見出し画像

まもの


近所のスーパーには、魔物が潜んで、いる。

あの魔物は、相当に、手ごわい。

一度捕まってしまったら、その魅力に囚われて、逃げ出すことが非常に困難だ。すっかり魔物に魅了され、落ちて行くばかりという、まさに沼、まさに罠、まさに地獄。

あの魔物は、我が家にとって危険だ。
危険極まりない、究極の存在。

目に付いてしまえば、思わず手を伸ばさずにはおられない。
目に付いてしまえば、いつの間にかかごの中に鎮座している。
目に付いてしまえば、お買い物袋の中で堂々と存在感を放っている。

魔物は我が家の住民を翻弄する。
魔物は我が家の住人の心を捉えて離さない。
魔物は我が家の住人から平常心を奪う。

ああ、何という、恐ろしき、魔物。
ああ、そして、今日もまた、魔物の餌食になる、哀れな一族が、ここにいる。

「買っちゃった!!!!!!!」
「買ったな?!買いやがったな!!!!!!」
「だって魔物だもん、仕方がない!」
「仕方がない。」

魔物の名、それは「徳用チョコ」。

こいつは恐ろしき魔物なのである。

コーンスナックに、チョココーティングが施された、究極の魔物。個包装されていない、マット調で黒光りする15センチほどの筒状の、菓子の形をとった、恐ろしき魔物。一袋に32本入りの、一本あたり54kcalの、魔物。

魔物は凄まじく我々を魅了し、恐ろしく我々の行動を支配するのである。

一本手に取ったら、地獄が始まる。

チョコレートの甘く誘い込むような香りがふわりと漂ったら、思わず伸びてしまうのは、貪欲な、人差し指と、親指。
つまんだ指に、チョコレートコーティングが、ぬるい体温で解かされて、絡みつく。体温の伝わらぬ、穢れていないコーティング部分を、口元に運ぶと、思わず自然に、閉ざされているはずの唇が、開いて、しまうのだ。
唇につられて、閉じていた歯列が、魔物を受け入れて、しまうのだ。

さく、さく、さく、さく・・・。

心地よい音色が、口の中でワルツを奏でる。

乾いた音色は、やがてしっとりと潤いを得て、口の中にねっとりと甘美でうっとりするようなメロディを脳内に流し始める。
まろやかに口内で解れたサクサクは、熱で溶け始めたチョココーティングと実に見事に融合し、この上ない幸せなひと時を呼び、味わい深さを生み出す。

魔物をつまむ指は、止まることを知らない。

二本、三本、四本、五本。

次から次へと、口の中にとけてゆく、魔物。

六本、七本、八本、九本。

指を止める術が、見つからない。

十本、十一本、十二本、十三本。

「ヤバイ、食べ過ぎた!!!」

明らかに数の減った魔物の姿を見て、はっと我に返るのは、十四本目。

……いつものことだ。

明らかに数の減った魔物の姿を見て、はっと自らの罪に気が付くのは、十四本目。

……いつものことだ。

明らかに数の減った魔物の姿を見て、はっとこの身に取り入れた702kcalを悔やむのは、十四本目。

「仕方が、ない・・・。」

そう、仕方が、ないのだ。
目に、とまってしまったのだから。

そう、仕方がないのだ。
手に、取ってしまったのだから。

そう、仕方がないのだ。
家に、招きいれてしまったのだから。

そう、仕方がないのだ。
指が、伸びてしまったのだから。

そう、仕方がないのだ。
口に、入ってしまったのだから。

そう、仕方がないのだ。
魔物に、魅入られてしまったのだから。

恐ろしき魔物に、またしても囚われる日々が、やってきて、しまった。

昨年、箱買いをして、散々分厚い肉を溜め込む羽目になったというのに。
例年、箱買いをして、体重増を嘆く羽目になると分かっているというのに。

今年こそは、箱で買うまいと、あれほど誓ったというのに!!!

「一袋250円は安い!!!」
「生ものじゃないから買い込んでも大丈夫!!!」
「たべたい。」
「一袋だけにしておこうよ!!」

魔物の魔力が、我が家の判断力を、狂わせる。

「一日三本までって決めて食べよう!予定は実行されないかもだけど!」
「絶対守らんやんけそんなん!!!」
「大丈夫だって、潰したらぺちゃんこになるからカロリーほとんどないよ!」
「もってっていい?」

魔物に魅了された我が家の住民が、堕ちてゆく。

「ちょっと!!何で箱で買ったはずなのにあと二つしか残ってないの?!」
「なんか止まらんかった!仕方ない!!」
「また買ってこようよ!!!」
「友達と食べた。」

一族がはけているとある日の午後、私は数を減らした魔物を一袋開け、ただただ、魔物に促されるままに、指を、伸ばした。

さくさく、さくさく、さくさく、さく、さく。

魔物が砕かれてゆく音だけが、鳴り響く。

むぐむぐ、むぐむぐ・・・。

魔物が蕩けてゆくのを、ただただ、堪能し続ける。

んぐ、んぐ・・・ごくん。

魔物に取り憑かれた私の咀嚼音は、今、飲み込まれた。

魔物は、私の中に取り込まれて、しまったのだ。

・・・いや、ちがう。

私が、体の内部から・・・魔物に、支配されてしまったのだ。

魔物が、私を、支配する。
魔物は、私を、支配している。

私の中に、魔物がいる。

一本54kcalの、魔物が、13本も、私の、中に。

私の中の、魔物を退治しなければ。
私がすべて、魔物に支配されてしまう、その前に。

私は、魔物をこのまま・・・私の体内においておくことを望まない。
私は、魔物に支配されることなど・・・望んではいないのだ。

「ただいまー、あ!!買い物行くの?また魔物買って来てー!」
「ヤダよ!!!もうかわん!!!」

帰宅した一族の若者の声に、私は拒絶を露にした。

私は、魔物に魅了などされるつもりは・・・毛頭ないのだ。
私は、魔物の恐るべき魔力に抗うべく、行動に移ることにしたのだ。

少々長めのウォーキングに出かけ、腹に収まった702kcalを消費することに成功した。

私の中に、魔物の片鱗は存在していない。
私の中から、魔物の影は消えた。

私はすっかり安心しきって、夕食の買い物に行くことにしたのだ。

702kcalを消費したこの身には、およそ漲る力というものが枯渇しており、ずいぶん腹が減っている。
702kcalを消費したこの身には、およそ漲る力というものが枯渇しており、ずいぶん何でもうまそうに見える。

ああ、腹が減った、減りすぎた。

私は手早く夕飯の材料をカゴに投げ込み、レジに並んだ。

夕方のスーパーのレジは、ずいぶん混んでいて、なかなか進まない。

並ぶ私の目に、魔物が映りこんだ。

レジ前の、手に取りやすい場所に、魔物が並んでいる。

並ぶ私の目に、魔物が映りこんだ。

レジ前の、手に取りやすい場所に、魔物がずらりと、並んでいる。

並ぶ私の目に、魔物が映りこんだ。

私の腹が、ぐうと鳴っている。

レジ前の、手に取りやすい場所に、魔物がこれでもかというほど、並んでいる。

私の腹が、ぐうと鳴り、レジの並ぶ列が前に進んだ。

並ぶ私の目に、魔物がどかんと、映りこんだ。

レジ前の、手に取れる場所に、魔物が上から下までみっちりと、並んでいる。

「次のお客様お待たせしましたー!」

私は、魔物の並ぶレジ前の棚の横をすうと通り過ぎ。
私は、魔物の並ぶレジ前の棚の横をすうと通り過ぎたものの。

私は。

わざわざ。

・・・一歩下がって。

魔物をかごに入れて、レジを、済ませた。

・・・私は魔物に、魅了されている。

・・・私は魔物から、逃げることができない。

恐ろしき、魔物。
恐ろしすぎる、魔物。

魔物が、魔物が、魔物が、魔物が!

恐ろしすぎる魔物は、我が家を捕らえて離さない。
恐ろしすぎる魔物の魅力が、冷静な判断能力を奪うのだ。

私は今年もまた。

魔物に支配されて、この身を肥やすことになることを・・・覚悟した。

↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/