方向音痴
ゴールを目指して、がんばるぞ。
スタートを、切った僕。
大勢の参加者に混じって、一斉に駆け出した。
人の波に逆らうことなく、誰かの踏んだ道を進んでいく。
途中、関門がいくつかあった。
みんなが通る関門を、みんなと同じように通っていく。
時折、関門を通過しないやつらがいた。
「あいつら、関門も通過できないでやんの」
笑うやつの声を聞きながら、まったく持ってその通りだと思った。
「俺は関門など突破しなくてもゴールにいけるんだ!」
憤るやつの声を聞きながら、ただの虚勢だと鼻で笑った。
いつしか、僕の周りは、人がまばらになっていた。
誰かの踏んだ道ではあるけれど、誰もいない道を進む。
時折現れる道標を頼りに、前に進む。
時折現れる道先案内人の言葉を頼りに、前に進む。
時折現れる分かれ道を、適当に選んで、前に進む。
時折現れる分かれ道を、じっくり吟味して、前に進む。
時折、迷う他人の背を押した。
時折、悩む他人の背を押した。
時折、戸惑う他人の背を押した。
時折、おせっかいな他人から逃げ出した。
時折、攻撃的な他人から逃げ出した。
時折、見ず知らずの他人の目を気にして行く先を決めた。
自分で、納得して、道を選んできたはずなのに。
いつしか、おかしな道に、足を踏み入れてしまったらしい。
明るい方を目指しているつもりなのに、どんどんどんどん鬱蒼とした景色が広がってゆく。
おかしな道から、抜け出せない。
明るい方を目指せば目指すほどに、いつまでたっても暗い闇の中から抜け出せない。
自分の足元さえ見えなくなったとき、ついに立ち止まってしまった。
ここは、どこだ。
ここは、どこなんだ。
ここは、僕の目指していたゴールではない。
ここは、僕のいる場所じゃない。
どうしてこんなところにいるんだ。
どうしてこんなところにいなきゃいけないんだ。
どうしてこうなった。
どうしたらいい?
どうしたらここから抜け出せる?
どうしたらここから抜け出してゴールまでたどり着ける?
正しい道が分からない。
正しい道が見つけられない。
ただ闇雲に手を伸ばす。
ただ闇雲に手を伸ばして、何かを掴んだ。
掴んだものを引きずり込んで、少しだけ心の平静を取り戻した。
……なんだ、僕だけじゃ、ない。
手を伸ばせば、闇に紛れてうごめいているやつらがいることに気が付いた。
……なんだ、僕よりも、惨めなやつが、いる。
手を伸ばして、うごめいているやつらを踏み台にして踏み出した。
前に、進む。
前に、進んだ。
前に、進んだのに。
ゴールは、なかった。
行き止まりだった。
行き止まりだったのだ。
道を引き返そうと、後ろを振り向くと、僕が踏み台にしてきたやつらがわんさかいて、身動きが取れない。
僕の前には壁。
僕の後ろには、生ける屍。
自分が息の根を止めてきたやつらが邪魔になって一ミリも動けない。
ここから、抜け出すには。
ここから、抜け出す、方法は。
この、屍に混じるのか、それとも。
この、壁を壊すのか、それとも。
このまま、ここで朽ちるのか、それとも。
僕は、自分の手で、目の前の壁を引っかき始めた。
何度も何度も、壁を引っかく。
何度も、何度も、壁を引っかいているうちに、爪がはがれた。
何度も、何度も、壁を引っかいているうちに、爪がはがれて、血が噴出した。
血まみれになりながら、壁を壊すために、ただただ努力をした。
自分の中にある血液をたらし続けて、いつか壁を壊すことができると信じて壁をひっかいた。
いつか壁を壊すまではと、手を止めることはなかった。
ひたすら壁を引っかいた。
ふいに、壁に、穴が、あいた。
壁から、光が差し込んだ。
すっかり爪をなくしてしまった、血まみれの指先で、壁にあいた穴を広げてゆく。
広がった穴から、まぶしい光があふれ出す。
その穴から、這い出した。
光のあふれる道へと、僕は脱出したのだ。
さまよい続けた僕は、ようやく自分の進むべき方向を見渡せる、明るい場所にたどり着いたのだ。
僕の後に続く、生ける屍たちがいた。
僕の開けた穴を、何の苦労も、努力もしなかったやつらが通り抜けてゆく。
僕の開けた穴が、何の苦労も、努力もしなかったやつらが一気に通り抜けようとして、ふさがってしまった。
僕が長年向き合い、自分の力で切り開いた場所を、他人にふさがれてしまったのだ。
なんともいえない、不愉快な気持ちを抱えたまま、明るい道を進み始めた。
前を向いて、ゴールを目指す。
前を向いて、ゴールを目指しているはずなのに。
なんともいえない、不愉快な気持ちが、時折影をさす。
なぜ、自分だけが苦労しなければならない?
なぜ、自分だけが他人のために苦労しなければならない?
なぜ、自分だけが他人が楽をするために苦労しなければならない?
誰も、僕を助けてはくれないのに。
ゴールに向かっていたはずなのに、いつしかおかしな道に足を踏み入れてしまったらしい。
明るい方を目指しているつもりなのに、どんどんどんどん鬱蒼とした景色が広がってゆく。
おかしな道から抜け出せない。
明るい方を目指せば目指すほどに、いつまでたっても暗い闇の中から抜け出せない。
自分の足元さえ見えなくなったとき、ついに立ち止まってしまった。
ここは、どこだ。
ここは、かつて来たことがある場所だ。
ここは、僕の目指していたゴールではない。
ここは、僕のいていい場所じゃない。
どうしてこんなところにいるんだ。
どうしてこんなところにまたきてしまったんだ。
どうしてこうなった。
どうしたらいい?
どうしたらここから抜け出せる?
どうしたらここから抜け出してゴールまでたどり着ける?
正しい道が分からない。
正しい道が見つけられない。
ただ闇雲に手を伸ばす。
ただ闇雲に手を伸ばして、何かを掴んだ。
掴んだものを引きずり込んだら、心の平静を取り戻せるはずだ。
手を伸ばせば、闇に紛れてうごめいているやつらがいる。
手を伸ばしてうごめいているやつらを踏み台にして前に進める。
前に進むか。
前に進んで、いいのか。
前に進むのを、やめなければ。
……前に、進んでも。
ゴールは、そこにはないことを、知っている。
ここから抜け出すためには。
ここから、抜け出す、方法は。
闇雲に手を伸ばして掴んだものを、手放した。
屍を増やしたところで、その屍に埋もれるのは自分だ。
埋もれて、行き止まりに囚われて、また壁を引っかくのは自分だ。
壁に穴を開けて、その穴を通るのは、自分だけではない。
壁に穴を開けても、その穴をふさいでしまうのが、他人だ。
来た道を、引き返すことに決めた。
今ならば、まだ、間に合う。
今ならば、まだ、道を塞ぐ屍は、いないのだ。
来た道を引き返せば、いずれ光のある場所にたどり着けるはずだと信じ、進む。
がっちり腕組をして、余計なものに手が届かぬよう、進む。
時折、誰かにいきなり掴まれてひるむこともあった。
時折、誰かに捕縛されて立ち止まることもあった。
時折、不意に誰かを掴みたくなった。
時折、不意に誰かを捕縛したくなった。
迷いながら、道を探り続ける、日々。
迷いながら、ゴールを目指す、日々。
僕のゴールは、どこにあるのだろうと、漠然と思う。
僕にゴールは、あるのだろうかと、漠然と思う。
関門を通過したやつも、関門を通過しなかったやつも、ゴールにたどり着いている。
関門を通過したやつも、関門を通過しなかったやつも、ゴールにたどり着けずにもがいている。
関門を通過したやつも、関門を通過しなかったやつも、ゴールにたどり着くことをあきらめて立ち止まっている。
関門を通過したやつも、関門を通過しなかったやつも、ゴールにたどり着くことをあきらめつつも前に進んでいる。
少し、視界が良くなった気がする。
少し、ゴールが見えた気がする。
少し、前に進む足が軽くなった気がする。
このまま、前に、進み続ければ、きっと。
「お前、俺を谷底に突き落としておいてゴールできると思うなよ?」
「お前、俺の道を潰しておいてゴールできると思うなよ?」
「お前、お前……お前、お前、お前」
自分じゃない誰かの声が気になる。
自分じゃない誰かの声が僕の行く手を阻む。
自分じゃない誰かの声に翻弄されて、正しい道を選べない。
自分じゃない誰かの声に導かれて、自分の目指す場所にたどり着けない。
正しい道ってなんだろう。
正しい道って決める事が間違っている。
正しい道なんてない。
ゴールにたどり着くことが正しいわけじゃない。
ゴールにたどり着くことが目標じゃない。
ゴールに意味を見出だせなくなった僕は、道を選べない。
ただ、あてもなくふらふらと。
ただ、意味もなく呆然と。
あっちにいったり。
こっちにいったり。
その場にしゃがみこんだり。
その場で地面を睨んだり。
たまにくちを開いてみては、綺麗事を言い。
たまにくちを開いてみては、虚勢を張り。
自分の進む方向に集中できない。
自分の生きたい方向に進めない。
方向音痴に生まれた自分を呪い、今日も道に迷っている。
方向音痴に生まれなかった他人を呪い、今日も道に迷っている。
さんざん迷って、力尽きて。
大の字に寝転がった、僕の目に。
明るい、空が、見えた。
そもそも論、方向音痴という認識が間違っているのだ(私は迷ってなどいない、移動を楽しんでいるのだ!)みたいな。
ちなみに、今日からしばらく私がリスペクトするアーティストのタイトルにて創作した物語が続きますです。
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