―――見た時にはもう死んでいたって言ってるでしょ?!
 ―――私は一所懸命やっていた、みんな知ってる事なんですよ!?
 ―――なんで?!なんで私が殺人未遂になるの?!

 文句を言いながら、警察に連行されて行った。


「出会いがなくてねえ…このまま独身で一生を終えたくなくて婚活に行ってるんですが、全敗なんです。」
「そうなんですね、大変ですね。」

「レベルの低い女性が増えたんだね…僕の魅力に気付かない連中ばかりでして。」
「…そうなんですか?」

「一生を添い遂げる相手ですから、妥協したくないと思っているんですよ。」
「…そうなんですか。」

「従順で色つやのある見目の良い女性がいたら…それこそ命を懸けて尽くすと決めているんですけどね。」
「…そうでしたか。」

 さっそく僕は、従順で色つやのある見目の良い女性を手配した。

 希望通りに従順で色つやのある見目の良い女性と縁を結んだのに、おじさんは不満を漏らした。

 ―――ハハハ!嫁が欲しがり屋さんで困るなあ!毎日がハードでたまらんわ!
 ―――きちんと仕事をしてから強請れと言ってるだろう!…全部やった?!仕方がない…。
 ―――も、もう…か、勘弁し、て……む…り………。

 文句を言いながら、サッキュバスに貪りつくされてしまった。


 人っていうのは…ずいぶん繊細というか…難しいな。

 人に紛れて、人に慣れたと思っていたけど、やっぱり別物感が拭えない。
 人に慣れて、人に成ったと思っていたけど、やっぱり別物でしかいられない。

 人の話を聞いても、人の心の奥底に隠された本音ってのが読めない。

 素直に聞いた言葉を受け入れる事しかできないのだ。
 話してる人の感情を引き継いでしまうのだ。

 どうもこう、相談に乗るってのが分からない。
 イマイチこう、なぐさめるってのが分からない。
 何て言うかこう、同情をするってのが分からない。
 どうにもこうにも、愚痴に対する正しい答え方が分からない。

 さらに言うと、話を聞くと、全部こう、いいネタ来たーって思ってしまう。

 ……どう考えても、僕は民生委員に向いてないと思うんだけどな。

 ……やっぱり、民生委員を断らせてもらおう。

「任期途中で役目を放り出すとはけしからん!」
「次のなり手がいないので、新しい人を見つけてから解任希望を出してください。」
「尊い仕事ですよ、やめたらもうなれないから、考え直して、ね?」
「80歳の爺さんでもやってんだぞ?!48のお前ができないわけないだろう!」
「そうやってすぐに町内会の仕事を反故にするんだ、だから若いものはダメなんだ!」
「人手が足りないんです、お願いできませんか?」
「任命されたら、よほどのことがない限り継続してやってもらわないと…」
「議会で決議しました、あなたの解任は認められません。」

 どうやら僕は、この先ずっと民生委員を続けていかなければいけないらしい。

 ……週1ペースで、人口減っちゃうけどいいのかね。
 ……週1ペースで、犯罪者生まれちゃうけどいいのかね。

 ええと…52週間あるから、年間52人減るんだよね。
 稀に他人も巻き込むだろうから、70人くらい減ることになるかな?

 確か最近、この町は毎年…1000人程度の人口減だったはず。
 ……僕が80になるまでに、およそ2240人の命が消える計算か。

 ……大したこと、ないか。

 この町は30万人が暮らしているんだ。
 どうせ少子高齢化だし、30年後にはもっと人口は減っている。

 腹をくくった僕は、持ち込まれる相談依頼をすすんで受けるようになった。

「ゴミ出しルールが守れないやつがいてねえ!どうにかして制裁を与えてやりたいと思っているんだ!」
「そうなんですね、大変ですね。」

「子供たちの声がうるさくてかなわんのだわ!保育園なんか作ったせいで!」
「そうなんですね、大変ですね。」

「うちの裏庭にヤンキーが溜まるようになっちゃって…一掃したいんだけど、怖くてねえ。」
「そうなんですね、大変ですね。」


 ……週1ペースが週2ペースに。


 ……一回につき一人が、二人、三人、四人、五人……。


 随分人口減は進んでしまったけれども。

「任期が終わったからと言って役目を放り出すとはけしからん!」
「次のなり手がいないので、新しい人を見つけてからやめてください。」
「尊い仕事ですよ、やめたらもうなれないから、続けましょう、ね?」
「80歳の爺さんになるまでやるんだろ!」
「町内会の仕事をやってるってえらそうな顔をするなよ、まだまだ若くてペーペーなんだから!!」
「人手が足りないんです、続けていただけて助かりますー!」
「継続手続きしておきましたのでよろしくお願いしますね!」
「議会で決議しました、あなたに地区代表補佐をやっていただきましょう。」

 どうやら僕は、この先もずっと民生委員を続けていかなければいけないらしい。

 僕は、持ち込まれる相談依頼を、さらにすすんで受けるようになった。

「礼儀のなっていない若者が多すぎる!俺の偉大さを知らしめて崇めさせようと思っているが、力がない!!」
「そうなんですね、大変ですね。」

「ジジイどもが我儘なことを言って若い世代を蔑ろにしている、どうにかして協調性のない奴らを排除したいが方法が分からない。」
「そうなんですね、大変ですね。」

「ママ友ネットワークでのけ者にされて…もう生きていけない、でもやられっぱなしじゃ気が済まないの……。」
「そうなんですね、大変ですね。」


 ……週3ペースが毎日ペースに。

 ……一回につき複数人数が、多数人数が、大量人数が……。


 ……民生委員という仕組みが続けられなくなるくらい、人口が減る日は、そう遠くはないかも、知れない。


いやあ、民生委員って、本当に貴い仕事だと思いますよ(爆)

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