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ふりかけ

 …買い置きの弁当用ふりかけがなくなりそうだ。

 これは早急に、新しいものを買いに行かねばなるまい。

 さっそく休みの日にスーパーのふりかけ売り場に向かうと…、おいしそうな商品がずらりと並んでいるのが目に入る。

 半生のものに瓶入り、定番の小袋のやつに大袋…、ずいぶん種類が増えたものだ。
 昔はごま塩にゆかり、のりたまぐらいだったのに…、種類が多すぎて迷ってしまう。

 いつも買うのは、最下段に並ぶ幼稚園児のキャラクターのついた、たまご、さけ、かつお、のりの四種類の味が入ったふりかけのセットなのだが…、品切れしている。

 別のやつにするとなると、隣の女児向けキャラクターのセット…うん?味のラインナップが微妙に違う。のりの代わりにタラコが入っているじゃないか…、俺は食中毒をやって以来魚卵系はNGだというのに。これを買うわけにはいかないな。その隣の可愛らしいモンスターのセットは…明太子味が入ってるから、これもないな。その隣の戦隊モノのセットは野菜味入りか…。イメージ的な問題だが、なんとなくコクのないさっぱり系で物足りなさが漂うので、却下したいところだ。俺としては、午後からの活力を補うための食事はパワフルさを伴うような肉系のものを積極的に取り入れた思っているいるのだ。老舗のふりかけセットはすき焼きだのいろいろ入っているが…、ワサビや柚子胡椒なんかの奇を衒ったものが含まれている。どう考えても穏やかな昼下がりにはお供させるべきではないな。ちょっと大人向けのやつには山椒だのちりめんだのが入っていて…、怖くて手が出せない。食べ慣れないものを安易に導入しては、平凡な日常の食事に混乱をもたらす可能性が高い。

 ………。

 ここで、まあいいかと妥協すれば、俺はしばしの間の昼飯のふりかけを手に入れる事ができる。しかし、好まない魚卵系や渋い系の味が余ってしまう可能性が高い。

 食べ物を廃棄するなど自分のポリシーが許さないので、きっと無理をして全て食べきる事になる。気に食わないふりかけを食べることは、地味にストレスを呼び…平凡な日常にヒビを入れかねない。小さなストレスをなめてかかるのはキケンだ。

 ………。

 たまには干からびた乾燥ふりかけじゃない、半生タイプのやつでも試してみようか。

 いやしかし一袋で同じ値段、開けたら早めに消費しないといけないし、なにより同じ味が続くのはつまらない。平凡で変わり映えのしない毎日において、昼飯時の小さな変化は必要不可欠なのだ。

 ………。

 別の店に買いに行こうか?

 だが、今日は小雨が降っていて、近隣のスーパーにハシゴする気力がわかない。かといって、今日買わなければ…あさってから次の休みまで白い飯を食わなければならなくなってしまう。
 色んな可能性を考えて熟孝したいところだが、そうも言ってられない。午後から激しい雨という予報が出ていたし、もたもたしていては雨脚が強まって帰れなくなるかもしれないのだ。

 ……仕方がない。

 俺はとりあえず、可愛いモンスターのふりかけを買うことにした。さすがにいい年をして女児モノのキャラクターが付いたふりかけに手をのばすのは恥ずかしかったのだ。


「あら、珍しい!いつものふりかけじゃないんだ?どうしたの~、気の迷い?」

 二日後、弁当を食おうとしたら職場のパートのおばちゃんに声をかけられた。

 毎朝一袋ずつ弁当に添えるのがめんどくさいので、従業員用の休憩室の棚に名前を書いてふりかけを置いているのだが…、それをご丁寧にチェックしてくるのだから恐れ入る。

 この人はいつも人の弁当箱をのぞき込んでは、独身者の作るものは味気ないだの早く嫁をもらえだのうるさい上に、毎回毎回ふりかけに入っているキャラクターシールをもらって行くのはもちろん、金欠時には中身まで拝借していくような図々しい人で…心底辟易していたりする。…が、人畜無害で人の良い気配り社員として通っている俺としては、無視をするわけにはいかない。一円にもならない無駄な笑顔を振りまいておく事にする…。

「あはは、いつものやつが品切れだったんですよ。これ、地味に僕の嫌いな明太子味が入ってて困ってるんですよね、いります?」

「いるいる!!よかったー、ちょうど今日ふりかけ忘れちゃって!!…あ、パケもんシール入ってる!!なんかキラキラしててゴージャスねえ、いつものとは全然違うじゃない!ね、これももらっていいよね!!」

 俺はシールなんかには、一切興味がない。キラキラしていようが、ノーマルだろうが知った事じゃない。欲の深いおばさんはこれだから…と、あきれかえる気持ちを人懐こい作り笑顔で覆い隠しつつ、返事をしようとした、その時。

「し、司馬さん!!ちょっと待って、そのシール…私も、欲しいですっ!!!」

 食い気味で俺に声をかけてきたのは…、いつも黙々と仕事をしている、ええと、誰だったかな。わりと従業員数が多い職場なので、レーンが遠いと把握しきれてない部分もあって…。ネームマークを見ると…、ああそうだ、二階のアルバイトの岡本さん。この人は仕事が丁寧なのはもちろん急なシフトフォローにも協力的で、工場長からの評価が高いんだ。

「えっと!!私、パケもんファンでっ!!そのシールって、全部で100種類あって!!全部集めるのが、えっとー、その、難しくて!!ごめんなさい、いきなり、でも、それ持ってない子で!!お願いします、譲ってー!!!」

「ええー?!私に頼みごとをすると高いわよぉー?じゃあね、譲ってあげるから、今度マドレーヌ、多めにくれること!!フフ、おかちゃんのお菓子大量ゲットだぜ!!」

「あの…このシールはもともと僕のでね?!」

 なぜかおばちゃんが得をすることになり、優秀なバイトさんが大喜びすることになり。


「あ、あと…地味に、私明太子好きなんで!!私なら、のりたまとトレードしてもいいですけどっ!!!」

 ふりかけの中ではのりたまが一番うまい事を知っている俺も、喜ぶことになり。


 進んでパケもんのふりかけを買うようになって、毎回シールを渡して、のりたまと明太子のトレードが恒例となって。


 ……何がきっかけになるかなんてのは、わからないものだ。


 今では、毎日……。

 嫁さんが作ってくれた、とびきり美味い…のりたま入りの弁当を頬張る俺がいる、という、話。

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たかさば
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