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遺書と現実


「わたしは6-3のクラスのみんなからいじめられているので自殺をします。
 しゅっせきばんごうじゅんに、みんながなにをしたのかかいておきます。

 1,×川×彦君:わたしをカバゴリラとよびました。
 2,×田×男君:わたしのしゅくだいをやぶりました。
 3,×元×仁君:わたしがいじめられてるのをみてわらいました。
 4,×山×行君:わたしとペアをくんでくれませんでした。
 5,×井×助君:わたしのしゃしんをふみました。
 6,×島×裕君:わたしのかおをみてブスといいました。
 7,×土×丸君:わたしのかいたさくぶんをみてキモいといいました。
 8,×森×夫君:わたしがせんせいのことをすきなのをばらしました。
 9,×野×三君:わたしがくばったきゅうしょくをたべてませんでした。
 10,×下×司君:わたしをけってなぐりました。
 11,×原×一君:わたしのきゅうしょくにすなをかけてたべさせました。
 12,×場×己君:わたしのふくをぬがせてしゃしんをとりました。
 13,×本×章君:わたしのかいたにっきをよんではっぴょうしました。
 14,×堂×美さん:わたしとすれちがうとデブがうつるといいました。
 15,×藤×音さん:わたしがたすけてといってもたすけませんでした。
 16,×村×乃さん:わたしときゅうしょくをたべませんでした。
 17,×谷×菜さん:わたしのつくったおかしをなげすてました。
 18,×東×芽さん:わたしをえんそくのグループに入れてませんでした。
 19,×中×子さん:わたしをまいにちむししました。
 20,×沢×理さん:わたしにそうじをむりやりやらせました。
 21,×坂×実さん:わたしがといれにはいっているときみずをかけました。
 22,×瀬×早さん:わたしのうたごえをろくおんしてネットにこうかいしました。
 23,×橋×依さん:わたしのわるぐちをかいたブログをまいにちこうしんしました。
 24,×口×羅さん:わたしのおこづかいをぜんぶとられました。
 25,×木×香さん:わたしにしねといいました。

 わたしはいまから自殺をしますが、みんなをうらみます。
 ぜんいんのろいころします。
 おとうさんもおかあさんもたすけてくれませんでした。のろいころします。
 たんにんの〇〇せんせい、だいすきでした。 6-3 ××××」

 ……よし、書けた。
 この遺書があれば、みんな、私が死んだ後、苦しみ続けるはず。

 私は、靴をそろえて、遺書の上にのせ、屋上の柵を乗り越えようと。

「その遺書は、無駄になるよ。」

 背後から、声がした。

 柵に置いた手を下ろし、後ろを振り返ると……、黒い翼を背につけた、目の赤い人物…悪魔?

 黒くて長い髪が、風に煽られている。
 顔が…表情がよく分からない。

「……なんで?」

 私が、一生懸命書いた、遺書。

 全国ニュースに、映るんでしょう?
 いじめっ子たちの悪事が、バレるんでしょう?
 いじめっ子たちが、泣いて謝るんでしょう?

 全国の人たちが、私をかわいそうだと思うんでしょう?
 全国の人たちが、いじめっ子を殺せと怒るんでしょう?

「ここは学校だ。お前が死んだら、教師がここにやってくる。そして遺書を見つけて…握りつぶすよ。」
「そんなこと…あるわけないじゃない。」

 学校の先生は、そんなこと、しない。
 だって、学校の、先生なんだよ?
 悪い子はこらしめて、かわいそうな子を助けるんでしょう?

 いじめられて自殺した、かわいそうな私が書いた手紙を、捨てるはず、ない。私が一生懸命書いた手紙を、優しい担任の先生が捨てるはず、ない。

「君は何もわかっていない。大人はずるいよ?自分の身を守るために、いくらでも事実を作り変える。君が死んだら、学校のスキャンダルだ。いじめの事実をもみ消すだろうね。君の命が失われた事実よりも、守らなければならないことを優先させるよ。ここで君が死んでも、ただの無駄死にになる。」

 私、こんなにいじめられてるのに、死んでも無駄にしかならないの?

 ・・・そうだ、死ぬ場所を変えたら!!

 きっと優しい人に見つけてもらえる!
 きっと私のことかわいそうだと泣いてくれる!
 きっと私の無念を誰かが晴らしてくれる!

「じゃあ、私は東京タワーから飛び降りるわ?」
「できるわけないだろう。あんなにセキュリティのしっかりしている場所で問題を起こしたら、すぐに警察が出動するね。君、現実を知らな過ぎるよ。」

「じゃあ、崖の上から身を投げる。」
「身を投げたところで、君の遺書は風に飛ばされるだろうね。」

「じゃあ、ガソリンをかけて燃える。」
「子供がガソリンを買えるとでも?」

「じゃあ、車に飛び込んで轢いてもらう。」
「もちろん遺書も轢かれてなにが書いてあるか判別できないだろうね。」

「じゃあ、家で薬を大量に飲んで死ぬ。」
「君、虐待受けてるだろう?子供が嫌いでたまらない親の元で死んで、何かしてもらえると思ってるの?頭悪いね。」

「じゃあ、私はどうしたらいいの?!みんなが憎くて憎くて仕方がない!私が死んで苦しめばいいのに!あいつら全員私をいじめたことを悔やんで後悔して病んで死ねばいいのに!」

「別に、君が死ななくても…、いいんじゃない?」

 屋上に吹いていた、風が、やんだ。

 髪で覆われていた悪魔の顔が、見えた。
 …ちょっと、ううん、かなり、イケメン。
 担任の先生よりも、かっこいいかも…。

「君、死んだって意味がないんだから、殺すほうに回ったらどう?嫌いな子をどんどん殺していけばいいと思うよ?恨み、いっぱいあるんでしょう?」
「……でも、私には、武器も、何もない。」

 私はクラスでも小さいほうだ。力も弱いし、頭も良くない。不器用で空気も読めないし、友達もいない。とても人を殺すことなんてできそうにない。

「君にとっておきの武器をあげよう。必ず突き刺さるナイフ。…そうだね、まずは、ガキ大将の男の子から殺したら?……ほら、あそこ。ブランコの横で一人で遊んでるよ?このナイフで一刺ししたら、死ぬからさ。…やってきたらどう?それとも、無駄死に、する?」

 私は、悪魔からナイフを受け取って、ガキ大将を、刺した。

 あふれる血液を浴びたまま、ふらふらと家に帰った。

 晩御飯の支度をするために準備をしていたら、玄関のチャイムがなった。

 気が付いたら、私は白い教室で、たくさんの人に囲まれていた。

 私は、一生懸命、いじめられていることを話した。

 私は、一生懸命、自殺しようとしたことを話した。

 私は、一生懸命、死ぬ場所を探したことを話した。

 私は、一生懸命、悪魔に会ってアドバイスをもらったことを話した。


 私をいじめる人はいなくなった。

 私を大切にしてくれない人はいなくなった。

 私と話してくれる人が現れた。

 私の話を聞いてくれる人が現れた。


 気が付いたら、私はずいぶん年をとっていて、一人ぼっちだった。

 気が付いたら、私はずっと建物の中から出たことがなかった。

 気が付いたら、私は起き上がることすらできなくなっていた。


 気が、付いたら。


 私は、どこかで見たことのある悪魔に。

 ぱくりと、食べられて

 ……良かった、どうにか危機は回避できたようだ。

 一人の少女が、いじめを苦に自殺した。

 遺書が残されており、大問題となった。

 責任を感じた担任が校庭のど真ん中で焼身自殺をした。
 子供の親が学校を相手取り裁判を起こし、2億円の慰謝料をもぎ取った。
 校長が屋上から飛び降りて植物人間になった。
 同級生がPTSDになり、深い傷を負ったまま大人になった。
 心を病んだ生徒が何人もいた。

 そのうちの一人が、病んだまま最高峰の大学に入学した。

 病んだ生徒は、研究に没頭した。
 生徒はやがて世界的権威となり、さまざまな薬剤を合成した。
 病んだ教授は、人類を滅ぼすためのクスリを生み出した。

 人がいるからいじめが起きる、人がいなければいじめは起きない。
 動物の世界でもいじめはある。
 生き物をすべて消滅させればいじめはなくなる。

 いじめはいけないことだ。
 いじめはあってはならない。
 いじめはなにもうみださない。

 教授は薬を世界中に撒き散らし、やがて星ごと壊滅した。

 ……これほどまでの壊滅は久しぶりだった。

 たった一人の少女が自殺した結果、星がひとつなくなるとは、神ですら予想できなかった。

 至急、修正せよと、勅令が下った。

 少女を自殺させては、ならない。
 少女が自殺することで、恐ろしい研究者が生まれてしまう。

 少女に、自殺を、させるくらいならば。

 少女がこのまま生きたところで、二十歳を少し越えたところで親の暴行で死ぬ。
 二十歳になる前に家を逃げ出しても、学ぶ意欲がないまま流されるように生きることしかできない。
 常に不平不満を口にしながら、目に付いた他人を攻撃し続け害を撒き散らすことしかできない。

 少女は、生きていても、何も生み出せない。

 クラスメイトの中に、将来テロ事件を起こす人物がいた。
 およそ100人の命を奪うことになる人物だ。

 少女をそそのかして、始末させた。

 予想外に少女が長生きすることになったが、経過はおおむね順調だ。

 心を病むことなく健全に育った研究者は、クローン技術を躍進させた。
 心を病むことなく健全に育った歌手は、多くの人々に安らぎを与えることになった。
 心を病むことなく健全に育った主婦は、国を代表する企業の創始者を産んだ。
 心を病むことなく健全に育ったクラスメイトは、それなりに平和な人生を終えてまた生まれ変わっていった。


 消化不良を起こした、俺の腹がゴロゴロと鳴っている。

 ……まずいもん、食っちまったからな。

 味も最悪だったが、腹にも悪かったみたいだ。

 クソ、胃腸薬を飲まなければ……。

 あーあ、消化の良い、うまいもん、食いてえなあ……。


 俺は、きたねえ便所で用を足してから。

 この世に影響を及ぼさない、適度に美味い魂を喰らうために……、繁華街へと、繰り出した。


間違いは修正したくなりますわな…。


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