疳の虫
「ありゃ、この子は疳の虫が強そうな子だね。」
ずいぶん昔に、親戚のおばちゃんに娘を見せたら言われた言葉。
……娘は眉間がずいぶん青かったのだった。
色白という事もあったかもしれない。
眉間の青筋が目立つ乳児だった。
娘はというと、特に夜泣きもせず、わがままも言わず、どこかぼんやりしつつ、たまには強気で、元気いっぱいに大きく育っていった。
いつしか眉間の青さが消え、すっかり一連の流れを忘れたころ息子が生まれた。
「この子も眉間青いなあ…。うちはそういう家系なのかね。」
息子の眉間もしっかり青かったが、夜泣きもせず、わがままも言わず、どこかぼんやりしつつ、たまには強気で、元気いっぱいだよ!!
なんだ、めっちゃそっくりな姉弟だな!!!
「この子も疳の虫強いでしょう!!」
また親戚のおばちゃんが乗り込んできた。
「あのね!!私知ってるのよ!!手のひらを塩で揉んでね?水で手を洗って、しばらくすると疳の虫が手の平から出ていくんだって!!やろう。やってあげよう、この子のためだって!!!」
完全に暴走している。
……まあ、いっか。
やらせて差し上げよう。
あら塩で息子の小さい手を揉んでから、洗面器に張った水で塩を落として、タオルで拭く。
「よーく手を乾かすのよ!そうするとね、虫が出てくるから。見てて…。」
おばちゃんは息子の手を、ふうふうしている。地味に嫌だな、やめてほしい。
……早く終わんないかな。
「見て!!!!!!ここ!!!虫が出たよ!!!」
息子の指に、小さな糸?糸というより細い繊維のような。
「信心深い人が心を込めて揉みこむと出るんだって!出てよかったね!!!」
「あ、ありがとうございます…。」
どう見ても、タオルの繊維が付いているようにしか見えないけど、それ言ったら長くなるからな。
お礼を言うと、おばちゃんは満足そうに家を出ていった。みんなに、うちの子の疳の虫を払ったことを言って回るに違いない。
私はおばちゃんの息のかかった息子の手を水道で洗って、新しいタオルで拭き、拭き。
よし、奇麗な手になった。
「疳の虫、ねえ。」
うちの子にはそんなのいないんだけどな。いるのは、むしろ。
うぞ、うぞ、うぞ、うぞ・・・
おばちゃんの方だったんだよ。
あの人昔から喜怒哀楽激しいと思ってたけど、疳の虫持ちだったのか。すんげえ古そうなのがいるな。生まれた時からずっとくっついてたやつっぽい。
あわよくばうちの子に入ろうとしてたみたいだけど、ここまで大きく育っちゃったら、乳児には入れんでしょう。残念だが、あきらめていただくしかあるまい。リビングの床で蠢く疳の虫に塩を塗して、掃除機で吸ってごみ袋にポイしてやった!!はい、駆除完了!!
古参の疳の虫が抜けたから、おばちゃんもちょっとは落ち着いた人になれるんじゃないかね。そういう意味では、今回の疳の虫退治は、成功したね。いやあ、何が幸いするかわかんないな。
「・・・えへ!」
怪しげなおばちゃんが去ったので、息子がニコニコしている。ああ、そろそろご飯の時間だ。うどんでもゆでるかな。いっぱい食べて大きくなれば、眉間の青さも気にならなくなろう。あと5年くらいかね。
…そうだ、娘はこう、ガタイが良くなり始めたあたりで眉間の青さが脂肪に阻まれて分かりにくくなってきたんだった。息子も同じような道筋をたどる事必至だ!!
疳の虫はいないが、腹の虫は鳴りやすそうな家系だからね。この子もいずれ、爆食一家の仲間として…いや筆頭になるかもしれん!!恐ろしい話だよ!!!
いろんな虫はいるけれど、腹の虫は捕まえることも駆除することもできないからな…。
私はいずれ来るであろう、エンゲル係数フルマックス生活の恐怖に怯えつつ、うどんをゆでに行ったのであった。