9文字の物語
テーブルの上にメモ書きを見つけた。
何の変哲もない、ボールペンで書かれたメモ。
少々崩れた文字が、やや几帳面に並んでいる。
いちご
たべた
うまい
この、謎の…9文字。
この文字は、いったい何を表しているのか。
イチゴを食べて美味かったのだろうか。
イチゴを何粒食べたんだろうか。
イチゴはどのくらいの大きさだったんだろうか。
イチゴは何口で食べたんだろうか。
イチゴを何回噛んだんだろうか。
イチゴを食べて美味い以外に何を思ったんだろうか。
イチゴは本当に美味かったんだろうか。
イチゴはすっぱくはなかったんだろうか。
わたしの中に生まれた、イチゴの物語。
わたしの中で広がる、イチゴの物語。
いちご
たべた
うまい
この、謎の…9文字。
この文字が、わたしを翻弄する。
イチゴが美味いという事をわざわざメモした事実。
イチゴが美味いという事をメモに残した意図とは。
イチゴが美味いという事を未来に伝えようとした理由とは。
イチゴが美味いという事はわかっている。
イチゴが美味くない事もあるとわかっている。
イチゴが美味いという事実だけがここにあるのだろうか。
イチゴに美味いという言葉を載せて良かったのだろうか。
イチゴに美味いという言葉は重すぎやしないか。
……イチゴは、ただのイチゴでしかないはずだ。
わざわざメモに残すほどの何かが、あったはず。
わざわざメモに残さなければならない何かが、あったはず。
いちご
たべた
うまい
この9文字に、どんな気持ちをこめたのだろう。
この9文字に、どんな気持ちをこめて、わたしは文字を残したのだろう。
……わからない。
わたしは、何を思ってこの文字を残したのか。
わたしは、何を期待してこの文字を残したのか。
わたしは、何を伝えようとしてこの文字を残したのか。
……もしやコレは、比喩表現ではあるまいか。
例えばイチゴのように瑞々しい果肉。
例えばイチゴのように真っ赤な果肉。
例えばイチゴのような食感の果肉。
例えばイチゴのように瑞々しい肉体。
例えばイチゴのように真っ赤な人肉。
例えばイチゴのような食感の肉片。
例えばイチゴのように瑞々しい人魂。
例えばイチゴのように真っ赤な怨恨。
例えばイチゴのような食感の人生。
……瞬く間に脳内を埋め尽くす、イチゴのイメージ。
赤い、滴る、プチプチ、甘酸っぱい、へたを毟り取る瞬間、びっしり表面を覆う種子、薄ピンク色の果肉、打撲痕、潰れてグロテスクに汁を垂らす様相、命をつなぐ小さな存在を己の口内で咀嚼しながら食感を楽しむ自分、飲み下して満足感に浸るわたしは次の獲物へと伸ばし……
いちご
たべた
うまい
この、謎の…9文字。
この文字が、何を伝えようとしたのかはわからない。
……だが。
この謎の9文字は、この1111文字の物語を生んだので、ある。
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