スプレー缶
……あの日、私は豚汁を作っていた。
材料を投入し、ぐつぐつと煮立てていた時、ふと…スプレー缶が目に入った。
キッチンのゴミ捨てコーナーに、コロンと転がる、ヘアスプレー。
一週間ほど前に、洗面台の大掃除をした時に見つけた、古いヘアスプレーである。
ロングだった時に、毎朝ブラッシングの度にシューシューやっていた代物だが、ショートカットにしてからは一度も使う事がなく、ほこりをかぶっていたので廃棄を決めた。
そういえば、明日は危険ゴミの日だったな、そう気付いた私は、スプレー缶を捨てるためにガス抜きをしようと思い立った。
スプレー缶を廃棄する時は、スプレー缶の一部に穴を開けて出すようにと決められていたのだ。
まだ、中身が入っているので、穴空け器を使うのは危険だ。…中身を、空にする必要がある。
シンクに向けて、スプレーのボタンを、押す。
水を流しながら、まだ中身の残るスプレーを、シューシューと、放出させ続けた。
幾分、スプレーの勢いが弱くなってきたな、そんなことを、思った、瞬間!
ボッ!!!!!!
「ッひゃはぁっい!!!あ、あつ、あっちいぃイイイイイ!!!!!!!!!!」
右手に、凄まじい衝撃?熱?痛み?が走った。
ハチに刺された時のショックに近い、痛みと熱が瞬時に右腕全体に広がった。
水を流しっぱなしだったので、あわててそこに、右腕を突っ込んで、はっと気がついた。
スプレー缶のガスに、コンロの火が引火したのだ。
恐らく、シンクの中には、可燃性のガスが、充満していたのだ。
それがコンロの方に漏れ出し、引火して、私の右腕を燃やした?
夏の時期だったので、燃え広がるような袖のある服を着ていなかった。
……もし、真冬で、フリースを着ていたら、どうなっていただろうか。
水を出しながらだったからか、シンク内にたまっていたガスに引火したものの、爆発することはなかった。
……水を出していなかったら、どうなっていただろうか。
みるみる赤くなる右腕。
どんどん痛みを増してゆく右腕。
時刻は午後五時、近所の皮膚科に駆け込んだ。
「すみません、今ガスの火が引火して…やけどしてしまったみたいなんですけど。」
「わかりました、すぐに診ますのでこちらへどうぞ。」
真っ赤になっている腕を見て、緊急扱いにしてくださった。
「すぐに水で冷やせたからよかったんですね、薬だしておきます。今日が一番痛いと思うんですけど、痛みがひどくなってきたり化膿したらまた来てください。」
いちばん赤くなったのは、手首のあたりからひじにかけての部分だった。
手のひらや指は、ほとんどやけどする事もなかったが、腕は二三日ひりひりと傷んだ。
幸い、痛みがひどくなることもなく、化膿することもなかったのだが、右腕の産毛がすべて燃え尽きてしまった。
……この場合、怪我の功名という奴、なのかもしれない。
私はやけにつるつるとした右腕を持つようになったのだ。
それ以来、毛根が燃え尽きてしまったからなのか、私の右腕には貧弱な産毛しか生えなくなった。
たまたま毛根が衰える年代に入ったからなのかもしれない。
真相は定かではないが、今ではすっかり右腕も左腕もツルツルである。
あれ以来、私は必ずガス抜きは玄関先でやるようになった。
火のある所では、スプレー噴射、ダメ、絶対。
次に引火したら、腕の毛どころか全身の毛根が死滅するに違いないってね。
火がない場所でシューシューやっても、穴を空けるのが、わりとこわくてね。
毎回穴空け器を使うときは、爆発しないよう祈りながら力をこめていたのだな。
もしかして、火花が散って、引火するかもしれないってさ。
最近、ゴミ出しのルールが変わり、穴を空ける必要がなくなった。
危険な事をしなくてすむようになった、時代がやってきたのだなあ。
昔は子どもだけで、焼却炉の作業を任せられていたりしたけどな。……ありがたいことだ。
しみじみ、安全対策の進む世の中に、感謝をし……、うん?なんか、焦げ臭くない?
「あああ!しまった、お茶!」
玄関先で、スプレー缶のチェックに夢中になってたら、麦茶を火にかけていたのをすっかり忘れて!
あわててキッチンに向かい火を消すも、やかんの色は、茶色く変わり…、ああ、まだ買ったばっかなのに!
……そろそろ、IHに変える事を、視野にいれる時期かもしれない。
安全第一ってね。
私は、キッチンのリフォームを家族に相談しようと、決めたのであった。
グリル部分、使わないのについついあるやつにしちゃうんだよな…
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