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よせよせマン
本日は年に一度の市民祭り。
市内に店舗を持つ企業が自社アピールをかねて出し物を企画し、市民はその企画を楽しむため会場に集まり……、市を挙げて力を注いでいる一大イベントの日でございますとも。
プログラミングの会社はドローンの操縦体験を企画し、飲食店はこぞって自慢の商品を市民祭り仕様で販売し、市内在住イラストレーターは似顔絵を描き、市内在住ダンサーは舞台で華麗に舞い!!!フリマやバザー、趣味の作品展、学生の企画したステージやら……もうね、何が何だかわかんないのさ、手当たり次第に楽しめるのさ!!!
私は旦那と二人、市民祭り会場に乗り込んでですね。
……旦那の目下の興味はうまいもの。いの一番に向かったフード企画コーナーで目をきらきら、おなかをぐうぐう鳴らしている。
コーナー入り口で早速みたらしを食べ、やきとりを食べ、チョコバナナを食べ、牛串を食べ…なんだ串ものばっか食べてるなって、旦那だけだけど!!!あまりにもがっつがっつと食うもんだからさあ、こっちは見てるだけで腹いっぱいというか、うん、胸やけがすごい。
「ねーねー!ここおいしそう!!食べよー!!!」
「誰も並んでないじゃん・・・おいしくないかもよ?」
老若男女があふれる会場で、人気を掻っ攫ってるのはフライドポテトや焼き鳥やクレープや…ちょっと派手なものが多いみたいで、地味なぼたもち屋さんは閑古鳥が鳴いている。
「何でもうまいから大丈夫!!すみませーん!ぼたもち十個くださーい!!!」
「ちょ!!!様子見して買えば良いのに!何でいきなり十個も!!!」
「ありがとうございます!!!」
ニコニコしたおばちゃんがぼたもちを一個づつ丁寧にパックに詰め詰め・・・。
ふと、圧迫感を背中に感じて振り向くと。
……旦那と私の後ろに、行列ができてる!!!!
さっきまで人っ子一人いなかったのに、なぜ!!!
……またか、まただな?
やったな、また!!!
……実は、旦那には、謎の力がある。
よせよせマンとしての、力だ!!!
この、目につく食物を片っ端から体内に取り入れては大喜びしている飽食の代表者たる旦那……どうにもこうにも、人を寄せ付けるのですよ!!!
誰もいない場所に旦那が並ぶとですね、あっという間に人だかりができるのですよ!!!
「うーん!!うまい!!ばっくばっく!!!」
買ったばかりのぼたもちを、店のド真ん前で手づかみでがつがつ食うおっさんがー!!!
「ちょっと!!!せめてあそこのベンチで食うとかさあ!!!」
「移動する間に硬くなっちゃったら困るじゃん!食べたい時にお口にポン!うーん、デリシャース!!」
五個入りのパックが空になったとき、ぼたもち屋のテントの前には…うわ!!長蛇の列が!!!
「なんか急にあんこ食べたくなった!」
「でっかいおっさんがすげえうまそうに食ってんだって!」
「あっという間にぺろりのうまさに違いない・・・。」
なんかいろんな声が聞こえてくるぞ。
……旦那の食いっぷりが繁盛を呼んでいる?
「ねーねー!あっちで職業体験沢辺さんがやってるらしいから、のぞきにいっていい?」
「ああ、うん、いいよ・・・。」
通路の端まで伸びてしまったぼたもち屋さんの列を見て、一人でてんてこ舞いしているおばちゃんを気の毒に思いつつ、移動したわけなんですけども……。
「やあやあこんにちは!!いやあ、すっかり暇でしてね、いいところに来た、奥さんもぜひ!!!」
「わあーすごい人気ない!しょうがないなー僕遊んじゃお!!!」
沢辺さんはねじ加工業をされてる方でね、町内会関連で非常にお世話になってる人である。本日はねじ切りに失敗した全ねじを細かく切ったチップ、カットミスしたスプリングを使った重量当てクイズをやっているらしい。
・・・うーん、確かに重機操作体験や、ユニック車のかごに乗って空中散歩や、名刺作りや、メイク体験や、火消し体験なんかに比べると・・・地味だ。しかも景品がノープリントのジャンボバッジって。なんかあまった鉄板丸く切り抜いて、プレスして、裏側に安全ピン溶接したやつ。
「ねーねー!!見て!!!777グラムだって!!僕すごくない?!えっへん!!!」
この重量当てクイズ、くずチップをお玉ですくって、電子はかりの上に乗せ、その重さを当てるってシステムなんだけど。旦那はわざわざ目隠ししてある紙をはがして、数字をぞろ目にすることに夢中になっている。
「よーし!!次は888、うっ、889?!大きいのを小さいのに交換して…うわあ!!880だ!!うぐぐ!!!」
一人で大騒ぎしてはしゃいでる旦那を尻目に・・・私はもらったヌードバッジに落書きなど。私油性ペンとボールペンは常備しておりますのことよ。・・・一応、絵を描く仕事をしている身でしてね、いつでもどこでも落書きができる準備は万端なのさ。
…そうだな、旦那の似顔絵でも描くか。
ざわ、ざわ、ざわ、ざわ・・・。
ぼたもちを食らう旦那のイラストにBAKU=SYOKU!!のロゴを書き込み満足したあたりでやけに、こう、圧を感じたというか。
・・・げえ!!!!
あれほど寒風が吹き荒んでいたテントの中に!!!
人!!人があつまっとるやんけ!!!
…またか、まただな?
やったな、また!!!
「うおお!!!!1111gできたー!!!」
「ねーねー!!やりたい!!!」
「はいピタリ賞、記念品の缶バッチね!!!」
「ああやって好きなイラスト描いたらいいんだって!!!」
「シール貼ってもいいよね!!」
テント内のスタッフ用テーブルで一人見苦しいおっさんの落書きを描いていた私は、背面から覗き込まれていたらしい。
「奥さん!!!そのバッチ、見本として飾らせて!!お願い!!!」
「は、はあ・・・。」
でっけえ口をあけてガッツガッツと意地汚くぼたもちを食らう暑苦しいイラストが!!!
―――ぞろ目達成者の皆さんにもれなくビッグバッジプレゼント!
―――こんな素敵イラストを描いて、あなただけのバッチ、作っちゃお!!
ものすごい扱いを受けて、テントの入り口に飾られたよ!!!
「はーい!!今から、ばね飛ばし大会やりマース!」
「やるー!!」
「私このばねで勝負しよう!!!」
「ちょっとばねを伸ばしとくと良く飛ぶよ!!!」
重さぞろ目合わせに飽きた旦那は、くずスプリングを使って空きテーブルで飛距離を競う遊びを勝手に始めてるよ!!!
…しかもやけに盛り上がってる!!!
「ちょ、いいんですか、はじめの企画と趣旨が変わってる!!!」
「楽しんでもらえたらそれでいいよ!!すごく賑わってきたね、いやあコリャ忙しいぞ!!」
「父さん!!油性ペン買ってきたよ!」
「おお、サンキュー!」
「あの、ペン借りて良いですか。」
「描く場所がないー!」
「もうじきこのおばあ…奥さんの場所が空くから待ってて。」
テーブルが空くのを待ってる子供がいる!!
「は、はは、どうぞ・・・。」
「ありがとう!」
…何だ、この疲労感は。
散々沢辺さんのところで遊びつくしたあと、娘の出し物のテントに向かうことにした。
娘は市内の企業に勤めているので、市民祭りにスタッフとして参加してるんだよね。水産加工会社でさ、三枚おろし体験やってんのさ。息子はその手伝いをしてたりする。小学生が三枚おろししてたら、まあまあ目立つからってね。
「あっ!!!体振会長!!!ちょっと良いところに!!」
「アレー!福田さん、なにやってんの、暇そうだね!!!」
芝生広場に差し掛かったあたりで、体育振興会の福田さんに声をかけられた。
福田さんは電飾設置工事を生業としているおじさんで、クリスマス前にはド派手なイルミネーションが閑静な住宅街に光り輝くんだよね。今年も地味に楽しみにしてたり。
だだっ広い芝生の上に、派手なイルミネーションでゴテゴテに飾られたテント・・・中にはテレビ?
「チャリティカラオケやってんだけどさ!誰も歌ってくんないの!!!ねえ、歌ってよ!!」
「ええー!!まじで!!!いいよ!!!なに歌おうかな、アニソン歌っていい?」
「ちょ…!!本気?!」
旦那はですね、ええと、そのう、鼓膜破壊機能をそりゃあもう重装備で備えてましてね?絶妙な音波の多段攻撃はですね、脳髄にまで染み渡り汚染を広げって、うわあ、エントリーしてるうううううう!!!
≪≪≪≪≪ぼーえー!!!≫≫≫≫≫
和気藹々とはしゃぐ市民の皆さんの足が・・・次々に!!止まったがな!!!
「ハハハ!!相変わらずの歌声!!痺れますなあ!!・・・奥さん、まさかこの空気、このままにして立ち去りませんよね!!次は、奥さんね!!はい!!!責任、とって!!!」
にっこり、カラオケ入力機器を手渡された、私、わたしぃいいいい!!!
こ、断れないじゃん、こんなん!!!
は、ハメラレター!!!
あれに比べたら自分はこの会場に感動を呼べるかも知れぬ、そう思った人がたくさんいたのかは解らないが。
旦那のオンステージがね?!終わる頃にはね?!
私に、マイクが!!手渡される頃にはね?!
昔のアニソンのイントロが流れ出したときにはああアアアアあ!!!!
あれほどすっからかんだったカラオケコーナーのテント前に!!人、人が!!!
ちょ!!誰もいないからまあいいやと思ってエントリーしたのに!!!
とんだ計算違いーーーーーー!!!
かくして私は大勢の喉自慢たちの前で、アニメソングをね?!披露するハメにね?!
「ああー懐かしい、俺に力を分けてくれーってね!!」
「あのおばあちゃん、めっちゃ生き生きとしてる、よし俺も歌おう。」
「ねーねー!あたしも魔女魔女そふぁみの歌歌いたい!!」
カラオケ待ちの列が近いので!!!めっちゃ話し声が聞こえてくる!!!
〈〈〈〈〈うー!!!はい!はい!はい!はい!!!!〉〉〉〉〉
いつの間にかよく分からない集団が!!!
人、人の歌声に合わせて!!!!
オタ芸打っとるがな!!!!
「ギャハハ!!!なにこれ!!!お姉ちゃんに動画送っちゃお!!!」
旦那は大ウケだ!!!
福田さんはカラオケの受付作業でてんてこ舞いだ!
歌い終わって旦那に一言文句でも言おうと思った私はですね、次の人にマイクを渡してですね!
「女性の方の男性ボーカルアニソン熱唱ってあんまり聞かないですけど、すごく良いですね!!」
「微妙なビブラートが素人臭くて最高でした!」
「ねえねえ、ツーピース歌える?」
ひい――――!!
勘弁してー!!!
「あ、あはは!私ちょっと、ふふ、あ、次の人の歌始まりましたよ、ではさようなら。」
人ごみから逃げるようにですね!
テント内からすばやく立ち去ったわけなんですけど!!!
うう、旦那、旦那どこ行った。さっきまで真正面で動画撮ってたくせに、あっという間にどっか行っちゃうんだよ、あんなでかい体して本当にフットワークが軽くてって!!!
一刻も早くこの場を去らねば・・・きょろきょろ辺りを見回すと、ああ、テントの裏側にいた、動画を撮り終わって残ったぼたもちをぱくついてる旦那!!!
「なんで食べてんの!!お土産にするんじゃなかったの!!」
いくらなんでも食い過ぎだ!!!旦那が三つ目のぼたもちに手を伸ばす前に、立ち止まって喰らうのを阻止せねばならん!
もう無理やりにでもこの場から移動させよう、止まったら完食するだけだ!!!あんこだらけの右手ではなく左手を掴んで旦那を無理やり引っ張ろうと…ちょ!なんか、ブチョッて、したアアアア!!!!
「もー!!ちゃんと見てから掴んでよ!!あんこつぶれちゃったじゃん!!あーあー、袖が・・・。」
「何で袖にあんこが付いてんだ!!手づかみで食うな!!もう食うんじゃない!!!・・・袖を舐めるんじゃない!!!」
私は甘くなってしまった右手のまま!!!娘のテントに向かってですね!!!!
「あっ!!!遅かったじゃん!!も~すごく大変だよ、すごい人気!ちょっと合流できそうにない!ごめん!!!」
「いそがしい。」
お昼休憩に一家で合流して、ラーメン大集合で一緒にご飯食べようって話だったんだけど、どうやら無理そう。
「いやあ、いつも娘さんには頑張ってもらってます!すみませんねえ、ちょっと休憩がずれ込みそうで。お昼はここで食べてもらうことになりそうで…家族団らん、邪魔しちゃって悪いねえ!あ、いらっしゃいませ!!」
「あっ!!社長!!こんにちは!!!いえいえ、うちは全然!いつも娘がご迷惑を~!!!」
「お世話になります。」
娘の勤め先の社長さんは、何気に旦那の知り合いだったりする。やけにこう、フレンドリーな空気が流れているけど、テントの中は…血気迫る空気がすごい。
「弟君、お手伝いありがとね!人手が減るのは痛いけど、おなかすいたでしょ、これでおいしいもの食べておいで。」
社長さんがフードチケットを息子に渡している。
「いいんですか!!!」
「ものすごく頑張ってくれて、そのおかげでこの人気なんですよ、もらってください。…ありがとね!」
「ありがとうございます。」
息子は社長にお礼を言って…チケットを受け取った。…けっこう枚数ありそうだぞ、良いのかな…。
「どうしよう、僕手伝おうか?」
「良いの?まだ会場回ってないんじゃないの?」
いえいえ、むしろここでとどまってくれた方が爆食しなくて済むっていうか。散財しなくて済むのは間違いない、イベント終了までぼたもち十個分働いた方がいいよ、多分…。というか、これ以上食うな!!!
「あはは、もう充分この人食べたんで!こき使ってください。テント内に入れるかどうかは…難しそうですね、この人入れたら二人…いや三人外に出ないといけなくなる!…外で列の整頓したら?」
「うん、そうする―!あれ、岩下さん!!こんにちはー!!!いえね、娘がここで勤めてて…。」
人脈が豊かすぎる旦那はもう知人を見つけたようだ。手伝いになるのかね、こんなんで…。
「焼きトウモロコシ食べたい。」
「よし、食うか!!!」
私は息子とともに、娘のテントを後にし…って。
げえ!!!
めっちゃ列が伸びてる!!!
「こんにちはー!体験希望の方はこちらにお並びくださーい!」
「入場制限しましょう、社長!!!」
「ちょっと待って、ロープ持ってくる!!」
「ごめーんバケツの水替えてー!」
「手袋の箱開けてもらっていい?!」
「追加の魚来ましたー!」
「すみませーん!実況中継に来ましたー!」
「あれ―?!城ケ崎さんの娘さんってこんなに大きかったっけー?」
「あなたこそそんなに体大きかった?!ふくらみすぎでしょ!!!」
「おじさーん!この子が順番抜かした―!」
「すみません、ひもの販売ってどこですかね。」
だ、旦那のよせよせマン効果がすごすぎる!!!!!
…ねえ、これってさあ、手伝うよりも大変なことになってるんじゃないの、旦那をここに置いていっていいの、やばいんじゃないの。
…まあ、いっか。あれだ、このイベントは、企業をたくさんの人に知ってもらって、たくさんの人に楽しんでもらってなんぼのね?お祭りだからね?
リアルに列が伸びてゆく、その勢いと騒々しさを目の当たりにしてですね!!少々面食らったわけですけれども!!
人の波を避け避け、分け分け、潜り抜け抜け…ようやく空間の開いた場所に移動した私は、遠く離れた場所に、焼きトウモロコシののぼりを見つけた。
「あそこに売ってるよ、トウモロコシ!」
「並ぼう!」
三人ほど並んだ焼きトウモロコシ屋さんの前に立った時、私のおなかはようやく、ぐうと鳴ったのであった。
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