洗わない選手権
「うちはね、フライパンのふたを洗わないのよぅ!フライパンのふたにアルミホイルを巻いて、使うたびにそれを替えるって感じ。でもね、旦那がずぼらでさあ、使った後アルミホイル替えてくれなくって、たまに油だらけになってんの!」
「うわあ…それは嫌だね、うちはご飯の器にラップ敷いて使ってるよ、そしたら洗わなくてすむでしょう、洗い物がなくて楽なんだわ!」
「洗うのめんどくさいもんねえ…うちは野菜洗っただけのボウルは水で流すだけだよ、洗剤使うの面倒だし。」
「ああー、洗剤で洗うと逆に汚れるパターンもあるもんねえ、スポンジが汚れてたりすると、脂がついちゃったり。」
「そうそう!旦那の実家なんてね、スポンジを全然変えないから洗うと汚れちゃうのよ、器が!聞いたらスポンジは一年に一回しか替えないっていうじゃない、も~驚いちゃって!普通二ヶ月くらいで替えるわよねえ?」
「うちは一か月。」
「うちは汚れたら?」
「うちは…半年くらい替えてないかも、だって食洗機あるし。」
「ああー汚れたら替えるってのが一般的かも?布団カバーとかも汚れないと替える気になれないのよねえ……。」
「うちは一か月に一回替えてる。」
「うちは旦那がうるさいから一週間に一回かな?」
「うちはもうずっと替えてないかも…だって汚れないじゃないの……。」
「目に見えない汚れとかあるでしょう?!やばいよ、洗った方がいい!!」
「うちの旦那の実家なんか、十年布団上げた事ないって言ってたよ、上に新しいバスタオルとか重ねてって寝るんだって、でもねえ、不思議と匂わないんだわ、あれだね、やっぱり南向きの部屋って太陽の恩恵がすごいみたいよ!」
「ええー!実はもう洗ったらバラバラになっちゃうパターンなんじゃないの?」
「いっそ家ごと買い替えた方がいいんじゃない?」
「いや…そこまでじゃないでしょ!だってビンテージ物のジーンズとか洗わないじゃないの、それと一緒よ!!」
「そうだね、うちもコートはしまう前にしか洗わないな…。」
「靴とかも洗ったことがないよ、そういえば。」
「うち、カーテン一回も洗ったことないわ!!」
「「「「そうだねえ、意外と洗わないものって多いよねえ……。」」」」
「顔は毎日洗うのにねえ……。」
「ええー!あたし今日洗ってない!」
「あたしはお湯シャンプー派だよ!ほら見て、この髪の艶!!髪が痛むと嫌だから、ドライヤーは絶対使わないのよ!」
「あたしも体は石鹸で洗わないなあ、肌が負けちゃってねえ……。」
やいの、やいの!!!!!!
……僕の後ろのテーブルで、恐ろしい会合が開かれている。
さりげなくドリンクバーを取りに行く振りをして確認すると、中高年の女性たちが…テーブルの上をぐちゃぐちゃにしながら手でポテトをつまみつまみ、唾を飛ばしながら騒いでいる。その喧騒は、止む気配が……ない。
誰が一番洗い物をしないのか、競っているらしい。
誰かが洗ってない自慢をすると、それを上回る洗ってない伝説を披露し、さらにそれを上回る洗ってない異世界談議に続いているようだ。
…なんという戦いだ。
洗わない?
洗えよ!!!
洗わないことは……競うもんじゃ、ない!!!
几帳面な僕には、この集団の騒音が…不愉快で、ならん!!!
僕はフライパンのふたもご飯の器も野菜を洗ったボウルもきっちり洗剤で洗う。
油ものと脂物、炊飯器用にフライパン用、野菜用にコップ用、さらに予備用と七つのスポンジを使い分け、きっちり毎月一日に交換する。
枕カバーとシーツは毎日替えるし、週に一度は必ず布団を干す。
ジーンズはビンテージものじゃないから毎日洗う。
コートは金曜の夕方にクリーニングに出して、日曜の夜に取りに行くし、スニーカーは土曜日に洗っている。
カーテンは月初めに洗濯をしている。
顔は朝晩二回キッチリ洗うし、体も朝晩しっかりボディソープで洗う。
髪の毛はシャンプーしたのちリンスをして、コンディショナーを付けてしっかりドライヤーで乾かす。
肌はいくぶんかさついているが、ボディバターを塗っているからしっとりしている。
髪はいくぶんパサついているが、ワックスを塗って逆立てているから気にならない。
……くそっ、洗わない選手権に対抗して、つい洗う自慢をしてしまったじゃないか!
ああ、なんか気分が悪い、このコーヒーを飲んだらもう出よう……。
席に着き、コーヒーを、一口。
「も~さあ、旦那が几帳面でさあ!!!初めの頃はハイハイ言ってあしらってたけど面倒になっちゃって!」
「わかるー!細かい男ってめんどくさいよねー!うちなんか旦那の几帳面さをあたしのだらしなさで凌駕して、やっとのことで洗濯戦争に勝ったもん!」
「うちは旦那に毒されて私が几帳面の仮面を潰された感じかなあ、几帳面って弱いよねー。」
「そうそう、結局ガサツでだらしないのが一番おおらかで有利なんだって!!やっぱさあ、世の中は汚したもん勝ちなんだって!!」
「そうだねえ、大気汚染もハンパないし、人ってのは…汚す宿命を持っているんだねえ……。」
「「「「ちょ!!!めっちゃ、おおげさ!!!!」」」」
わいの、わいの!!!!!
……ダメだ!!!
この場所にいると……僕まで、穢れてしまう!!!!!!
居た堪れなくなった僕は、コーヒーを飲み干すことなく、席を立ち。
レジでお会計を済ませて、外に出て。
「こんな……こんな汚れ切った、世界なんてええええええええ!!!!」
僕は、僕は、僕は僕は僕はアアアアアアア!!!
きれいな、世界が、好きなんだああアアアアアアア!!!
泣きながら、宇宙へと、飛び立ったのであった。
いやー、洗い物は毎日やりましょうよ(といってみる)