
よく見える話
「ものもらいのひどいやつですね、ちょっと切りますよ。」
「ひいー!!」
何やら目が痛いと思っていたら、どんどん腫れてきて大変なことになったため眼科に来たのだが。
……思いのほか状態が良くなかった模様で…ひいいい!!メスが目の前っ!!
「ちょっと薬入れておくんで、眼帯しましょう、また明日来れます?」
「はい…。」
おうふ。リアル眼帯キター!年を取ってからの眼帯は痛々しさが七割増しだな…。
しかも…ずいぶんその、ええと、見にくいぞ。ただでさえド近眼なのに、片目が塞がれてしまってはこう、手も足も出ないといいますか!!!
どかっ!!!
「大丈夫ですか?」
「す、すみません、ごめんなさい。」
盛大に足元のブックラックを蹴ってしまった。
慎重にお会計をして、階段を、下りて。
……さてどうしようかな。
眼科から家まで帰らなければならないのだが。
ああー、やばい。
片目が塞がってると―。
…わんさか、見えるな。
普段見えてる世界は、目で見ている世界。
視力で見えてる世界が閉ざされると、とたんに見えるようになってしまう世界がありましてですね。
見えてるときは、見えてる世界に集中してるんだけど、見えなくなると、見えてはいけない世界がよーく見えるのなんの。
ああー、あんなところに浮遊霊がいる、ちょっと待て、アレはずいぶん昔の思念か?くそう、見えないふりして通り抜けるしかない。
「手、繋ごうか。」
おっと。
私は今日、一人で眼科に来たはずなんだけれども。
私の隣に、小さな女の子。どうやら困ってる私を見て、声をかけてくれたらしい。優しいじゃありませんか。
「いいの?」
「うん。」
そっと手を握るけど、現実味がない。
……いつも思うけど不思議な感じ。
家までは歩いて10分ほど。
交通量もさほど多くないし、気を付けていけば無事家にたどり着けるはず…なんだけど。
―――ねえ、見えてるんでしょ。
うぐぐ、やんちゃな浮遊霊が茶化してきやがる。
―――なんで僕がここにいるか教えてあげるよー!
「いや、結構です。」
―――遠慮すんなよー!
陽気な浮遊霊が私の真上でグルングルンと輪を描いている。
……おかしな道連れが増えてしまった。
「楽しそう。」
お調子者の浮遊霊は、自由に飛び回れる楽しさを心行くまで堪能しているご様子。女の子はその様子をニコニコして見上げている。あの躊躇のないダイナミックな動き、相当拘束された人生を送っていたに違いない。…わからんけど。
「よっぽど…多分、ずいぶん吹っ切れたんだね、うん…。」
畑の横を通りかかると…あれは畠山さんのおばあちゃん。
「こんにちは。」
「はい、こんにちは。」
おばあちゃんは町中の小さな畑でトマトを収穫してるみたい。いつもおいしいものをおすそ分けしてくれて…って。
「ずいぶんにぎやかしいねえ。」
「はは、そう見えます?」
しまった!先月おばあちゃんはこの世から旅立ったんだった!!
うっかり声をかけちゃったよ!!
こういうやらかしをね?!私ってばしちゃいがちでねっ?!
「あなたちょっと畑仕事手伝ってちょうだいな。」
―――お?いいよ!ちょーたのしそ―!
おばあちゃんが浮遊霊を持ってってくれた!!
成仏してもなお残る思念の、この優しいこと!!ヘタに声かけると長引きそうだからこのままスルーして家に向かおう。ありがたやー。
女の子が手をつないでくれてるおかげで、無事ケガもなく、うちにたどり着くことができた。
「ここうちなんだ、お礼したいからよってってね。」
「うん。」
鍵を開けて、家に入ると。
「やあ、どうしたんです、それ。めばちこ?」
「勝手に家に入るとは失敬なやつだな!!」
黒い人が紳士的に帽子を脱いで、私に頭を下げる…。
あーもー、この人はホントこう、いつも遠慮がないっていうか。
……仕方ないか、一般人じゃない…っていうか、人じゃないし。
「すみません、どうも扉という概念がなくてですね、失礼しました。」
慌ててドアの向こうに行こうとするので…引き留めて差し上げるか。
「まあいいや、お茶でも飲んでいきなよ。」
「いいんですか、では、お邪魔しますね。」
よろしくない視界でテーブルまで案内して、お茶を用意する。
……見えてなかったからかな、結構変なのが家の中にいるぞ。
見えるようになると結構気になるな…うぐぐ。
「たまたま近くを通ったら、この家に変なものが入っていくのが見えましてね。捕獲しようと思ったら奥さんがちょうど御帰宅されたものですから。…とってもいいですよね?」
「うん…けっこうすごいな、全部持ってってもらってもいい?」
黒い人はお茶をごくりと飲み干すと、家中のクズ悪魔やほこり幽霊なんかを吸い取ってくれた。
「完了ですね。今日はお茶もいただいたからお代は結構ですよ。」
「そんな訳にいくかい!ええと、これくらいは持ってってね。」
私は一掴みほど徳を黒い人に握らせた。
「こんなにもらったら多いです!!!」
「ああ、ボーナスボーナス、もらっといて、あはは。」
椅子にちょこんと座っておいしそうにお茶を飲んでる女の子にも徳を渡す。
「はい、これうちまで連れてきてくれたお礼、ありがとう。」
「わあ!ありがとう!」
女の子は徳を受け取ると、胸に抱えてぴょんと飛び上がり…ふわりと消えてしまった。
「ああー、お菓子もあげようと思ったのにー!」
「うれしくて舞い上がっちゃったんですね。」
「ああなんだ、昇れなかった子?そんなふうには見えなかったんだけどな。」
「迷子ですね。上でお母さんが待ってるけど、上がれなかったんですよ。下で探してると思い込んでるから。でも舞い上がって昇れたみたいです。…ああ、お母さんから徳が降ってきましたね。」
ひらりひらりと空から徳が降ってきたよ…。
ちょ!!あげた分より増えてるじゃん!!
「相変わらずこう…いい人ですね貴方。」
「普通に生きてるだけなんだけどな…。」
どこでどうこういう道に入り込んでしまったのやら。
…まてよ、思えば目が悪くなったあたりから変なものが見え始めて…。
「このままどんどん視力が下がって行ったらさ、こういうこともっと増えるのかな…。」
「もういっそのこと目を閉じた方が豊かな生活できるんじゃないですか。徳持ちだし。」
むむ。それは私がこの世界では貧しい生活をしているとでも言いたいのか。…その通りだよっ!!いかんせんエンゲル係数がね?!浪費癖がね?!
「やだよ!!あたしゃまだこの世界を楽しみつくしてないんだから!!こちとらまだ飛行機にすら乗ったことないんだから!!!宇宙船に乗るまでは生き残ってやる!!!」
「UFO乗ってるくせに何言ってんですか…。」
乗せてもらうのと、自ら乗船するのはね、重みが違うんだってば!!!
「そういや旅客船とかも乗ったことないな。馬は乗ったけど、象も乗ったことない、ああー乗りたいものがいっぱいある―!」
「どうやら貴方はとっても長生きをしそうですね。…みんな待ってるんだけどなあ。」
「たまに行くじゃん、そっち。」
方向音痴が災い?幸い?して、時々おかしな空間に迷い込んじゃうんだよね……。そのたびにこう、人じゃないみなさんのお世話になったりでさあ、毎回お菓子差し入れたり世話やいたりで…どうも縁がつながっていく癖があるというか、なんというか。
「いや、こっちの住人としてですよ。いろんな乗り物あるし、どうです?渡し船とか!!お駄賃も貰えますよ!!」
「乗ったらこっちに戻れなくなるやつじゃん!!!」
なんだやっぱり失礼なやつだな!!!
「いつでもご用意しますけど?なんなら今すぐにでもお手続きなど!!」
「はいはい!!そのうちね!!今日はもうお帰り下さい!!!」
私は失礼な来客を窓から追い出しましてですね!!!
生け垣の向こう側で手を振る透き通ったおじさんをスルーしつつ、夕食の準備を始めようとして…。
ガチャーン!
「ぎゃーあいたたたた…。」
盛大に腰骨をテーブルにぶつけてしまい。
「もーいいや、今日はピザ頼もう。」
本日の散財が決定したという、お話です……。
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