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時間旅行


『時間旅行は、いかにして行うことができるのか』

・・・私の従事する先生の研究は、大変に夢のあるものであった。

先生がおっしゃるには、肉体と心がつながっている限り時間旅行はできない、とのことであった。

肉体には老化がプログラムされており、肉体と心は密接なつながりが存在している。
老化がプログラムされている以上、肉体が時間をさかのぼることは不可能である。
肉体の老化は、時間経過に伴い未来へと向かうようプログラムされているため、不可避である。

「すなわち、肉体がなければ時間を越える事が可能となる、違うかね。」

先生は、時間旅行を可能にするためには、肉体の放棄が必要なのだと結論付けた。

しかし、肉体を失ったとき、人は心の存在を失ってしまう。
人は肉体という物質を持たねば、その心を表現することはできないのだ。

「肉体を失った後、人の心そのものは消失するわけではないとわしは思うのだが、どうかね。」

先生がおっしゃるには、人は肉体を失ってしまうから心を表すことが不可能になるだけ、とのことであった。

人は肉体を失った場合、心を表すツールを失うだけである。

心は非常に表現方法の限られた、不自由な存在である。
心は肉体により時間との拘束に囚われた、類稀なる自由な存在である。

「心は肉体による束縛がなければ、時間というルールに囚われる事もないとは思わんかね。」

先生は、肉体こそが、時間旅行を妨げる要因なのだと結論付けた。

しかし、肉体を失った人間が、心を失わないという確証はない。
肉体を失った人間の心が、現代社会に存在しているという事例を見たことがないのだ。

「霊能者を称する者たちは、肉体を失った心とコミュニケーションを取っているのではないかね。」

霊能者と自称する人々との、激しいディスカッションが繰り広げられた。

先生がおっしゃるには、肉体を失った心のみの存在があるのは間違いない、とのことだった。

心は肉体を失っても存在しているのである。
むしろ肉体を失ってからが、心が本来の輝きを得るのではないか。

心は肉体を持ちながら、時間という流れに身を任せ、老いて肉体を失うまで不自由を経験せねばならない。

「ならば、肉を凍結させた状態で老化を止め、心を肉体の呪縛から解放してみるのはどうかね。」

先生は、肉体の老化プログラムを止めてしまえば、心は自由に時間を越える事ができると結論付けた。

しかし、その理論を実証するものは誰もいない。
肉体を凍結させて、自らの心に自由を与えようとするものなど、いなかったのだ。

「では、わしが実証して見せようて。」

研究を重ねた先生は、絶対の自信を胸に、自らを凍結された。

世界の真実を知る先生は確かに存在しているが、肉体が凍結しており、事実を語ることは不可能だ。

世界の真実を知る先生は確かに存在しているが、その肉体に、心は宿っていない。
世界の真実を知る先生は確かに存在しているが、それを復活させる、技術がない。

・・・先生は今、時間旅行を楽しんでおられる。

僕には先生の心を知る手立てがないが、先生が懇意にしておられた霊能者が状況を知らせてくれた。

時間というシステムを解明できた満足感に、酔いしれているらしい。
過去に飛んで、歴史の確認をしているらしい。
見たこともない未来を見て、大喜びしているらしい。
かの有名な三大美女と対面したものの、言葉が交わせず落ち込んでいるらしい。

先生は、時間旅行を楽しめずにいらっしゃる。

話したい人と会話できないと、泣いているらしい。
老いる肉体を懐かしんで、後悔しているらしい。
不要になった体を、遺棄してほしいと願っているらしい。
研究所をたたんで、処分することを望んでいるらしい。

先生が凍結前に信頼を寄せていた、霊能者の言葉に従うことは、できなかった。

先生に後の事を任された僕は、先生の指示に従う事しか、できないのだ。

ひとつ、解凍技術が確立されるまで凍結状態を保つこと。
ひとつ、研究実績譲渡、研究設備貸し出し等を用いて当施設を永年運営すること。
ひとつ、実験途中での職務放棄を希望する場合は、新たな人材を用意すること。
ひとつ、この指示が解消されるのは、実験参加者が肉体を解凍し口頭でその旨を宣言した場合のみである。

幸い、先生の残した論文が持て囃されている。
幸い、先生の研究が世界中で話題になっている。
幸い、先生の映像が動画サイトでバズっている。

資金的には何の問題もない。

・・・問題があるとするならば。

先生の動向を知る手立てがなくなってしまったという点に尽きる。

先日、霊能者が、新たな後継者を連れてくることなく…突然、旅立ってしまったのだ。今頃、先生とともに時間旅行を楽しんでいるのかもしれないが・・・それを確認するすべはない。

僕は、先生の肉体を復活させるまで…頑張らねばならない。

僕が生きているうちに、先生と言葉をかわすことは、叶うだろうか。

僕の肉体が老いて、指示を完遂できなくなる方が先なのではないだろうか。
僕の肉体が老いて、全てを忘れてしまう方が先なのではないだろうか。
僕の肉体が老いて、心が解放される方が先なのではないだろうか。

先月、この設備に従事する人材を募集したが、いまだ応募者はゼロだ。

僕は、後継者を見つけるまで、この場を離れるわけにはいかない。

「どうも、こんにちは!!」
「ああ、いらっしゃい…変わりは、ないですけどね。」

今日も僕がいることを確認するために、弁護士が面会に来ている。
先生が凍結される前に、契約を交わした弁護士だ。僕がきちんと先生の指示をこなしているのか、週に二度、確認に来るのである。

来る日も来る日も、研究所で、先生の研究を見守り続けている、僕。
来る日も来る日も、研究所で、先生の研究を見守り続けなければならない、僕。

先生は今頃、時間という束縛を逃れ、未来で研究を続けていらっしゃるはずだ。

先生が、僕と言葉をかわす技術を伝えに来る可能性がある。
先生が、解凍技術を僕の元に知らせに来る可能性がある。
先生が、思いもよらない未来のテクノロジーを持ち込む可能性がある。

・・・全てがひっくり返る時は、いつ来たって、おかしくはないのだ。

いつ、そのような事態が起きるか、わからないのだ。
そのような事態が起きた時のために、僕がするべき、事は。

・・・僕は、かばんの中から、一冊の本を、取り出した。

「今から・・・ご研究ですか?」

何が起きても驚かないような、たくましい心を培っておくことだ。

「ええ、貴重な・・・資料なんでね。」

何が起きても受け入れることが出来るような、大きな心を培っておくことだ。

僕は、SF小説を読むために、研究室のソファに、腰を下ろした。

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