図々しいことこの上ない
「うわ、…八件?!ナニコレ!!五件までしかやらないって言ってあるのに!!!ムッキ―!!」
朝もはよから人のこしらえたハニートーストをまるかじり、アツアツのコーンスープに氷を入れて飲み干した直後に人のヨーグルトに手をのばして騒いでいる人は誰だね!!!
……秋も深まろうというのに、半そで&パンツ姿で己の肉を堂々とさらけだしまくっている旦那だよ!!!
「ちょっと!!!それ私のじゃん!!アンタは自分で買ってきたフェミマの丼プリン食べなよ!!!なんで人の作ったもんから、人の分から食べるの?!昨日半額で買ってきた菓子パンがたんまりあるでしょ?!てゆっか怒り心頭でものを食べるのやめなよ、勢いづいてますます暴食が!!!」
はちみつのついた手でスマホをつるつるやっている鼻息の荒い旦那の前から食料を奪い取り、食卓の自分の席へ。食欲大魔王がモグモグしながら今日の仕事内容をチェックしているうちに、さっさと自分の腹を満たしておかねば…朝から飢える事必至だ!!!
大急ぎで口を開けて、ピーマンがたっぷり乗っかったピザトーストに齧りつく!…安定の美味さだ、さすがだな、自分!!!
「食べなきゃやってられないんだから余分に食べとかないとダメなの!!あーもー!!こんなん一件当たり一時間で終結しても夜までかかるやつじゃんね!!また昼めし抜きになるじゃん!!全然こっちのこと考えてくれてない、飢え死にしたらどうするつもりなんだろう、プンプン!!!」
朝食だけで軽く成人男性の一日分の摂取カロリーを超えているのだから一食二食抜いたところでみじんも問題ないであろうことはさておき。
旦那は店舗を構えない電気屋をしている。
基本的に、エアコンの取り付けだったり、ビルの電気工事のヘルプだったり、イベントの照明設備セッティングだったり…、声をかけてもらえばいつでも対応するような、自由度の高い職業である。その自由度の高さゆえに、自治会子供会趣味のつどいPTAありとあらゆる集まりに積極的に顔を出せてしまい…、気軽に交流を深めては人脈がポンポンつながり、ありとあらゆるところから気軽に声がかかって、何でもかんでもやらされるようになるという恐ろしい流れがですね?!
わりと仕事以外でも日々時間に追われがちではあるのだが、ここ数年メーカーの下請けが増えていてさらに忙しいことになっている。このところ加齢に伴い退職する人が続き、人材不足に加速がかかっておりましてですね。やけに依頼が舞い込んでいて、旦那のストレスがハンパないという…。
もともと下請け業には手を出していなかったのだけど、お義父さんが健在だったころに手伝った縁が細〜く繋がっていて、どうしてもという強い要望があった時に断り切れずフォローをして以来…気が付けばいつの間にかメーカーの修理事業部のメンバー入りをしていて、今では毎日のように出向スケジュールが送られて来るようになっておりましてですね。
以前は『○○日の何時にお願いします』という依頼だったのに、最近は『本日は三件目まで午前中で終わらせて四件目以降は午後、六件目は三時半指定でお願いします』という依頼を通り越して指示が飛んで来るので正直辟易している部分がですね。
なんというか、遠慮が無くなったというか、厚顔無恥というか、図に乗っているというか、呆れかえる部分がですね。
「できないなら断ればいいのに。だいたいねえ、無理やり仕事のスケジュールを組まれても指定した時間に行けなかったらお客さんが怒っちゃうじゃん。行くって言ってあったのに来てもらえなかったらさあ、怒りも倍増するでしょう。人をぬか喜びさせるとろくでもないことになるよ…」
「頼めるのが俺しかいない、動ける人が誰もいないって!!どうしても今日でないとやだってみんなごねてるって受付さんが泣きつくんだからしょうがないじゃん!!!」
人脈や義理人情を粗末に扱えない性格が災いし、スパッと断る事をしない旦那にチクリと進言をしてみるも、…どうやら聞く耳は持たないらしい。
「もーさ、牧園さんもやめたし、加藤さんもこれ以上出勤が増えたら即やめるって言ってるもんだから、俺の方ばっか持ってきてさあ!!しょうがないとは思うけど、ホント勘弁してほしいんだよねえ!!おやつもちゃんと食べたいしさあ!!!間瀬さんなんて一日二件しかやってないのに!何で俺の方ばっかこんなにねじ込むんだろう!!!」
新規の業者さんの参入もなく、どんどん下請け業者さんが減って、残された業者さんの負担が増えて、その結果さらに退職者が出てという負のスパイラルがギュルギュルと渦巻いている模様…。
「そりゃあ、一日に八件こなしたことがある人には八件頼むと思うよ。だから言ったじゃん、あんまりはりきりすぎるとあとで地獄を見るよってさあ…」
旦那は、人の良さとフットワークの軽さ、安請け合いしやすさに人の言葉をまるっと信じる純粋、食えば動ける体力に素早い判断、頼られたら断れない性が災いして、己の首を絞めまくっているのである。
「だって!!!おじいちゃんが干からびそうって言われたら行くしかないじゃん!!どこにも断られて虫の息って言われたら見に行くじゃん!!今日でもう四日もお風呂入ってないって言われたら夜中でもいってあげたくなるじゃん!!お母さんはね、本当に困ってる人の本気のお願いを聞いたことがないからそんなことが言えるんだって!!」
この夏の猛暑はすさまじく、どうにもこうにも動ける人がいない、足りないというので、旦那は無理を押してメーカーの依頼に応えていた。
行く先々で感謝をされ、お土産にスイカやらハムやらビールやらをお客さんからもらって喜んだ日も少なくなく、調子に乗ってホイホイ承っていたのだが…如何せんやり過ぎたのだ。顧客アンケートで信じられないほどの高評価を続々といただき、メーカーに過剰に良い印象を植え付けてしまったのである。
結果、この人はできる人だと、断らない人なのだと、時間を気にせず現場に向かってくれる人なのだと、実に使い勝手の良い人だと認識されてしまって…このざまだ。
とっくの昔に真夏の忙しい時期を超えたというのに一向に依頼数が減らず、休みの日を使って自治会各所に顔を出さないといけないくらい余裕がなく、自宅ガレージの産業ゴミを片付ける暇もなくなり荒れ放題で、ただでさえ汚い作業車の中には食い散らかしたごみやネジ、電線の滓にビニールテープ、パテにペットボトル、焦げたタオルに短い溶接棒、栄養ドリンクの瓶に脱いだ靴下、裂けたスリッパに裂けたカッパに裂けた作業着に未記入の請求書、真っ白になったレシートにマニホルドの頭、割れたバケツにコンクリートのタイガーベース、いろんなものが入れっぱなしの詰め込みっぱなしのまま乗っておりましてですね?!くそう、旦那が町内会に行ってる時に掃除しなきゃいけないこっちの身にもなってくれよぅ……私だってわりかし忙しいのに!!
「今日も多分遅くなるからね!!ごはん残しといてよ?!昨日みたいに肉のなくなったすき焼きとかやめてよ?!うどんだけじゃ足りないんだからね!!唐揚げもちょっとしか食べられなかったし、おなか空いて閉店三分前のスーパー行っちゃったんだからさあ!!!おなか空いてる状態でスーパー行ったせいで半額のもの買い漁っちゃったんだよ?!めっちゃ買いすぎちゃってさあ…もうこれ以上小遣い食い物に費やしたくないんだけど!!!」
普通、二玉分のすき焼きうどんにレトルトカレー二袋&ごはんパック三つもサラダボウルで喰らった人が、まさか食い足りずに菓子パンを10個も買ってくるとは思いもしないという事はさておき。
あんまり無茶苦茶な仕事依頼を押し付けるようであれば今後の付き合い方も考えねばと思いつつ、菓子パンが一つ入ったレジ袋を引っ提げて家を出た旦那を見送り、のんびりと起きてきた子供たちに食事を出し、派手に食い散らかした食卓の後片付けをして…私も家を出ましてですね。まあ、ちょいちょい、いろいろと解決方法を探してみたりしていたわけなんですけれども。
「ただいまー!!!」
「あれ!!!なに、めっちゃ早いじゃん、まだ五時だよ?!」
いつ帰れるかわからないとぶうたれていたぶよぶよした人が…何やら上機嫌で帰ってきたぞ!!!
「それがさあ、今日行ったとこ、狭小住宅が多くて!!!一件目はエアコンの外機のある所に入れなくて、二件目は換気口が小さすぎてのぞけなくて、三件目は普通に修理したけど四件目は古い家で60キロ以上の人は入れないって言われて、リモコンの電池が切れてただけのもあったし、簡単に済んだの多くて!!わーい、今日はおなかいっぱい食べられる♡めっちゃ食べたろ!」
手も洗わず、ミニハンバーグをつまんで口にポイポイと入れていく不届きものがここに!!!
「ちょ!!まずは手を洗え、服を着替えろ、あとゴミをそこら辺に置かない!!そのチーズは今から使う奴だから食うんじゃない!!!牛乳は直飲みすんなと何億回言わせんのさ!!!」
旦那はフットワークこそ超軽量級で、二つ返事で何でもかんでも引き受けるタイプなのだが、如何せん存在そのものが超重量級なので、たまに対応不可・完全お手上げ案件になるクセがあるのだ。
狭い場所に入れないのはもちろんのこと、足元が不安定だったり貧弱だったりするとまず作業に取り掛かれない。ここで無理を押してしまえば…不具合のある機器を直すどころか、健全な機器を破壊してしまう恐れすらあるという……。
古い家屋の場合は床板を踏み抜くとか天井を突き破るとかどぶ板を踏み抜くなんてこともボチボチあるし、ゴミ屋敷に行った時は直置きしてあったガラスの器を粉々にしたし、足の踏み場のない物の多い家でお客さんの足を踏んで危うく病院送りにするところだったし、使って下さいと言われた脚立は破壊したし、すすめられた椅子に座ってつぶしたこともあるし、青々とした芝生に枯れるほどダメージをあたえるだとか、ふかふかに整えられた家庭菜園の土をコンクリートのように踏み固めるだとか、ドでかい犬が明らかにおかしな肉の塊が侵入してきたと俄然討伐に燃えてしまうような事もあったりしましてですね。
いくら大絶賛されても、お願いされても、現場に到着しても、作業できなければ一円にもならない案件がわんさかありましてですね。一円ももらえないのに時間が取られてストレスが蓄積し空腹も乗り込んできて爆食が大暴走してエンゲル係数があり得ないレベルに達している家庭がですね。
グォお…!このおそろしいまでの、肉の、肉の呪いェ…!
「んも~、お母さんはホントこまかいなあ、まずは空いた胃袋をなだめないといけないのに…モグ、もぐ……!!!」
「お父さんおかえりー!ヤダ、それあたしが食べようと思ってたジャンボシューマイじゃん!!今日並んで買ってきたんだけど?!そんなに気軽にバクバク食べないでよ!!!八個しか買ってないのに!!!」
「おかえりなさい」
キッチンで騒がしくしていたら二階でゲームをやっていた姉と弟も降りてきたぞ!!
この人達は休みが久々に重なったとかで、朝もはよから仲良く都会に出かけて行っていろいろとお土産を買ってきてくれたのだけど…ああ、食欲の権化に食い荒らされ始めてる!!!
せっかくの珍しいうまいもんがー!!!
「ちょ!!!とりあえずテーブルを拭け、たった今炊けたご飯を持って行け、取り皿を用意しろ、冷蔵庫の中のサラダを出せ!!!素手で食べ物をつまむ前にやる事をきっちりやってよ!!!!さもなくば……ジャンボ焼きプリンは出さん!!!生クリームもなし!!!!」
「ええー!!!それは困る!!!」
「も~、お母さんプンプンしないでよ!!はいはい、脱いでくればいいんでしょ、ハア~」
「新しい台拭き出していい?」
珍しい食べ物に定番のおかず、食べ慣れたメニューその他もろもろにに舌鼓を打っておりましたわけですけれどもですね。
このところ家庭の味にに飢えていた人の大暴走がハンパなくてですね。
ごく普通の休日を楽しんでいた人たちの食欲もいつも通りに大爆発しておりましてですね。
安定の、ちょっとお茶を淹れてくる隙に、ちょっとからし持ってくると言った隙に、ちょっと生クリームを泡立てている隙に、ちょっとアイス持ってきてと頼まれた隙に、すっかり自分の分まで食べられてですね?!
またしても満足に晩ごはんを食べられなかった人がいたという、お話ですよ……。
ゆかいな家族が出てくるお話はこちらでまとめております!
よかったら見てね!!