電話が壊れて、請われる話
このところ、我が家の電話の調子がよろしくない。
受話器を取ると、がーがージャーじゃーピーピーゴリゴリ。
FAXも反応しないほどの雑音が入ってしまうのである。
「ねえ、電話壊れちゃったみたい。」
「ええ、マジで?!もう十年使ってるもんなあ…まあ仕方ない、買ってくるよ。」
旦那が新しい電話を買ってきた。新しい電話は、感熱紙を使わないタイプのFAX搭載。くそう、買い込んであった感熱紙の行き場よ…。
「ちょっと、なんかやっぱり電話壊れてるよ、まだバリバリいうもん。」
新しい電話になって一週間。
はじめのうちは普通に聞こえてた通話だったが、今ではFAXが受信できないくらい雑音が入ってね?…これって電話線が切れてるとかじゃないの。
「おっかしいなあ…ちょっと電話局に問い合わせてみるね。」
数日後、電話会社の人がやってきて、我が家の電話を調べてくれた。
「引き込み線の劣化ですね。」
家の外に出てる電話線が劣化したので、おかしな雑音が入るようになったらしい。
「ちょ…、という事は、新しい電話機必要なかったんじゃないの!!」
「まあ、いい機会だから変えたって思っとけばいいじゃん。感熱紙なんて今どき流行んないんだって。」
ぐぬう、もっともらしいこと言ってるけど、無駄遣いしたって気持ちはぬぐい切れない。
……とはいえ、いまさら戻すのもなあ。まだ捨ててなかった古い電話機を前に、取っておくべきか捨ててしまうべきか悩む私がいる。…まあ、電話機が壊れた時用に取っておこうか。でもなあ、使わないんだったら処分したい…。
「古い電話機はクローゼットにしまい込んどく?捨てる?」
「一応取っとこ。なんかあるかもしれないし。」
古い電話機と子機二台、充電器をひとまとめにしてかごに入れ、クローゼットの奥にしまい込もうとしたその時。
プルルルル、プルルルル・・・・
かごの中の子機が突如なり出した。
ああしまった、電池ぬいてなかったから繋がっちゃったのか。同じメーカーの子機だとつながるのか、知らんかった。最近の電話ってのはずいぶんサービスがいいというか、優等生なんだねえ、そんなことを思いつつ電話に出る。
「やっと、つながった。全然電話繋がんなくてすげえ困ってたんだけど!!!」
「……はい?もしもし??」
子機から聞こえるちょっと遠い声。…誰だ?名を名乗らんかい!!
「ごめんね、悪いんだけど、デスクトップのさあ、飾り物ってフォルダ、何も見ずに削除しといてくんない?」
「はあ?何言ってんの、つか、あんた誰。」
旦那は一階でコーヒー飲んでるし、知り合いにこんな若い声の兄ちゃんなんていないはず。間違い電話かな?
「俺だよ、オレオレ。もうちょっとしたらパソコン届くからさ、ごめんごめん、頼むよ。じゃ。」
プツ、プープープー。
なんだ?新手のオレオレ詐欺か??
パソコンなんて注文した覚えはないし、私に向かってオレオレなんて気楽に話しかける兄ちゃんなんて…てんで思い浮かばないぞ??
……旦那の知り合い?いやしかし、だったら旦那を呼び出すだろう、いったい今のは何なんだ。
不審に思って、子機を持って一階の旦那のところに向かう。
「ねえねえ、この子器どこかに置く?使えるみたいだからさ、使った方がよくない?」
「はあ?何言ってんの??使えるわけないじゃん。」
「え、同じメーカーのだと、そのまま使えるんでしょ?だって今電話かかってきたよ?」
「そんなわけないじゃん、メーカーは一緒だけど、機械が違うんだから。…ほら、エラー表示出てる。」
旦那に手渡した子機には…エラーの文字が点灯、している。
「え、嘘…だって今、誰かから電話が!!誰?!なんで?!ちょっとやだ!!!」
「ちょ、落ち着きなよ。なに、どうしたの。」
確かに私は電話に出て!!
パニックになる私を旦那が宥めてるけど…こんなん落ち着いていられるかあああああ!!!ねえ、私が話したのは誰、おばけ?どこの人!!半狂乱になりながら、さっきの出来事を事細かに説明する。
「ええ…若い男??心当たりないな、そもそも家の電話知ってるやつって、今日日なかなかいないじゃん。それこそ親戚くらいで…だから電話の不調にも気が付かなかったわけでさあ。」
言われてみれば、そうだ。家電を使う機会が…ずいぶん減っている。月に三度くらいFAXを使うので電話は必要なんだけど、連絡はほぼほぼスマホだし、電話のかかってこない日なんてざらだ。
「なんか、受信機としての機能があって、ラジオでも拾ったんじゃないの。」
「そんな馬鹿な!!だって確かに、確かにっ!!!」
ピロピロピロピロリーン
びっくぅうううううう!!!!
新しい電話が鳴った。
旦那と二人で、勢いよくビクつく。新しい電話はね、着信音がミュージックなのね、うう、このタイミングで電話?!怖い、怖いよ!!!
「はいもしもし…ああ、お久しぶりです、ええ、それはすみませんでした…どうも、ちょっと待ってくださいね。」
旦那が電話を取り、私に受話器を渡した。
「唐草のおばさんからだよ、何年ぶり?」
唐草のおばさんは、私のおばに当たる人で、ずいぶん仲良くさせてもらっているのだけど、ここ5年ほど会ってない。子供たちも大きくなっちゃって、顔を見せに行くこともなくなっちゃって、年賀状くらいしかやり取りしてなくて。昔は夏休みにキャンプに行ったりしてたんだけど…。広い庭にテント張らせてもらって、近くの川で泳いでって、ああ懐かしい。
「もしもし、おばさん、お久しぶりです、お元気です?」
―――ああ、茜ちゃん、久しぶり。あのね、ごめんね、忙しい時に。あのね、おじちゃんね、実はちょっと前から入院しててね、今日ね、死んじゃったの。
「はあ?!何それ、全然知らなかった、え、何、いつから悪かったの、どうして、いくつだったっけ?!」
―――二週間くらい前に倒れてね、意識が戻らなくて、今日の朝ね…。入院した時に電話したんだけど、つながらなくて…。でもね、80まで生きたからね、大往生に近いとは、思うの。
しまった、電話が壊れてた時か。電話がつながらない時に限って、こういうことが起こるんだよ!!電話が壊れて無ければ…おじちゃんに会えたのに。
「ごめんなさい…電話が壊れてて、最近繋がらなかった。本当に、ごめんなさい…。それで、お通夜とかは?私手伝いするよ、子供もつれてくから。」
明日の朝から、山間部に住む唐草のおばさんの家に行くことになった。今日は金曜。今から準備をして、土日も滞在できる。
久しぶりにテントを持って行くことになった。大きな家だけど、親戚が集まるから寝る部屋が足りなくなるかもしれないので、一応持ってきてほしいとのこと。四人用テントだけど…全員入りきれるのか、ちょっと不安。まあ、入らなかったら近所の民宿に泊まればいいか。
「テント出して、喪服の用意して…あと香典の用意に…。」
ドタバタやっていると、娘と息子が帰ってきた。久々に見るテントの箱に、娘の目が輝いている。この人はキャンプが大好きでねえ…。
「え、何、テントどうするの、どこ行くの!!」
「山行くの?」
「なんか唐草のおじちゃん死んじゃったんだって、明日明後日大丈夫だよね?」
土日が休みの娘は久々のテントにワクワクしつつ、おじちゃんの訃報に顔を曇らせている。テスト期間真っ最中の息子は教科書持参で行くらしい。
ちょっと待てよ、そういえば、唐草に行かなくなったのは息子がテント泊中に虫に襲われて大泣きしてからだった。…大丈夫かな。まあ、ずいぶん育ったし、大丈夫だろ。
「虫よけスプレーと、虫よけリングと、蚊取り線香買っていこう。」
……ずいぶん用意が必要らしいけど。
おじちゃんの葬儀は滞りなく終了し、息子も虫に襲われることなく、無事帰路につくことになった。
「ねえねえ、そのパソコン、どうすんの?」
…うちの車には、一台のパソコンが積んである。モニターも、ある。
「おじちゃんの形見分けだから、うちでもらうことになったんだよ。」
「ええ、じゃああたしほしい!」
これは、おじちゃんのパソコンなんだけど。…旦那があげたものなんだよね。毎年庭にテント張らせてもらって、夏のレジャーを楽しませてもらってるお礼に、旦那が組み上げたパソコン。おばさんはパソコンを使えないので、持ってってくれないかなって、言われちゃったんだけど。…言われ、ちゃったん、だけど。
「うん…準備できたらあげるわ。」
「わーい!」
「僕も使いたい。」
「二人で使ってね!!!」
おじちゃんのパソコンは…車に揺られて、我が家へとやってきた。
「ある…。」
子供たちが寝静まったころ、おじちゃんのパソコンを立ち上げてみると、デスクトップには…飾り物のフォルダ。
「あの電話は、おじちゃんだったのか…そういえば、おじちゃん、いつも電話かける時オレオレって言ってたな。でも、おじちゃんの声じゃなかった…いや、若いころはあんな声だった?死ぬと若返るってホントだったんだ…。」
どことなくおじちゃんの口調に似てた気がする。ちょっとぶっきらぼうで、ヤンキー臭がして、でもってすぐ謝る感じ。そうだ、おじちゃんだわ、気が付くとめっちゃしっくりくる。
「何が入ってるか、興味ない?」
「ないよ!!つか、消去してくれって言ったんだから、消去しないとだめでしょ!!下手に見てまた電話かかってきたら怖いじゃん!!初期化一択だね、人の残した記録なんてね、誰かがさわっていい物じゃないの!!記録を残した人の消滅と共に記録も消去されるべきなんだよ。」
私はおじちゃんの願いを叶えるため、飾り物フォルダを消去し…さらにパソコンを初期化した。これでこのパソコンには、おじちゃんの記録は何一つ残っていない。写真データはすべて印刷してあったし、メールをはじめとするいろんなデータもおばさんには見ることができないからという事で、消去していいよと言われたんだよね。
まっさらになったパソコンの初期設定をし…。おじちゃんのパソコンは、我が家のパソコンになった。
「また電話、かかってくるかな?」
「電池ぬいたもん。もうかかってこないと思う…。」
ああ、まずい、只今の時刻ちょうど0時。……怖い話をしていい時間帯じゃ、ない!!
おじちゃんは怖くなかった、むしろいい人だった、しかししかし電話はね、怖いのですよ、ええ、怖いですとも!!大丈夫、古い子器の電池はぬいた、もうあの電話は鳴らないはず。…お願い、もう鳴らないでね?!
なんだか目が冴えてしまった私は、電気を消さずにうつらうつらと眠りにつき…翌朝ぼんやり眼で仕事に行く羽目になってしまったのであった。
なお…パソコンは、何も知らない娘と息子がオンラインゲームを楽しむため、日々大活躍中という…お話。
これに買い換えました。追加で子機を買ったさ…。