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カツラ

 今の時刻、およそ6:15…、九時間に及ぶ勤務を終えた俺は、朝日に照らされるアスファルトの上をいつもよりいくぶん軽やかな足取りで進み…住んで八年目になるアパートへと向かっていた。

 …今日はいい感じに廃棄の弁当がもらえたんだよな。カツカレーに赤飯おにぎりが二つ、ツイストドーナツ3個入り。昨日は硬くなった唐揚げ棒一本だったから、喜びが大きくてね。
 上機嫌で人けのない道を歩きながら、時折進行方向に顔を出す太陽の光の眩しさを手のひらで遮る。…ずいぶん日の出が早くなったなあ、つい1か月前までは真っ暗だったのに。

 俺は週5日、21:00-6:00でコンビニバイトをしている。
 家に帰って飯を食い、昼まで寝て、午後から漫画を描いて、昼寝をして、またバイトに行って…その繰り返しが日常だ。二年半前に夢をあきらめきれずに機械部品工場をやめてからずっと続いている、ルーティンなのさ。

 休みの日には動画やSNSを片っ端から見て、ネタを探している。
 ……俺はマンガ家希望でね。SNS投稿でバズる→人気に火がつく→一気に読者獲得→デビュー→単行本→アニメ化の流れに持って行きたいと思っているんだ。

 つい先日、すぐそこのみかん畑にブラジャーがついていて…それをマンガにしたらわりと反応あったんだよな。あの4枚でフォロワーが増えて、3000人超えたんだよ。デビューのきっかけになるかなと期待したんだが…出世につながるような出来事は何も起きず、三日で騒ぎが収まっちまったんだけどさ。

 コンビニからアパートまでの徒歩移動20分間は…あまり出歩かない俺にとって、貴重なネタ探しの時間なんだ。ぼんやり足元だけを見て帰宅してしまっては、書くものが見つからないってね。ノーヒントで新しい何かを生み出すってのは、かなりきついんだよ。地味に毎日漫画のネタを考えるのって難易度が高いんだよな。
 なんか…面白そうなもん、転がってねぇかな?メシがうまくなるような…万人ウケする、切望されるような、息の長い金につながるようなすげえやつ……。

 あたりをキョロキョロやると……、あれ?

 アパートに続く順路の、最終コーナー…赤い自販機の横を曲がろうとしたら、ハデな蛍光色ののぼりが目に入った。

 いつも通らない道の脇に、やけにだだっ広い空間がある。…なんか建物を崩したのか?あれ?あそこ、何があったんだっけ?あまり通らない道だから記憶が薄いな……。そうか、今まではあたりが薄暗かったから気が付きにくかったんだな。日の出が早くなったことで視界がクリアになり、俺の目にとまったという事なんだろう。

 新しい店でもできるのかと思って、近づいてみる。
 張りたてのアスファルトに、味も素っ気もない平屋の建物…、コンビニにしては小さいな。駐車場になるのか?やけに広すぎる気が……。

 あれ?

 建物の入り口付近に…何か落ちている。

 ゴミっぽい?いや、猫か?
 ボサボサしたモノが、規則正しく並んで……。

 うん?

 コレ…カツラか?触るのはちょっと勇気がいるので、まじまじと観察をしてみる。アスファルトの上に、茶髪、白髪、ロン毛、ショート、あと毛糸の帽子?はげ頭まで並んでるぞ……。
 なんで……こんなもんが礼儀正しく並んでんだろ。

 ……つか、何このシュールな光景。
 めちゃめちゃマンガにできそうじゃん!

 写真撮りたいのにスマホの充電が…しまったなあ、こんなことならバイト中に動画なんか見るんじゃなかった。…仕方ねぇ、目に焼き付けていくか。

 建物の入り口の自動ドア?の幅にあわせて、色とりどりのカツラが等間隔で置かれていて…なんだか飛行機の滑走路みたいになっている。おかしな演出だなあ、ここは一体何屋になるというんだ??

 アスファルトをよく見ると、カツラが置いてないところもあるようだ。
 なにやら・・・足のマーク?が書かれている。子供サイズに女性サイズ、がに股に内股、デカイ足に小さい足、下駄っぽいものまである。

 なんだい、これは??

 新手のアミューズメントか、おかしなテーマパーク?いや…集客を見込むにしては手狭すぎる。何かの小売店か?カツラ屋にしては商品の扱い方が雑だし……。

 推理をしながら、アスファルトの上をじっくり…見やる。

 ・・・こういうのを見ると、ついつい足を合わせてみたくなるな。

 ちょうど手ごろな足型があったので、ピタリと靴底を合わせて、前を……。


 ・・・がごんっ゛!!!がッ!!!


 ?!

 突如!!
 俺の、頭にッ?!

 とてつもない、衝撃、が・・・!!!


 がご!!!

 がッ!!!


 ごん、ごんッ!!!


 ザッ、ザッ・・・!!!


 か、からだが?!

 ・・・硬直して、動けないッ!!!


 ざごッ、ごしゅッ!!


 お、俺の足が!!

 アスファルトに…めり込んで行く!!!


 がッ!!

 がッ!!

 がつんッ!!!


 脳天を、ガツガツと叩くのは…誰だ?!


 がつ、ガンッ!!

 ゴツ、ゴツン!!


 視界が、どんどんと低くなって行く。


 足はもう、完全にアスファルトに・・・ああ、刺さって、いる、のか・・・。

 衝撃のたびに、迫りくる、真新しい…アスファルト。
 全身が硬直して、指先すら、動かせない。

 脳天で火花が散るたびに、めり込んでいく…俺の体。


 この、並んでいるカツラは。

 ・・・・・・カツラなんかじゃ、なく。


 ずしゅ!!がしゅッ!!

 ごん、ごごんッ!!


 正真、正銘・・・人の、頭・・・・・・。


 こん、こん、こんッ!!!

 ・・・カッ!!!


 眩しい、光が。

 俺を…包み込み。


 俺の身体から、俺の  意識が  …  抜け   て い …  …   。

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