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海苔を求めて

海の町に生まれた私は、海産物に恵まれて育った。

3の付く日と8の付く日には家からほど近い場所で朝市が開かれていて、そこにはずらりと新鮮な海産物が並んでいた。

蝦蛄、フグ、ひもの、貝、海藻、小さな魚に大きな魚。

そして、忘れてならないのが、海苔。

小さなころから、海苔を焼くのは私の仕事だった。

海辺の町の海苔は、赤黒い色をしていて、和紙のような手触りをしていた。やけに分厚くて磯の香りの強い海苔は、コンロで炙って食べるのが基本であった。板海苔をコンロの火で軽く炙ると、瞬く間に緑色に変色してパリパリになり、香ばしさが生まれるのだ。

私は、海苔が大好きだった。

海苔があれば、白いご飯はどれだけでも食べられた。
美味しくないおかずも、海苔に包んだらおいしく食べることができた。

長年、私の大好物は海苔、そう豪語していたのだが。

大人になり、生まれ育った土地を離れ、驚いた。

私の知っている海苔は、どこにも売っていない。
裸のまま、紙テープで50枚まとめてある海苔など、どこにも売っていなかったのである。

それどころか。

蝦蛄を見かけない。
干物を見かけない。
私の好きな貝が売っていない。
魚は切り身ばかり売っている。

スーパーの海鮮売り場は、なんだかとても…上品だった。

パックにキレイに入って、並んでいるとか。
干物が真空パックでぺったんこになっているとか。
皮の剥かれたエビが寒そうに見えるとか。
大きな貝はむき身で売られているとか。
たまに見る蝦蛄は、貧弱で卵が入っていないとか。

海苔は乾物コーナーに売っていたが、どれもこれもペラペラで、食べた気が…しなかった。

住む場所が変わると、ずいぶん食べるものも変わるのだと、驚いた日が確かにあったのだ。

海のそばに住まなくなって、ずいぶん時間がたった。

いつしか私は、ペラペラの海苔を普通に食べるようになり、すました切り身を普通に食べるようになっていた。
蝦蛄にはなかなかお目にかかれず、幼いころ浴びるように食べていたコリコリとした橙色の卵の味を忘れてしまった。
食べる貝は、あさりと牡蠣ばかりになった。
干物はずいぶん高いので…買わなくなって久しい。

ある日の事だ。

私は買い物に行った時に、ついうっかり、海苔を買うのを忘れてしまった。私にとって、海苔は毎日食べたい、美味しいもの。一日ぐらい食べなくてもよかったのだが、その日はどうしてもあきらめきれなかった。

歩いて五分の距離にあるコンビニで、海苔を買った。

おにぎり用の、半切りが10枚入っていて、100円。
ずいぶん安いなあ、そんなことを思いながら支払いをした。

夕食時、私は早速買ってきたばかりの海苔の袋を開けて、食卓にのせた。

醤油を小皿に出して、海苔の端に少し付けて、熱いご飯をくるんで、口の、中へ。

・・・。
・・・?

私は、確かに…海苔を食べたはずなのに。ずいぶん…海苔の風味が、薄い。やけに緑色をした海苔は、信じられないほど…海苔の、風味が、しなかった。つなぎの弱い、薄手の和紙のような食感がする。

ぼそぼそとした、香りの乏しい、遠くに磯が見えるような…海苔を名乗るのが厳しいような、食べ物。

・・・これは、私の好きな、海苔じゃない。

海苔は、海苔の佃煮になって、食されることとなった。

衝撃的な海苔と出会って、私は久しぶりに…昔食べた海苔が、食べたくなった。

今はネット販売があるから、全国各地の美味しい海苔が簡単に手に入る。

私が、生まれ育った町に行かずとも、あのころ食べた美味い海苔を食べることができる。

・・・できると、思って、いたのだが。

いつもスーパーで買っている、ペラペラの海苔の三倍の値段がする板海苔を、買ってみた。

届いて、袋を開けて、驚いた。

やけに…薄い。
これが、私の食べていた…海苔…?

一枚、コンロの火で焙ってみる。

信じられない速さで、海苔が燃える。
…私の、記憶では、もう少し、炙るのに時間がかかっていたはずだ。

焼けた海苔を、食べてみる。
…私の、記憶では、もう少し、磯の香りが強くて、香ばしかった、はず。

確かに、いつも食べている海苔よりも、香りも強くうま味がある。
しかし、この海苔は…私がかつて食べた、海苔では…ない。

来る日も来る日も、自分の求める海苔を探して…情報を、探った。

だが、私が食べていた海苔は、どこにも見当たらないのだ。

私の記憶が、ずいぶん遠いものになってしまったから…見つけられないだけなのかもしれない。
私の記憶が、ずいぶん遠いものになってしまったから…見つからないと思い込んでいるのかもしれない。

私の食べていた海苔は、もう、存在していないのだ、おそらく。
私の育った場所が、もう、存在していないのと…同じように。

遠い、記憶の中の、海苔の味を思い出しながら、遠い、記憶の中の、自分を、思い出す。……思い出したい記憶も、思い出したくない記憶も、ふわりと頭の中に、浮かんだ。

口の中いっぱいに広がっていた、乾海苔の、炙られたばかりの豊かな磯の香りと、うまみ。

思い出したくない…記憶は、思い出さなくても、いいかな。

海苔を思い出すと、思い出して、しまうだろうな。

とりつかれたように、全国各地の海苔を買い求めていた私は。

…ようやく、散財を止める事が、できた。

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