幻のたこ焼き屋
所用があって、普段あまり行くことのない駅近くの住宅街に出かける事になった。
見慣れない町並みで少々不安はあるものの、今はアプリが充実しているので道に迷う心配がないため、足取りは軽やかだ。
見ず知らずの人に恐る恐る声をかけて恥をさらしていた時代は…もう、過ぎ去った。
おっちょこちょいで思い込みが激しく、冒険心にあふれる無謀なタイプである私は、閑静な住宅街というものを少々苦手としている。似たような家が並び、明らかに目印となるような建物がないので、混乱してしまうからである。細い道も多くてやけに入り組んでいるから、あっという間に迷子になってしまうのだ。
昔散々迷った道を、今はナビの力ですいすいと歩いている……、なんという文明の利器、科学の力って本当に素晴らしい。
スマホのナビに従い目的地まで向かう道すがら…ふと、懐かしい感じがした。
なんだろう…デジャヴ?
いや違うな、…この道、通ったことがあるような……?
なんとなく、不確かな記憶を思い出しつつ、人けのない道を歩いていると、小さな公園が見えてきた。
「あ、ここ、昔よく来てた公園だ!!なんだ、こんなとこだったのか!!」
私はその昔、駅近くのアパートに住んでいた。
今は駅の北側に住んでいるが昔は南側に住んでいて、娘が保育園に入る前まで、毎日のように近所の公園巡りをしていた。この町は小さな公園があちこちに点在しているので、自転車に娘をのせては探検気分で出かけていたのだ。結婚してこの町に住むようになったため地理に疎くて、道を覚えるためにと、はりきって毎日出動していたという背景もあった。
もう25年も住んでいるのに一向に道を覚えていないことはさておき、昔通った公園との久々の出会いにテンションが上がった。
へえ、プラスチックの複合遊具はなくなったんだ、娘と乗ったシーソーはまだ残ってる、自動販売機もまだあるけど電話ボックスはなくなったのか、うわあ、きれいなトイレができてる……。わりと公園全体に草が生い茂っていたはずだけど、全体的に砂地が広がっていて…ずいぶん整備されたなあという印象だ。やるなあ、行政……。
昔何度も通ったこの公園は、初めて来たとき派手に道に迷ってしまって大変だった。
たしか、新しい公園を探しに行こうと意気込んで、ちょっと細い道に飛び込んだら、あっと言う間に自分の位置がわかんなくなってしまったのだ。似たような家が並んでいたし、目印になる川から離れてしまい戻れなくなって。まだガラケーを使っていた時代だ。地図アプリはなく、私は三歳児を後ろにのせたまま道に迷ってしまったのである。
何度か同じ道をぐるぐると回った後、どうやって帰ろうか焦り始めた時、たこ焼き屋さんを見つけて…。散々道に迷ってエネルギー切れ寸前、のども乾いてたこともあり、迷わず店先でイートインしたんだ、そうそう!!
あの時のたこ焼きは本当においしくて、元気が出て…お店の人に道を聞いて、でも結局迷って、この公園にたどり着いて…仲良くなったママさんに川まで一緒に行ってもらって、なんとか帰れたんだった。意外と川の近くにあって、アパートから行きやすい場所だと判明して、よく行くようになった公園だったのだ。
が、あのたこ焼き屋は、その後何度か探したものの一度もたどり着くことはなく、そうこうしているうちに北の方に引っ越してしまって…幻の味となってしまったのだった。
ずっともう一度食べたいなあって思ってたんだよね。多分このあたりだと思うんだよなあ、帰りに探してみようかしら。
今と変わらぬやらかしがちな過去を思い出しつつ、少々このあとの予定も考慮しながら歩いていたら、無事目的地に着いた。隣町の区長さんのお宅なのだが…正直似たような家だらけで、ナビがなければ二度と訪問できない自信がありすぎる!!!
「この辺りは似たような家が多くて…私住めそうにないです、はい。」
「ヤダー!大げさねえ!杉田さんちは桜があるし、榎本さんちはガレージがあるじゃない!三田さんのとこは自販機があるのよ、この辺りで唯一!わかりやすいって!!」
なんというか…三つ子の長男には口元にほくろが、次男にはほくろが無くて、三男は右目だけ二重みたいなさあ…一見さんには到底わかり得ないような違いっていうかさあ……。ツッコミを入れたい気持ちを押さえて、へらへらと愛想笑いを向けておく。
「そういえば、昔この辺りにたこ焼き屋さんってありませんでした?昔私あそこの公園に娘と来てて……」
あれほどおいしかったたこ焼き屋だ、今もなお営業を続けているに違いあるまい。地元民に聞けば、何らかのヒントが得られるはず……。
「あったあった!!あのクッソマズい店ね!!本田さんちの息子さんが一念発起して開いたんだけど半年でつぶれたのよう!!よく知ってるわね!!裏の道の青い屋根の隣の小道を行ったところにある二軒並んだ茶色い壁の家の右側よ!!今はね、お店だったところがガレージになっててね、ガーデニングに力を入れてて……」
あの日私が感動して食べたたこ焼きは、道に迷わない地元住民の皆さんには受け入れられなかったらしい……。
空腹と疲労は、最大の調味料ってやつですか……。
せめて店のあった場所をのぞいて行こうかとも思ったけど、なんか素人にはわかり難そうな順路だ、ナビがあっても迷いそうだから…このまま退散しよう……。
「でね、たこ焼きの才能はなかったけど、緑の手を持ってたのよねえ、息子さん今は盆栽師として活躍してて!!でね、今度の菊花展なんかね……!!!」
あかん…退散できそうに……ない!!!
私は、昔迷いに迷って二時間ほど彷徨った、幻のたこ焼き店の近くで…、またしても二時間近く囚われる事になってしまったという、お話ですよ……。
↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/