私と人形の関係性
人形を、拾った。
マンションのごみ捨て場に、明らかに目立つ状態で放置されていたので…思わず拾って、しまった。
……もともとかわいいもの好きなんだ、私。
ずいぶんかわいいフリフリのドレスを着こんで、よそ行き顔をした、人形。
ショートカットの金髪には、かわいいリボンが付いている。
……ゴミ袋の背景をね、背負っていい存在じゃない感じがね、したんだよね。
誰かが置き忘れた可能性もあるけれど…とりあえず、我が家にお迎えして差し上げよう。
いくらなんでも、パッカー車のプレスは気の毒すぎる。
とりあえず、玄関の靴箱の上にでも置いておこうか。
すました顔のお嬢さんは、玄関入ってすぐの棚上に置かれることになった。
あまり物のない我が家に、少しだけ華やかさが存在するように、なった。
独り暮らしの代わり映えしない毎日が、少しだけ変わった。
仕事に行く前に、人形の頭をポンと撫でて…「行ってきます。」
仕事から帰って、人形の頭をポンと撫でて…「ただいま。」
玄関を守る人形は、リアルぼっちの私と…一方的ではあるけれど、コミュニケーションをとってくれる、受け取ってくれる、大切な存在になった。
……ずいぶん長い間、代わり映えのしない毎日を過ごした。
相変わらず、ぼっちだ。
相変わらず、仕事に行く前に人形の頭を撫でている。
相変わらず、仕事から帰って人形の頭を撫でている。
……ずいぶん、長い間、変わらない毎日を、過ごしている。
あまり物も増えず、部屋の中の様子も代わり映えしない。
あまりやることも変わらず、過ごし方も代わり映えしない。
あまり考え方も進化せず、やることなすこと…代わり映えしない。
相変わらず、一方的に人形とコミュニケーションをとっている。
……相変わらず、一方的なコミュニケーションを、受け取ってもらっている。
人形は、いつもと変わらない様子で、玄関にちょこんと存在している。
人形は、いつもと変わらない様子で、玄関にちょこんと…存在して、いる。
これからも、人形はずっと、玄関に存在し続ける、はず。
……私が、今のままで…いる限り。
私が、今まで通り、変わらない毎日を過ごしていれば、何一つ変わらない、はず。
……変わらない、はず。
私が、毎日の人形の位置の変化に気が付かなければ。
私が、帰宅時に人形のスカートのフリルのしわに着目しなければ。
私が、真夜中に目を開けたりしなければ。
私が、室内カメラをチェックしなければ。
……私は、何も知らないもの。
玄関にいる、かわいい人形は、ただ、私の一方的なコミュニケーションを受け入れてくれる存在。
私は、何も…知らないけれど。
例えば、一方的なコミュニケーションを、私が、受けていると…しましょうか?
寝ている私の頭を、そっと撫でるとか。
家を出る私に向かって、ドア越しに手を振るとか。
帰宅した私がカギを開ける音を聞いて、慌てて棚の上に飛び乗るとか。
人形の知り得ない、文明の利器を、私が使いこなしていることは…知らせる必要がないよね。
人形の知り得ない、文明の利器が、私に情報を与えてくれてるとか…知らせる必要はないよね。
人形は、私の心の中を…知らないもの。
このまま、お互いに、一方的なコミュニケーションを取り続けたらいいんじゃない?
…ぼっちは、ちょっと寂しい。
人形がいるから、少しだけ、温かい。
人形がいるから、少しだけ、明日も頑張ろうって思える。
人形がいるから…少しだけ、笑える。
何も知らない、私思いの…人形。
何も知らない、私の見つけた…人形。
私と人形の関係性は、きっと変わらないと思うけれど。
いつか、お互い…目を見てコミュニケーションを取り合うことができるのかも、しれない。
いつか、お互い…気持ちを伝えあう日が来るのかも、しれない。
いつかがやってくるのかどうか、私にはわからない。
いつかがやってきても、来なくても。
…私はきっと、変わらない。
人形が、私の大切な存在である事は、変わらない。
今日も私はいつも通り…人形の頭をひと撫で、した。
「行ってきます。」
ばたんと閉めたドアの向こう側で…。
人形は、いつも通りに…手を振っているに違いない。
イメージはブライス人形です、はい。