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もふ田もふ男との邂逅
時刻は……、朝6:30。
私はいつものように……、ハンドルを握る。
早朝の、幹線道路。
車の数は、やや、まばら。
間もなく、大通りの、交差点に、差し掛かる。
……この、流れならば、おそらく。
……信号は、黄色に、変わる。
アクセルを踏み込むことなく、速度を……落とす。
隣の車線の車は……、黄色信号に、突っ込んで、行ったけれど。
私は、安全運転が、モットーなので、ね。
そっと右足でブレーキを踏み込み……、停止線の前で、車を、止めた。
……右折車線の車が、連なって曲がっていくのを横目で確認しながら。
安全すぎる運転をすることで名を馳せる、私の目が……、光る。
……大通りの、交差点。
……目前の横断歩道には、目もくれず……、向こう側の横断歩道に、目を、向ける。
……。
………いた。
「ああああ!!!!今日もいたよぅ♡もふ田家のもふ男君!!!!」
朝からテンション上がりまくりの私がここに!!!!
黒いアスファルトの上の白い横断歩道上をてってこてってこ歩いているのは、実にほこほこのふこふこのまるんまるんのぽてぽてのうふんうふんのもっさもっさのへっへのはぅはぅのラブリー極まりない白いわんこ♡
「ああー、ホントだ、今日もイイもふっぷりだねえ!!!」
毎朝娘を会社に送る途中、大通りにシフトする交差点があるんですけどね!!そこを毎朝毎朝おんなじ時間に渡る、もっふもふの真っ白わんこがおりましてですね!!!
飼い主のおじさんが几帳面なのか、毎朝毎朝、本当に同じ時間に横断歩道を渡るのですよ!!!
ウキウキしながら時折おじさんを見上げつつへっへと舌を出し出し風を受けてふわふわと毛をなびかせ角のうどん屋のところで曲がっていく、その姿のかわいさときたら!!!
私はその愛くるしさに虜になり、勝手に「もふ田もふ男」と名付けて、遭遇を大喜びしているのである!!!
信号の都合で交差点で止まれないこともあるので、今日みたいに絶好のポールポジションでもふ田もふ男の雄姿を堪能できるのって、実にごほうびデーでさあ!!!
「ああ…、今日もイイもふだ……、拝むか……。」
ハンドルを握る手を離し、ぱちんと勢いよく合わせたのち、大口を開けてへらへらしつつ上下にフサフサと揺れ動く毛並みをありがたく拝見、拝見んんンンん!!!!
「ちょっと!!!今目の前歩いてた人へんな顔してこっち見てたけど?!」
娘の呆れた声が聞こえるが、まあ、それはそれ!!!
ああ、今日も尊いもふが、うどん屋の角をお曲がりあそばした……♡
「ああ……今日はいい日だ、目の喜び方が違う、今日一日汚い物見ても全然平気だわ…そうだ、今日は久々にゴミ溜めになってるガレージの掃除でもしようかな!」
「何それ!!!ウケる!!!」
感動を目に焼き付けた私が次に見たのは、青色に点灯した、信号。
アクセルをゆっくり踏み込み、安全運転スタートぉ!
「もふ田もふ男の愛くるしさは世界を救うね!!あのおじさんさあ、もふ田もふ男スタンプとか作れば絶対売れるのに!!」
写真集が出たら絶対買うし、何なら保存用に布教用も併せて5冊くらい買ってもいいと思っている!!
「おじさんだもんねえ…無理じゃないの!!まあ、見て喜んでるうちが幸せなんだって!ひょっとしたらものすごい他人に厳しい犬かもしれないじゃん!」
他人に厳しい犬は、あんなにへにゃっとした顔でてこてこ歩かないと思うんだよなあ、もっとこう、「ご主人様をお守りするのはわたくしですよ、怪しい奴は容赦しませんよ」的な真面目さがにじみ出るというか!あれはどう見ても何も考えていない、ともすれば己のしっぽを追いかけてぐるんぐるんと目を回すタイプの顔だ!
「でもさあ、あの天真爛漫さは主人に忠義を立てる成犬の顔ではないと思うんだよね!どう見ても子供の顔してるし、たぶん今なら誰がもふり倒しても喜ぶ時期と見た、ああ、一度でいいから間近で見たい触りたいもふりたいふんふんしたい!!!」
「うーん、無理だね!!!来週だよ、納車!!もう送ってもらわなくてもよくなるし!」
そう、もふ田もふ男との邂逅は、間もなく、機会を失うことが決定している。娘が通勤用の車を買ったので、会社への送迎は間もなく終了してしまうのだ。
「ああ…毎朝もふ田もふ男に会いにこようかな……。」
「もううちの会社でバイトすれば!!!」
ああ、働けるのであれば働きたい、働ける環境にない自分が恨めしいイイイイイいい!!!……人生ってうまくいかないなあ、はあ。
娘の車が無事納車され、もふ田もふ男と邂逅することがなくなって二週間がたった。
日に日に下がっていくテンションは、恐らくもふ田もふ男不足によるものだ。どれだけ高級店のマリトッツォを食べても、好物のアメリカンピザを食べても、限定販売の特大パフェを食べてもイマイチ気分が乗ってこない。
テンションが上がらないのでふさぎ込みがちになり、以前は毎日のように行っていた勢い任せの長時間ウォーキングに出かけることも減った。
……おかげで、体重が、どんどん増えて―――!!!
これはいかんと、朝のウォーキングに出かけることにした。
娘を送るようになってから、毎朝息子と行っていた朝のウォーキングを中止せざるを得なくなっていたんだよね。
……おかげで息子も何となくまた丸みを帯びて来たというか!!!
「久しぶりだね。」
「うーん、半年来てなかったからねえ…、なじみの人たち居るかな?」
息子と連れ立って、久しぶりに公園へと向かうと……。
「え?!嘘!!あれ…もふ田もふ男じゃん!!!」
「もふお?」
公園の入り口に、なじみのおじちゃんとスピッツのりんちゃん、もふ田もふ男とお姉さんが立ち話をしているじゃありませんか!!!
あのニコニコとしたご機嫌200%の表情、つぶらなお目目、ふこふこのもふもふのうふんうふん具合、ちょいと首をかしげてご主人様を見上げる感じに、長い毛に覆われて足元が見えないから?か、毛が多すぎて足が絡むから?か、ちょっとよたつく感じ…、どう見ても、もふ田もふ男!!!
「あれ!!!久しぶりだねえ!!元気だった!」
もふ田もふ男を見ながら近くまで行くと、おじちゃんが声をかけてくれた。覚えててくれたことに感謝する!もふ田もふ男を、もふれるチャンスがあるかも!!!
「おはようございます!いえね、娘の送迎する事になって来れなくなっちゃってたんですけどね、この度お役御免になりまして…お元気でした?ふふ、ウフフ…!!!」
「おはようございます。」
「へえ!お疲れさん!!僕ちゃん背のびたねえ!」
「はい。」
「こどもは成長が早いですもんねえ、うふふ。」
お姉さんがにこやかな声を!!!
よーし、これはチャンス!!!
「ふ、ふふ、あのう、この子もまだ子供ですよね?なんかすごく若い顔してるっていうか!もっと大きくなるんですよねえ、サモエドさんですかねえ?」
「そうなんですよ、もうじき一才なんですよ、やんちゃでねえ…!」
おお?好感触!これは……、いける!
「あのぅ、つかぬことをお伺いしますが、この子、幹線道路と県道の交差点、毎朝散歩してたりしません?娘を送るときに毎朝見かけたんですけど!」
「あら!それは……、この子じゃないです!お姉ちゃんかも?」
……お姉ちゃん?
「この子、綱吉って言うんですけど、五兄弟なんですよ。お姉ちゃんが県道横の材木屋さんにいるから、その子じゃないかしら?」
なんと、もふ男は、女の子だったらしい!
うおお!なんかゴメン!
「なめてる!」
「あ、ごめんね?この子、めちゃめちゃ人懐こくて!」
もふらせていただこうとお願いする前に、息子がぺろられている!
「あ、あのぅ、撫でても?」
「はい、どうぞ~!」
もふ田もふ男ではないが、もふ田もふ男の血縁!
これはテンションがあがる!
思い切りもふにもふを重ねもふを極めつつもふにまみれてもふ、もふ、もふ、モフモフモフモフ……!!!!!
右手のみならず、左手も前に出して、目の前の血縁者に一歩近づいた、その時!
「お母さん、時間。」
息子が、時計台を指差し、私のウエストポーチを、引いた!……うわ、もう6:10だ!急がないと間に合わない!
「はへっ!?あ、ああ、あああ、そうだね、うん、はい!じゃあ、行こうか!」
思い切りもふにもふを重ねるつもりだったのにぃいいいいいいい!
「僕ちゃんまたね!」
「ウフフ。」
綱吉くんの頭をポン、たったのポン、もふの欠片もない、ただの、ただのポンんんんんん!
……完全に欲求不満のまま、ウォーキングを終えることになりましてですね。
その後、綱吉くんと邂逅することもなくてですね。
……お姉さん、お嫁に行ってしまったらしくてですね。
もふ田もふ男あらため、もふ田もふ子に会いたい気持ちが押さえきれなくなりつつある、今日この頃。
……あの交差点までは、歩いて、一時間ほど。
土曜日の朝、5:30。
「ねぇ、今日、ちょっとコース変えてみない!」
「いいよ。」
私は、息子と共に、長めのウォーキングに出かけたのであった。
ああ、大きい犬さん、とうとみがすごい……♡
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