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エレベーター

腹が減ったので、コンビニに行こうと部屋を出た。

五階建てのマンションの最上階…俺は珍しくエレベーターに向かった。いつもならドアを出てすぐの階段を使うんだけどさ、今日はなんだか疲れててね。

エレベーターホールに向かうと、ちょうどエレベーターが来た。

ああ、同じ階の誰かが乗っているのかな?
挨拶するの、地味にメンドクサイけど、仕方がない。

エレベーターのドアが開いた。

…誰も乗っていない。
???なんだこれ。

…ああ、そうか、下で降りた人が押し間違えたんだな。

俺はそのまま、エレベーターに乗り込んだ。

一階に着くと、三階の木賀さんがいた。

「あれ、珍しい。どこか悪いんですか。」
「いや、昨日ゴルフでね、疲れちゃって。」

五階に住んでいるくせにエレベーターを使わない俺に対し、木賀さんはそのふくよかな体形も相まってエレベーターしか使わない。

「へえ、あれだけディスってたエレベーターに乗るとか、相当疲れてるんですね、お大事に!!」

軽口をたたくおっさんは、エレベーターの中に消えた。

コンビニに向かう途中、俺は越してきたばかりの頃の事を思い出した。
そういえば、俺はエレベーターをかなりディスっていたな。

…あれは、引っ越しの日。

荷物の搬入を業者に任せ、俺は部屋で荷物整理をしていた。
全ての荷物の搬入が終わり、一階の駐輪場に置いてある自転車を確認しようと部屋を出た。

書類を見ながら、五階のエレベーターホールでボタンを押して。

…書類に、少し夢中になってしまって。
乗り込むのが、ワンテンポ、遅れた俺は。
エレベーターのドアに、挟まってしまったのだ。

「…っ!!いってえな!!!ッふざけんなよ?!」

俺は、エレベーターのドアを蹴り上げた。
が、怒りは収まらず、エレベーターの壁も蹴り、パンチもお見舞いした。

「無能なエレベーターだなぁ、おい!!人様を挟みやがってよぉ?!」
「クソが!!!機械のくせに舐めたことしてんじゃねえぞ!!!ポンコツエレベーターめ!死ね!!」

「…どうしたんです?!」

さんざんディスっているうちにエレベーターは一階に到着し、暴言の一部を木賀さんに目撃されてしまったのだった。

「いやいや、俺はもうこのエレベータには乗らないって決めたってことだよ、はは…。」

・・・そうだ、あれから、あの時から、俺は。

マンションのみならず、いろんな場所でも、エレベーター全般を使わなくなったというか。
健康のために階段使ってるって言い訳をしながら、エレベーターを使う事をかたくなに拒否し始めたんだ。

実際、エレベーターなんざ、使わなくても何とでもなるからな。

俺の会社は三階建てだし、高層ビルには縁がない。
毎日階段を上っているから足腰も鍛えられて健康そのものだし。

なんにせよ、階段を使うことが日常化してしまったんだな。

共益費を払っていることを考えれば、もったいない気が、しないでも、ない。

・・・そうだな。

エレベーターもなかなか便利といえば、便利か。

たまには、使ってみてやっても、いいかな。
俺は昨日のゴルフで、相当疲れているからな。
この疲労感がなくなるまでの間くらい、使ってやるか。

コンビニで飯を買い、いつも通り階段を昇ろうとした俺の目に、エレベーターが見えた。

ちょうど一階にとまっている。
…乗っていくか。

五階のボタンを押し、エレベーターに乗り込む。
…四階で、エレベーターが止まる。

「あ、こんにちは、ごめんなさい、押し間違えちゃって!」

四階の奥さんがあわてている。…ああ、下に行くボタンと、上に行くボタンを押し間違えたんだな。

「はは、いえ…。」

愛想笑いをして、ドアが閉まるのを待ち、五階で降りた。

次の日、俺は足の筋肉痛で目を覚ました。
年をとると筋肉痛が遅れてやってくるというが…俺も老いたという事か。

足にシップを貼って、玄関を出て…エレベーターホールに向かうと、ちょうどエレベーターが来たところだった。

・・・開いたドアに、乗り込む。

五階住人の誰かが、ボタンを押して忘れ物に気が付いて戻ったとか…?エレベーターのボタン、ついていたっけ?
しばらく待ってみたが、誰も来なかったので、俺は閉ボタンを押した。

二階でエレベーターは止まり、おばちゃんが燃えるゴミ袋を二つ持って乗り込んできた。

「おはようございます~、ごめんね、大きいゴミ持ってて!!」
「はは、大丈夫ですよ。」

パンパンになっているゴミ袋が膝のあたりに当たって腹立たしいが…大人なので、我慢をしておいた。

仕事が終わり、牛丼の袋を下げてマンションに向かうと、木賀さんの姿が見えた。

「こんばんは。」
「あ、お疲れ様です。」

木賀さんと一緒にエレベーターに乗り込んだ。

筋肉痛が癒えるまで、ずいぶんエレベーターに乗る生活を送った。

毎日エレベーターに乗るようになって、気が付いたことがある。

このマンションのエレベーターは、やけに対人確率が高いという事だ。
毎回毎回、降りる時であれ乗る時であれ、誰かしらに遭遇するのである。
五階から降りる時、一階から上がる時…住人とコミュニケーションを取りつつ、エレベーターの到着を待った。

毎回、同乗するわけではない。

例えば、四階のファミリーが乗ろうとした時は、四人乗ったら狭くなることを懸念したのか、

「次で乗りますんで。」

一緒に乗ることはなかった。

俺が閉じるボタンを押した瞬間にエレベーターホールに誰かがやってきたという事もあった。

五階から降りてゆくと一階で誰かがエレベーター待ちをしていることも多かったし、一階から乗ると五階で誰かがエレベーター待ちをしていることもあった。

また、不思議なことに。

俺は、いつもいつも…エレベーターを待つことが、なかった。

俺が五階から降りようとするとき、いつも五階にタイミングよくエレベーターが来るのだ。
俺が一階から上がろうとするとき、いつも一階にタイミングよくエレベーターが来るのだ。

「もうすっかりエレベーター人間になっちゃいましたね。」

エレベーターを使うようになって、ますます顔を合わせがちになった木賀さんと朝からにこやかに会話を交わす。

「三日乗っちゃうとねえ…。」

筋肉痛は癒えたはずなのに、俺はすっかりエレベーターを使う生活に慣れてしまった。あれだけ階段に固執していたというのに、なにがどう影響して日常が変わるか、わかんないもんだ。

「便利ですもんね。」
「そうだね、いつも乗ろうとするときに待っててくれるし。まあ、住人との遭遇率の高さには、辟易してるけどね。」

エレベーターが一階に到着した。

「待っててくれる…?遭遇率の、高さ…?」
「センサーでもついてんのかね、このエレベーターは。・・・じゃ!」

俺は訝しげな顔をしている木賀さんに手をあげて、エレベーターから飛び出し、会社へと向かった。

「瀬戸さん、このエレベーターに惚れられてるんじゃないですか?」
「は?」

週末、スーパー銭湯にでも行こうと部屋を出た俺は、安定の木賀さん遭遇を果たし、エレベーター内で会話を交わす。

「僕何時もエレベーター待ちしてますよ、乗ろうとした時にエレベーターが待っててくれたことなんて一回もないですもん。」

エレベーターが一階に到着した。

「遭遇率の高さってのも不思議で。僕、このマンションの人、瀬戸さん以外は二人ぐらいしかあったことないですよ。」

思わず、エレベーターを出て、足を止める。

「え、そうなの?」

俺はよほど…他人との生活時間が重なっているのか?
たまたま?タイミングが嫌な方向に良すぎるのも問題だな。

俺はあんまり知らない人とコミュニケーションはとりたくなんだよ。

マンションのこぜまい風呂から解放され、広い風呂で足を延ばした俺は、ご機嫌でマンションエレベーターホールにやってきた。

時刻は午後二時半、俺にしては珍しい時間帯のご帰宅だ。いつもだったら一人ぐらいエレベーター待ちをしているんだけど、今日は誰もいない。

いつものように、俺の目の前で、エレベーターのドアが開く。
俺は、エレベーターに乗り込んだ。

―――ああ、ようやく。

「?!だ、誰だ?!」

囁くような声が、聞こえて、来た。

―――この日を、待っていた。

「おい…おい?!」

エレベーター内の、照明が、点滅を、始めた。

―――いつも、大好きな人たちがいたから。

「何?!何を、言っている!!」

エレベーターの中の、照明が、消えた。

―――巻き込めなくて、こんなに遅く、なってしまった。

「ひっ!!!で、電気!!!」

俺は、あわてて!!!エレベーターのボタンというボタンを連打するがっ!!!

―――無能で、ごめんなさい。

「おい!!おい!!誰か!!誰かっ!!!」

ダメだ!!!なにも、何も反応しない!!!

―――舐めたこと、しました。

「た、助けてくれっ!!!!」

何一つ反応しないのに、エレベーターは上に向かって…行く!!!

―――反省、したの。

だん!!
だ、だだん!!
ぼがん!!!
どこっ!!!

真っ暗なエレベーター内部で、俺は壁を蹴り、ドアを叩き、床を踏み鳴らし!!!

―――ポンコツは、ポンコツらしくしようと思って。

ズガン!!
ドドゴン!!
ガンッ!!
ダンッ!!!

エレベーターは、何一つダメージを受けることなく、ずんずん上に向かって!!!

―――今から、死ぬね。

「へっ・・・?!」

俺は、真っ暗なエレベーターの中で、動きを止め。

―――あなたと、一緒に。

―――ブッ―――

ズドガガガガガガズグワッシャアアアアガガガガッ!!!!!!!!!!

―――ああ、よかった。

―――大嫌いな人だけ、ここにいてくれて。

―――大好きな人たちは誰もいない。

―――大好きだったよ、皆。

―――かわいがってくれて、ありがとう。

―――

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