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虐待弁当
僕のお母さんは、ご飯を作るのが上手だ。
小さい頃、あまり食べることに興味が無かった僕は、やけに小さい子供だった。食べたいと思うものは、おにぎりときのこ。保育園に入るまで、僕はずいぶん偏った食生活をしていた。
僕は、好きなものだけ食べていればいいと思っていた。
お母さんは、食べたいものを食べてたらいいよという人だった。
お父さんは、食べたいものを腹いっぱい食べろという人だった。
保育園では、給食が出た。
今まで食べたことのない食べ物が並ぶ。
食べる気にはなれなかった。
先生が、僕の目の前に座って、おかずをひとすくい、差し出した。
「しゅんくん、食べないんじゃなくて、食べてみよう、はい、あーん。」
「わかった・・・。」
肉は見た目が嫌いだから口にしたくなかった。
野菜は絵の具っぽくて口にしたくなかった。
食べたいと思わないから、食べないまま過ごしていた。
・・・けれど、食べてしまえば。
「・・・たべられる。」
「えらいね!配られた分だけ、食べてみようね!」
味は別に嫌いじゃなかった。
「はい。」
僕は、給食をきちんと食べるようになった。
「え!!給食食べれたんだ!!良かった!!」
夕食用に僕のしいたけを焼いているお母さんに報告すると、すごく喜んでいた。
「どうする、うちのご飯も食べる?」
「たべてみる。」
お母さんのご飯はおいしかった。
見た目で食べないと決めていたのが、すごくもったいなかった。
何で僕は、見た目にこだわって食べなかったんだろう。
僕はおにぎりが大好きだけど、チャーハンもおいしいって初めて知った。
僕はきのこが大好きだけど、シチューの中のにんじんやブロッコリーもおいしいって初めて知った。
僕は、好き嫌いの無い子供なんだと、初めて知った。
何でも食べるようになって、お母さんは少しおかしくなった。
普段のご飯はすごくおいしくて、それを僕は食べたかった。
…だけど。
お弁当のとき、いつも、おかしなものを持たせる。今まで、家族でピクニックに行くときは僕の分はおにぎりと焼ききのこだけだった。僕にとってのお弁当は、おにぎりと焼ききのこ、そう思っていた。
「うわあ!しゅんくんのおべんとう、すごい!!」
「すごい!すごい!!」
初めての遠足のとき、お母さんが僕に持たせたお弁当は、キャラ弁だった。
にっこり笑うおにぎり。
にっこり笑うしいたけ。
にっこり笑う卵焼き。
ニコニコしているお弁当を食べるのがつらかった。
「わらってるのやだ。」
「ええー!わかった・・・。」
全部食べたけど、不満があったので伝えた。
次の遠足のとき、お母さんが僕に持たせたお弁当は、サンドイッチだった。
食べようとしたら、サンドイッチの表面にアニメのトレードマークが入っていた。
「わあ!!しゅんくんのパンモンスターボールだ!!」
「すごい!!すごい!!」
みんなが騒ぐのがいやだった。
「ふつうのおべんとうがいい。」
「ええー!わかった・・・。」
全部食べたけど、不満があったので伝えた。
「ええー!お母さんのお弁当はおかしいから楽しいんじゃん!」
「同じ姉弟でも思考は、嗜好は…違うものなんだよ、うん・・・。」
お姉ちゃんは、お母さんのキャラ弁が大好きらしい。
毎日持っていくお弁当が楽しみで仕方がないんだって。
お母さんは面白いお弁当を作りたい人だった。
お姉ちゃんは面白いお弁当を喜ぶ人だった。
お父さんは食べられるものだったら何でも喜ぶ人だった。
僕は、普通のお弁当を普通においしく食べたい。
おかしなお弁当は、おいしいけど、落ち着かない。
それからしばらく、遠足の日には平和なお弁当を食べ続けていたのだけれど。
「ちょっと!!今日のお弁当何!!!!!」
「おいしかったでしょ!!!」
ご飯を作る楽しさを知った僕は、すすんでお手伝いをしている。
お母さんと一緒に晩御飯の用意をしていたら、お姉ちゃんがぷんぷんして帰ってきた。
「虐待弁当にもほどがあるじゃん!!!うまかったけどさ!!!!」
「・・・ぎゃくたいべんとう?」
高校生のお姉ちゃんは、毎日お弁当を持って行く。毎日可愛いキャラ弁をお母さんに作ってもらって、毎日インスタにあげている。日によってはいいねがかなり付くんだっていっていた。
「もーこれ!!ちょっと見てよ!!しかも地味にバズってるし!!」
お姉ちゃんのスマホを見ると、紫色のお化けのお弁当が写っている・・・。中身は血があふれて、骨も埋まってて、うわ・・・。
食べ進めていく写真が、すごく、怖い。
「その紫さあ!黒米入りご飯炊いたんだ!!いいでしょ!!!梅干もちゃんと裏ごしして、雑念の無い美しい血液を表現できたと自負してる!骨かまぼこはちょっと端っこ炙って腐敗を表現してみたのさ!!土っぽさを出すためにゆで卵の黄身にソース混ぜて泥の演出、いいでしょう!!次は何にしようかな!!グロ系いったから次はそうだな、精神的苦痛系いくか!!!」
「…マジすみませんでした、もうしません、許してください、明日からは普通に可愛いのでお願いします・・・!!!」
なにかあったらしい。
「あれだけDVDレンタルの返却日気をつけろって言ってたのに延滞なんてするからさあ!これはお仕置きが必要だと思ってさ!!どお!これでもう延滞なんてしないでしょ!!!」
「以後気をつけます・・・。」
お姉ちゃんは、お母さんを怒らせてしまったらしい。
お弁当をお母さんに作ってもらっているお姉ちゃんは、お仕置きとして、虐待弁当を食べさせられたみたいだ・・・。
・・・。
そうか、お母さんがお弁当を作る以上、お母さんを怒らせるとその怒ったレベルのお弁当が渡されるってことだ。
・・・。
僕だって、何かお母さんを怒らせるようなこと、しちゃうかもしれない。
・・・。
僕は、お弁当は、おいしく、おとなしく食べたい。
・・・。
僕は、料理が楽しいって知ってる。
自分の食べたいものを、自分好みで作ってもって行けば、自分の望みがかなう。作ってもらうのではなく、自分で作っていけばいい。
・・・よし、僕はお弁当は自分で作って持っていくことにしよう。
…あの日、あの時、あの虐待弁当が無かったら。
僕は今頃、虐待弁当の被害者になっていたのかも、知れないな。
「シュンの弁当はいつもうまそうだな。」
「うまいよ。」
毎日自分で弁当を作り始めて…二年目。ずいぶん、作り慣れた。
今日のメニューは焼きしいたけに味ご飯の錦糸卵包み、カジキの照り焼きにしし唐、もやしナムル。
今朝、母さんが黒いご飯を炒めていた。珍しかったので、少し分けてもらって、入れてある。…黒米をイカ墨で炒めてある、うまいけど弁当としては少し不向きだ。
おそらく、昨晩洗い物をせずに寝てしまった姉さんへの仕打ちとして…虐待弁当になったと思われる。
…なったかな。
父さんが乱入して派手につまみ食いをしていたような気もする。
…なってないかも。
姉さんも、相変わらずだな。
母さんも、相変わらずだな。
父さんも、相変わらずだな。
僕は・・・どうだろう?
自分の事は、自分じゃよく分からないからな。
僕は自分の作った弁当を完食すると、いつものように手洗い場に向かい…弁当箱を洗った。
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