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かにみその向こう側
近所のすし屋にやってきた。
今日は旦那と子供たちが、朝から連れだって映画に出かけたので一人で悠々と過ごせることになってですね。回転寿司で昼間っから贅沢をですね、ええ。
若いころから一人で外食することに慣れている私は、いわゆる一人飯ってのが大好きだったりする。
なんていうのかな、誰かがいるとさ、そっちに意識がいっちゃって、美味しさを堪能できないっていうかさ。
そりゃ家族でおいしいもの食べるのも幸せだけど、なんていうんだろう、一人で満足する瞬間が愛おしいとでも言いましょうか。
「おひとり様ですね、こちらにどうぞ。」
カウンター席に連れていかれると思ったら、テーブル席に案内された。一人で六人分の席を占領してしまって申し訳ないな。
…まあ、六人分とは言わないが、二人分ぐらいは食べるから許してね。
そんなことを思いながら、メニュー表をチェックチェック…
おお!!あん肝がある!!!
私あん肝大好物なんだよね!!!
くう、これは日本酒が飲みたいやーつだ!!!
いやしかし、うーんそうだな、ちょっとぐらいならいいか、やらかすまえに二杯目を自粛すればいいか、よし飲むか、よし飲もう、注文だ、ぽちっとな。
「お待たせしました。」
熱燗が運ばれてきたところで、私は注文パネルに手を伸ばす。
あん肝二皿、ウニ一皿、ぽちっとな。
注文は済んだ、あとは流れてくる皆さんをチェックしつつ、うまそうなもんを拾っていきますかね。
お猪口に酒を注ぎ、グイと一口…くう、ウマー!!!
無骨なぐい飲みから、寿司レーンに目を飛ばすと…おおっ!!遠くの方にかにみそ、流れてキター!
よし取るぞ、この酒の口を磯臭くするのは…かにみそ、君に…決めた!!!!
私は、にじり寄ってくるかにみそに注目し、手に取る時をじりじりと待ち構え…。
・・・あれ?
かにみその向こう側、寿司レーンを挟んだ席に…?
あ、アレは!!!
寿司レーンの隙間から、同僚の顔が見えた。
いつも一緒に働いている、うら若き、女子。
そうか、あの子は公休が同じ水曜日だったな。
女子はやけに艶めいた化粧をしていて、かなりテンションが高そうな雰囲気だ。
声かけてみようかな、でもなあ。隣の席ならいざ知らず、寿司レーンの向こう側だぞ、しかも隙間からのぞいてやっと見える状態。
テンション高くはしゃいでるのが垣間見える。誰かと来てるみたいだ。…食べさせ合っている?…そういえば、最近彼氏ができたと言っていた、一緒に来てるのかもな。
・・・ババアはラブラブを邪魔してはなるまいて。
私は静かにかにみその皿を取り、寿司レーンの向こう側への興味をシャットダウンした。
かにみそを食べつつ酒を嗜んでいると、注文した寿司が次々にやってきた。
大好物のあん肝に手を伸ばし、その濃厚な舌触りと磯の豊かな芳香に酔いしれる。ああ、うまい、実にうまい…日本酒は、この海の香りを実に見事に中和させてくれる…ああ、うまい、とにかくうまい、なんという旨さだ、けしからん、けしからんぞ、食らいつくしてくれよう!!!
大好物のウニに手を伸ばし、凝縮された母なる海の恵みを舌の上でとろけさせる。ああ、うまい、実にうまい…日本酒の、この恐ろしいまでのうまみの仕切り直し効果はどうだ…ああ、うまい、とにかくうまい、なんという旨さだ、けしからん、けしからんぞ、食らいつくしてやったわ!!!
気付けば徳利がずいぶん軽い。おかしいぞ、なぜ徳利の中身はこんなにも早く揮発してしまうのか。
けしからんなあ、実にけしからん!
私は追加の徳利を注文した。
麗しき雫をその身に蓄えた、ずんぐりむっくりした徳利ご一行殿が来るまでの間、ぼんやりと寿司レーンを、眺める。ああ、遠くにかにみそがまた流れてきたぞ。…かにみその向こうの、有能な同僚の姿も見えるぞ。やけにご機嫌だな、なかなか仲が良い様で、こりゃめでてえな。もう結婚しちゃえよ、ぎゃはは。
「おまたせしました。」
願って欲して止まぬ、ホカホカの徳利様がお出ましになったので、かにみそをレーンの上から引っこ抜いて、自分の前にズドンを置いて。
もうそんなに食べなくていいな、あと二つくらいでおしまいでいいや。
私はパネルに手を伸ばし、いくら一皿と白子ポン酢を注文した。
注文した品はすぐに揃い、鮮度の落ちぬうちにバクバクいただき、相当満足したわたくしがここにいる!
ふふ、余は大満足じゃ!!!満腹じゃ!!ああ、早く家帰って猫にまみれてぐうたらしたい、ウフフ、うちはこの店から歩いて五分だからね、このいい感じの酔いっぷりが続いた状態でね、へらへらできてしまうのですよ、うふんうふん♪
酒を飲み飲み、寿司をつまみつまみ、いい感じにホロ酔わせていただいたのでね、そろそろお暇させていただこうかな、いやあ今日は本当にいい感じに酔えたな、うまいつまみににウマい酒、艶めく女子に、上機嫌の私―!ぎゃははははは!!!
上機嫌で伝票を片手にお会計に向かった私♪
「あれ!!!どうしたんですか!!!今日休み?」
レジでまさかの邂逅。同じ職場で働く、30歳の若者…最近副店長に昇進した長塚さんだった。
なんだ今日はやけに知り合いに会うな!!
いや、あったのはこの人が初か、女子はレーンの向こう側に見かけただけだった。
「ああ、お疲れ!!うん、今日休みだから昼間っから一人で飲んでたのさ、長塚さんこそどうしたの。さっき・・・」
寿司レーンの向こう側に、女子がいたことを言おうかなと思った、その、瞬間。
「ああ、・・・嫁さんとね、飯に来てて。嫁はもう先に車に乗っちゃったけど、支払いだけは俺がね。」
「なんだあ、見たかったのに。」
愛妻家で名をはせている長塚さんは、休み時間はもちろんのことながら勤務中もスマホを離さずに、いつも嫁とラインを飛ばし合っており…一部の真面目な勤務者から相当に鼻つまみされていたりする。
「はは、また今度ね、じゃ、明日の発注、よろしく!!」
「へいへい。」
軽口を叩き合いながら、長塚さんはお会計を済ませて自動ドアの向こうに消えた。
私もお会計を済ませてさ、帰ろうと思ったんだけどさ、せっかくだし女子にも挨拶しておこうかなって思ってさ、店内を見たんだけどさ。
いつの間にか女子も帰ってたみたいで、挨拶することはできなくってさ。
明日あったら一言言ってやろうと決めて、回転すし屋から出ようと、したんだけども。
ドアの向こう側に、ド派手な、青い車が、横切ったんだよね。
うちの会社の社員さんってさ、ド派手な車に乗ってる人が、多いんだよね。
誰が乗ってる車かって、私知ってんだよね。
…なんでさあ、助手席に、女子が、乗ってんのかな…?
…女子は、確か、独身だった、はず。
…女子は、確か、彼氏ができたと、言っていたはず。
…この前、有給使って、旅行に行ってきたって、お土産、もらったぞ。
…昨日も、ラブラブ自慢、めっちゃ、されたぞ。
…そういえば、相手の写真、見せてもらってないぞ。
…そういえば、毎日一緒にいることができないから、会える時が幸せだと、言っていたぞ。
私は、酔いが一気に冷めてしまい。
家で日本酒を開けてしまい。
べろんべろんに酔っぱらってしまい。
相当、かなり、家族に、怒られてしまった、という・・・。
とばっちりも甚だしい、不愉快な出来事をですね。
誰かに、言いたかったって、お話、ですよ…。
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