インスタント手相
手相占いがブームになっているらしい。
手のひらのしわひとつで、人々は大盛り上がりだ。
この線は頭の良さを表す線ですよ!あなた頭がいいですね!
この線は健康度を表しています、あなた長生きしますよ!
ここに線があるからあなたもうじき結婚しますよ!
ここに線があるからあなたはアイデアが豊富ですね……!
私天才なんだって!ひれ伏せ凡才ども!
俺100歳まで生きるってよ!ギネスにのれるかな!
僕もこれでぼっち卒業だ!子供は十人欲しい!
うち漫画家になれるって手相が言ってるもん!遊びに行こ!
良い手相を持つ者は、大はしゃぎしているようだ。
この線が短いと頭が悪いんですよ…。
この線が短いと不健康なんですよ…。
ここに線が出ると不幸が起きるんですよね…。
ここに線が出たからうまくいかないですね…。
どうせ俺頭悪いし、うまくいきっこねーんだって…。
どうせ食事に気を使ったところですぐ死ぬんだ、うまいもん思いっきり食おう…。
チェッ、お前と結婚したせいで運が悪くなった!
チェッ、やる気になってたけど全部やめだ、やめだ!
悪い手相を持つ者は、ヤサグレているようだ。
良い手相を持つ者、持たないもの。
悪い手相を持つ者、持たないもの。
魅力的なしわを持たない人たちの間で、インスタント手相を求める人が現れ始めた。
手の平にしわを書き込んで、幸運をつかもうというのだ。
手のしわは、毎日過ごしていく中でいつの間にか現れる、生きた証。
生きたから、出現するものだというのに。
生きたから、しわとなって刻まれるものなのに。
生きていないのに、生きた証を手の平に刻む…おかしな、流れ。
しわを得たから、自分の環境が変わるはずだと思い込む者。
しわを得たから、周りの人たちが自分を持て囃すと決め付ける者。
しわを得たから、何もしなくてもいい人生が送れるようになると信じる者。
多くの人が、挙ってインスタント手相を買い求めた。
多くの人が、挙って手の平を気軽に改竄した。
「見てみろ!これでモテる!!」
人脈が豊かになる線を追加されてご満悦の青年がいた。
……確かに縁を掴むチャンスが、少し増えた。
だがしかし……、もともとあった、誠実さを表す線が、遮られてしまったのだ。
ようやく根付き始めた誠実さが、余計な線で塗りつぶされて…、軽薄な性格になった。
気軽に縁を結びたがるくらいだから、薄っぺらい人間関係の方が性に合っていたのかもしれないが……改悪だとしか、思えない。
「見ろ!これで金持ちになれる!」
金運上昇の線を追加されてご満悦のおじさんがいた。
……確かに財産を成す道筋が、少し増えた。
だがしかし……、もともとあった、優しさを表す線が、遮られてしまったのだ。
多くの人に届けられていた優しさが、余計な線で塗りつぶされて…、広がってゆく繋がりを断ち切った。
欲しいと願ったのは多額の現金なのだから、儲け話にならない人間関係など必要ないのかもしれないが……改悪だとしか、思えない。
「見て!これで魅力的な人間になれる!」
人望を集めるようになる線を追加されてご満悦の女性がいた。
……確かに他人を喜ばせる話術の技量が、少し増えた。
だがしかし……、もともとあった、自分自身を前面に出す線が、遮られてしまったのだ。
他人の意見に左右されない確固たる信念が、余計な線で塗りつぶされて…、優柔不断な人間になった。
他人の希望ありきの会話をするのだから、中途半端な自分自身など必要ないのかもしれないが……改悪だとしか、思えない。
「見てよ!これで思いがけない幸運に恵まれるようになる!」
あらゆる幸運線を追加されてご満悦のおばさんがいた。
……確かにあらゆる方面の幸いが、少しづつ増えた。
だがしかし……、もともとあった、運命線が遮られてしまっている。
自分自身だけが持つ運命が、余計な線で塗りつぶされて…、ただの命になった。
簡単に自分の道筋を幸運に明け渡すくらいなのだから、誰が生きたところで問題はない運命のかもしれないが……些か腑に落ちない。
「見ろや!これで人類の頂点に立てる!」
世界の王となる線を追加されてご満悦のおっさんがいた。
……確かにこの世の代表者の証が、手の平に刻まれている。
だがしかし……、全ての線が遮られてしまっている。
この星に生まれた平凡な命が、たった一つの線で塗りつぶされて…、唯一無二の存在になった、瞬間。
ああ、異世界に……、転移していってしまった。
人類が一人しかいなければ、頂点も最底辺も一人で担う事になるのかもしれないが……ずいぶん乱暴な展開に思う。
インスタント手相は、やはり……ナンセンスであると、言わざるを得ない。
生きた証を生きる前に得てしまうと、様々な面で支障が出てきてしまうのだ。
生きる事に、不安に感じる事もあるだろう。
生きる事に、不満を感じる事もあるだろう。
生きる事に、不平を感じる事もあるだろう。
だが。
生きる事に、意味があるのであって。
生きる事で、線が現れるのであって。
生きる事をすっ飛ばして、しわを得ようとするところに…人の弱さを感じる。
生きる事をすっ飛ばして、しわを得て前を向こうと足掻くところに…人の面白さを感じる。
生きる事をすっ飛ばして、しわを得て逃げ出せない地獄にはまるところに…人のせつなさを感じる。
……私も、生きていたならば。
手の平にしわを刻みたいと……願ったのだろうか。
……私に、手の平が、あったならば。
流行りのインスタント手相を刻みたいと……願ったのだろうか。
私は、人々を見下ろしながら……、そんなことを、思った。