犯人探し
「……こんな理不尽な話あります?!会長、なんとかしてくださいよ!!子供たちの将来がかかってるんですよ?!」
「ジジイのクレームでなんで子供たちが我慢しなきゃいけないんですか!!!」
「みんな楽しみにしてるんです、どうにかなりませんか。」
「うーん、僕の一言では、どうにもなりませんけど…、一応話してみるね、でもどうにもならないかも!その時はごめんちゃい!」
玄関で話す声が、リビングの方にまで聞こえてくる。
穏やかな日曜の会話じゃないなあ、殺気立ってて耳が痛い。
「ホント最近の年寄りは自分の事しか考えて無くってやんなっちゃう!!!」
「ただでさえ車禁止になって負担が大きい中がんばってきたのに!」
「こうなったら会長しか頼れないんです、頼みますね!」
「期待に応えられるかはわかんないけど、また連絡するんで、もうちょっと待っててくださいな。ではではー!」
……ああ、ようやく玄関が閉まる音が聞こえたぞ。
そのあと響いてくるのは、重量感たっぷりの、フローリングが沈み込む音。
「ふひー!ようやく帰ったよ、もう……。」
「お疲れだったね、結局何だったんだ…、クレーム?」
旦那は町内会やらPTAやら色々と役員をやっているので、こうした相談?文句?をしばしば受けることがある。
誰にでもへらへらとした笑みを返し、きついことを言わずに笑ってどうにか丸め込む姿勢は、わりと人々の高評価?いや違うな、安心感?信頼感?を得ており、日常的に訪問者があるのだなあ。
「日曜の朝さあ、小学校でサッカーやってるでしょ。あれ今年いっぱいでやめることになっちゃって。その文句だね。例のあれだよ。」
「ああー、あれかあ、たしか結局犯人わかんなかったんでしょう?」
例のあれというのは、夏に起きた当て逃げ事件のことである。
毎週日曜の午前、近所の小学校では、地域の運動クラブが二つ活動している。体育館を老人会の吹き矢サークルが使い、運動場を地域のサッカーチームが使う、それがここ数年続いていた。参加者の中には遠くから来る人達もいるので、職員用駐車場が開放されていたのだが、そこで当て逃げ事件が起きてしまったのだ。
当て逃げされたのは、吹き矢の参加者、藤野さんの車だった。後部座席のドアの部分が派手にへこんでおり、塗装も剥げていたことから相当な勢いでぶつけられたと思われる。当てた車はおそらく黒い色の車であることが判明している。藤野さんの白い車には、黒い筋がついていたのだ。
犯人探しが始まった。
あいにくと防犯カメラはなく、決定的な証拠は見当たらなかった。
当日参加していた吹き矢クラブの人たちは全員白だった。
参加者は8名で、そのうち車で来ていたのは四人。
一人は被害者の藤野さんだ。加藤さんはワンボックスカー、すなわち後部座席はスライドドアだから白。順一先生はスリードアの軽自動車に乗っているから白。出川さんはファミリーカー、これも後部座席はスライドドアだから白。
当日出勤していた学校職員は全員白だった。
出勤していた先生は三人。校長先生は事故の処理中に来たので白だ。教務の志波先生の車は白であり、ドアの高さもあわないから白だ。2-2の飯田先生は職員室前の駐車場に停めていたから白だ。
となると、サッカークラブの参加者が怪しいのだが。
―――すみません、誰も心当たりがないと言っています。
サッカークラブの代表者に聞いても、犯人に心当たりがないという。当日車で来ていた人は10人、そのうち黒い車は6台で、誰もが知らないという。
―――――どこか業者の人が来てたんじゃないですか
―――――傷なんてたいしたことないでしょう、乗れるんだし。
―――――うちじゃないですよ、疑うんですか?証拠もないのに ――――――ぶつけたらいいますよ、常識でしょう
――――――じゃあうちの車見てくださいよ、傷なんてついてないでしょう ――――――うちは白い車なんで違います
――――――うちは赤い車なんで違います
――――――そうやって全員に疑いの目を向けるのやめてもらえます ――――――急いでるんです。仕事遅延の責任取ってくれるんでしょうね。
――――――本当にこの駐車場で傷がついたんですか?助手席側だったんでしょう、気付かないままここに来ただけの可能性ありますよね。
業者が来ていた可能性は低い。だが、ゼロとはいいきれない。
藤野さんが傷に気が付かなかった可能性は低い。藤野さんの家の駐車場は、車体の左側に玄関があるのだ。
傷はかなり深く、修理代金は六万円かかったそうだ。六万は安くないと思うんだけど、うちが貧しいのか?
なんというか、サッカークラブの参加者の…、民度が低いことに唖然としたのだなあ。
逃げたもんがちという認識がまかり通っているというかさ。
自分の言いたいことを遠慮なしに口にするとかさ。
面倒なことには関わりたくないって堂々としてるっていうかさ。
たまたまその日仕事があったので参加していなかったが、旦那も私も息子も、吹き矢クラブの会員である。
藤野さんの人柄は十二分に知っており、虚言でも妄想でもなく事実を話していることは分かるし、何ならもういいやと諦めて現状を受け入れてしまうような優しい人であることも知っている。クソジジイどころか、善良すぎる一高齢者の見本みたいな人物なんだよ、藤野さん。……一度も会ったことのない人物を徹底的にくそみそにいう人物には、正直ドン引きしてしまうんだよねぇ。
事件を受けて、サッカークラブの駐車場使用が禁止されることになったのは、夏休み明けのことだ。
駐車場が使えなくなるという通告を聞いて保護者たちは挙って反対したが、決定事項が翻ることはない。
もともと、公にはなっていなかったが、学校の入り口で煙草を吸う保護者や、食べたもののゴミをそのまま置いていくサッカークラブ関係者、駐車場で騒ぐママさんたちなど、目に余るような行動が目立っていて、来年は貸し出しをやめようという意見も出ていた。
そこに来て、この当て逃げ事件の発生である。駐車場の使用が禁止されるのは仕方がない事だった。今回の事件が後押しする形で、使用禁止の決定がなされてしまったのだ。
が、サッカークラブの関係者は、その事実が受け入れられなかったらしい。
許可なく車を停める者があとをたたなかった。
中には、運動場に車で堂々と乗り込む人もいた。
旦那は地区の体育振興会の会長をしているので、公共施設の貸し出しについて決定を下す立場の人間だったりするのだが。
―――ちょっとマナーの守れない団体には、貸せないねぇ…。
―――陸上クラブが希望出してますし、来年はそちらに貸し出しましょう。
かくして、サッカーチームの来年度の運動場使用は許可されないことが決定されたのだ。もはやサッカークラブの存続は絶望的になってしまったのである。信用の盛り返しなど、運動場使用許可のおりる可能性など、微塵も存在していない。しかも、こういうトラブルがあったことは、各種公共施設に共有済みだから、おそらく今後は、このサッカーチームはどこも活動場所を借りることができないと思われる。さらに言えば、新しいサッカーチームも、多分しばらくは場所を借りることが難しくなるはずだ。
こうなってしまうと、子供たちは部活ぐらいしかサッカーをやれなくなってしまうわけで……。
「犯人は素直に申し出てたら良かったのに。ばかだねぇ、実にバカだ、うん。」
己の不満を訴え、身勝手な行動で満足するなんて…、今時小学生だってやんないんだけどなあ。駄々をこねて自己主張したら、全部思い通りになるとでも思っているのだろうか?
町内会やPTAの役員をことごとくやれませんと突っぱねて、どういう組織が地域にあるのかすら知ろうとしなかった人たちが、地域に深く関わり運営している人たちの下した結論を覆せるとでも思っているのだろうか?
「まあ、どうにもならんわな…、お父さん、おつ。」
「ああ、わりとマジで頭いたい、食欲もなくなった、もうやる気がでない、庭掃除もしたくなくなったし二度寝しようかな……(。>д<)」
心なしか、太ましい体が一ミリくらい縮んだみたいだ、気の毒に。
「なんだ、フレンチトースト作ろうと思ったのに。まあ、ゆっくりおやすみなさい。君の分まで食べとくわ!」
よーし、今日はいつもみたいに食べ尽くされずにすみそうだ、二枚はたべたいな、ロイヤルミルクティもいれちゃお!
「ええ!?マジで!あーん、俺のぶん!最初の2枚はメープルシロップ、次はあんこで、生クリームとチョコレートシロップ、プレーンも食べるよ!」
「へいへい。」
なんだ、今日も私はひもじさを感じなければならないというのですか……(。>д<)
私は、旦那の為にスペシャルフレンチトーストを焼くべく、キッチンに向かったのであった。
なんというか、しみじみ残念です、はい……。