長いつきあい
……思いがけず、長いつきあいになるものがある。
調味料を買った時にもらった、ピンク色の、プラスチックのスプーン。
柄のおしりにキャラクタモチーフの穴があいた、お洒落なデザイン。
大きな口にピッタリフィットする、ややつぶれた楕円形のフォルム。
……たしか、コレをもらった時。
―――あら~!お嬢ちゃん辛いの食べれるの?
―――うん!うち、コレがいい!
―――ありがとう!じゃあね、これ、おばちゃんからプレゼントよ!
どんなおばちゃんからもらったのかは覚えていない。
けれど、もらった時に交わした会話はしっかりと残っている。
たしか、三色セットだった。
でも、使い始めてすぐに旦那が黄色いのを踏み潰して、いつの間にか一個だけになった。
……これから先、いつまで愛用するかはわからないが。
使える限り、大切にしていきたいものだ。
……思いがけず、長いつきあいになるものがある。
ハロウィンカボチャの顔がプリントされた、プラスチックのボウル。
ペットボトルを3本買うともらえたやつ。
ボウルにしては小ぶりで、やや深さを感じる器。
肉厚でずいぶん丈夫な、カボチャを思わせるデコボコした手触り。
……たしか、コレをもらった時。
―――うわ!ナニコレかわいい!
―――ハロウィンパーティーの器で使えるかも?!三色あるよ、どれにしよう?
―――お茶なんてどうせすぐ飲むじゃん!いいよ、9本かお!!
なんのペットボトルを買ったのかは覚えていない。
けれど、買った時に交わした会話はしっかりと残っている。
たしか、パーティで大活躍したのだ。
でも、これは使える、貴重だわ!ってしまい込んじゃって、いつの間にか忘れ去られちゃって。
二年前に息子が見つけ出して、お菓子作りに使うようになったのだ。
……これから先、いつまで愛用するかはわからないが。
使える限り、大切にしていきたいものだ。
……思いがけず、長いつきあいになるものがある。
緑色の、プラスチックの、バスケット。
さつまいもの詰め放題をやったときにもらった、網目の大きなタイプ。
やけにゴツい持ち手の、重みのあるカゴ。
……たしか、コレをもらった時。
―――ねーねー!つめ放題だって!
―――うわ!やすい!500円?!やっていこう!
―――ご、ごめんなさい、これ以上は勘弁シテクダサイ!
どんなおばちゃんから懇願されたのかは覚えていない。
けれど、山盛りのカゴを手渡してもらった時に交わした会話はしっかりと残っている。
たしか、縦に無理やり詰め込んで25本ゲットしたのだ。
焼き芋、ふかし芋、さつまスティック、芋まんじゅう、芋粥、スイートポテト、毎日日替わりで色々作ったのだ。
芽が出た芋の切れ端をプランターに植えて、大きなおなかを抱えて貧弱な芋を収穫したのだ。
……これから先、いつまで愛用するかはわからないが。
使える限り、大切にしていきたいものだ。
……思いがけず、長いつきあいになるものが、たくさんある。
娘が保育園で使っていたランチバッグ、お弁当箱、ナフキン。
娘が小学校で使っていた裁縫道具、工作マット、彫刻刀。
娘が中学校で使っていたデザインセットのものさし。
娘が高校の修学旅行で作った小物入れ。
息子が保育園で使っていたキューブブロック、はさみ。
息子が小学校で使っていた算数セット、折り紙ケース、水筒。
息子が中学校で作ったテープ台、針坊主、鍋敷き。
……私は几帳面で神経質な家庭に育ったので、長く使った品物を何一つ持っていなかった。
汚れたら捨てる、使ったら捨てる、邪魔だから捨てる、気に入らないから捨てる、目についたから捨てる……、それが当たり前だった。
気に入った品物を捨てなくていい毎日が……大切な思い出を勝手に棄てられない毎日が、とても、とても快適だった。
……長い年月を共に過ごし、これからも共に歴史を刻み続ける事を願う、大切な品物に囲まれる毎日が、とても、とても快適なのだ。
旦那が買い占めた1L入るマグカップ、安い割りばし、太いストロー。
旦那が衝動買いしたごわつくタオル、熊グッズ、洗濯洗剤。
旦那がどこかで貰って来た使いにくい皿、ビールジョッキ、色の抜けたガーデンライト。
旦那が拾ってきた変な花瓶、気持ち悪い火鉢、腹立たしい狸の置物。
旦那に押し付けられたシミだらけの棚、汚い机、重たいザブトン。
これから先いつまでも愛用し続けたいものにしれっと混じる、忌々しい品々もあるけれど。
使える限り大切にしていきたいものに紛れ込む、ずうずうしい品々もあるけれど。
何をどう説教したのかは覚えていないが、怒り心頭で声をはりあげた事は覚えている。
何をどう言い訳されたのかは覚えていないが、毎度のごとくへらへらとスルーされたに違いない。
モノの溢れる家で、昔を思い出しては微笑み。
不要品だらけの家で、昔を思い出しては憤慨し。
ああ、掃除…、しないとなあ‥‥‥。
私は、長年愛用している角度の変わらなくなった座椅子にもたれかかり。
積んだままになっている不愉快な荷物を、華麗にスルーし。
間もなく連載が再開される漫画のコミックスを読み直しておこうと、本棚に手を伸ばしたのであった。