ドア
激安スーパーのバイトを終え、廃棄弁当を一つもらって帰宅中の私は、おかしなものを見つけた。
いつもの帰り道、歩道のど真ん中に……、ドアがある!!
ええ?!なに、これ!!
ちょーウケるんですけど!!!
アスファルトの上に、ドアだけが立ってる!!
枠も何もないから、ど○でもドアよりも貧弱っていうか!!
こんな目立つ場所に、一体だれが!!
……もっと近くで見てみよ!!
ドアに駆け寄って、まじまじと観察をば。
古めかしいドアノブの付いた、茶色いドア…何これ、どうやって立ってんの?!
支えも無ければ、紐もない…なんか、透明な壁があって、そこに張り付いているような??
……裏側、どうなってんだろ。
意外とドア自体はぺらぺらだなあ…、ちゃんとドアノブが裏表についてる。どっちを回してもうんともすんとも動かない。
……何これ、めっちゃ面白いんですけど!!
ワクワクする気持ちを抑えきれず、スマホで写真を撮ろうと…。
いや、もしかしたら著作権の問題があるかもしれない、ここは慎重に行くべきだ!!
もしかしてこのドアがユーチューバーだったりしたら、めちゃめちゃ怒られる可能性もある!!
「あのー、すみませーん、写真撮っても、いいですかー?」
返事が、ない。
当たりをきょろきょろ見回しても、人は誰もいない。
……よし、これは撮ってもいいという事だな!!
私はスマホのカメラアプリを起動させ、ぱっしゃぱっしゃと…あれ。
なんかスマホが動かないんですけど?!
「ここは時間が流れていないから、写真は撮れんのよー」
うごかないスマホを握りしめ、ブンブン振っていたら…声が聞こえてきた!!
…ガチャ!!
うぉふう!!
ドアが、いきなり…開いたー!!!
「うわあ!!開いたよドア!!何これどうなってんの!!」
……すごい、枠も仕切りも段差もないのに、ドアの向こうに変な空間がある!!
ドアノブを持ってるのは、なんだろう、ぼんやりした…人?
確かに見えてるんだけど、はっきりと形がわからない、ひどく曖昧な…スゴイ、気持ちワル…いやゴメン、なんか変!!
これ、今はやりの異世界ってやつじゃない?!
こういうの、アニメで見たことある!!!
なんか、チートもらって無双しちゃうんでしょ?!
「ごめーん、なんかたぶんね、お姉ちゃんの思ってる展開はない感じなんだわー」
なんだあ、残念!!
っていうか、こっちの考えてる事、わかるのね。
……ヤバいなあ、エッチな事とか浮んだら恥ずかしいやつじゃん!!
「あはは、そういうのはね、うん、だいじょうぶだから」
何がどう大丈夫なのかさっぱりわからないけど、極力エロいことを考えないようにして、状況確認をば。ええと、目の前に変なドア、時間は動いてなくて、変な人がいる・・・。
「これはねえ、いわゆるドアなのよ~、ええと、ドアって知ってるでしょ、おうちの中と外を繋いでる、開けたり閉めたりするやつなんだけど」
「ドアは知ってるけど、たぶん私の知ってるものとここにあるものは違うものなんじゃ??」
このドアは、明らかに自分の知ってるドアじゃ・・・ない!!
「うーん、細かく言うと違うけど、わりと結局一緒だよ~、あはは」
顔はわかんないけど、なんかこの人・・・めちゃめちゃ癒し系?
のんびりと、のほほんと、平和な感じの・・・いやな感じのしない?
「うーん、そうだね、癒されてるのは、こちらも一緒的な?」
「そっか!!ならお互いさまだね!!」
ニッコリ笑ってみると・・・ドアの向こうの人?も、笑って、いるような・・・。へえ、人って、顔がわかんなくても、感情?伝わるもんなんだね。
って・・・この人は、結局、人なのかな?
「うーん、細かく言うと違うけど、わりと結局一緒だよ~、あはは」
つられて、自分も、笑って、み・・・
「あはは!!」
・・・??
あれ??
あたしは、なんで道の真ん中で、笑ってるんだっけ??
……なーんかあったような、気がしたんだけどな??
・・・ま、いっか!!
フフ、今日は人気ユーチューバーのライブ配信があるんだよね~♡
今日こそスパチャ読み上げてもらうぞぅ♡
賞味期限切れ大盛りカツカレーのレジ袋をブンブン振って、おうちに帰って!
レンチンし過ぎてふたがベコベコになって!!
美味しく食べて、お風呂入って、髪の毛も乾かさずにライブ配信に夢中になって!!!
風邪をひいたり、寝込んだり、回復したり、元気になったり!!
よくわかんないまま、のほほんと人生ってやつを楽しんで!
山あり谷あり、調子に乗って落ち込んで、大笑いしてさめざめと泣いて。
なんとなく生きて、頑張って生きて、歯を食いしばって生きて…。
気が付いたら…ええと、ここは〜・・・・・。
「あのー、すみませーん、写真撮っても、いいですかー?」
好奇心を押さえきれない、わくわくした声が聞こえてきたよ?
ははーん、この感じは・・・なんにでも楽しみを見つけて引っ張り出そうと心がけてたあの頃かあ~。
「ここは時間が流れていないから、写真は撮れんのよー」
時間に守られてた頃は、制限多くて楽しかったな〜。
「うわあ!!開いたよドア!!何これどうなってんの!!」
流れる時間、手に入れる楽しみ、手に入らないハプニング、制限のある自由、無制限の可能性、ひどく曖昧な、人生という未完成。
まだ、運命が、ぼんやりしてるな〜。
まだ、出来事が生まれてないな~。
まだ、人生のパーツが足りてないな~。
まだ、知らないことが多くて、ふわふわしてるな~。
まだ、知りたいことが多くて、ふらふらしてるな~。
「ごめーん、なんかたぶんね、お姉ちゃんの思ってる展開はない感じなんだわー」
脳みそという限られた思考手段を使って、ああでもない、こうでもないと自分の意識を楽しんでるなぁ。
自分という意識を、小さな肉体の中にとどめておきたいと必死になってるなぁ。
「あはは、そういうのはね、うん、だいじょうぶだから」
そうかぁ、あのドアは、このドアだったのかぁ。
限られた私と、私をつないだ、ドア…。
たくさんの私と、私をつないだ、ドア…。
私はここにいて、ドアの向こうにはわたしがいて。
「これはねえ、いわゆるドアなのよ~、ええと、ドアって知ってるでしょ、おうちの中と外を繋いでる、開けたり閉めたりするやつなんだけど」
私の外には、わたしがいる…。
ドアの向こうには、たくさんの私がいる…。
「ドアは知ってるけど、たぶん私の知ってるものとここにあるものは違うものなんじゃ??」
あなたの知っているドアは、私も知っているドアだね~。
ドアは開けるものだからね~。
ドアは開くものだからね~。
私の知っているドアは、まだあなたが知らないドアだけどねぇ。
「うーん、細かく言うと違うけど、わりと結局一緒だよ~、あはは~、あは、あは、あはは・・・
ドアは閉めるものだからね~。
ドアは開けっ放しにしちゃまずいからね~。
開けっぱなしにしてもいいかなとも思うけど、私、わたしの人生はかなり良いものだったって知ってるからね~。
さっさと閉めて、自分らしく生きてって欲しいと思ってしまうのよね~。
ドアを閉めて、私が、私であることを噛みしめてみよう……。
私、いろんな……私だった。
ドア、ドア、ドア、ドア…。
いろんなドアの先に、いろんな私がいる。
このドアの先には、弱い私が。
このドアの先には、強い私が。
このドアの先には、幼い私が。
このドアの先には、尽くす私が。
このドアの先には、怯える私が。
このドアの先には、陽気な私が。
このドアの先には、真面目な私が。
このドアの先には、囚われた私が。
このドアの先には、頭の良い私が。
このドアの先には、あどけない私が。
このドアの先には、無鉄砲すぎる私が。
このドアの先には……、あれ?
ドアを開けたら、私がいない世界につながった。
まだ…私がいない世界を見つけた。
まだ…私が知らない世界を見つけた。
私がいないなら…私が、行かなきゃね~。
…すべての私を置いて、まだ透明な意識を…ドアの、向こう側へ。
このドアの先で、私になっていく、命。
このドアの向こうで、私ができてゆく。
また一人、私が…増えてゆく
新しい自分が、私に混じるのを楽しみにしながら…そっと、ドアを、閉めた。