呪われた人事部
なんというか、最近、とってもついていない。
美味しそうなカキフライを売っていたので買ってみれば、大当たりをして上から下から大洪水になり。
三か月前に買った車に自転車が突撃してドアが凹んだり。
ゴミ箱に投げ捨てたボールペンが絶妙に縁に当たって跳ね返り、お局さんの頭にクリーンヒットして怒られたり。
財布を落とした人がいたので拾って渡せば、なぜか泥棒扱いされて怒鳴られたり。
心地いい風に当たろうとベランダに出たら、バキュームカーがちょうどやってきて作業を始めたり。
風呂屋で湯めぐりしてたら、目が回って腰が抜けちゃったり。
「それだけ当たってるんだったら、宝くじも当たるんじゃないのwww」
言われてみれば、確かに俺は当たってばかりいる。
牡蠣にあたり、車はあてられ、お局さんにはあてて、お姉さんにはあたられ、激臭にあたって、湯にあたり。
「そうだな……いっちょ、買ってみっか!!!」
昼休み、同僚と牛丼を食いに行った帰りに宝くじ売り場へと足を向けた。
さて、何を買おうかなとあたりを見回す。
スクラッチか、これは削るとゴミが出るからいやだな。
ジャンボねえ、当たる気しないんだよな。
ナンバーズか、昔自分の誕生日買い続けてたけど、一回も当たったことないんだよな。
ロトねえ、うーん、ミニに6に7……。
「おばちゃーん!当たったで交換してや!」
「おめでとうございます!!」
何を買うか悩んでいたら、ずいぶん陽気なおっちゃんがやってきた。
小さな紙?を窓口のおばちゃんに渡している。
「わあ、おめでとうございます!すごい、四枚も当たってる!」
「まあな!!おまじないが効いたんや、へへ!!!」
くじを選びながら、さりげなーく、当選金のモニターを盗み見る……13万?!
「何や、どんなまじないしたんや!教えてちょ!!」
おっちゃんの後ろの爺さんが、食い入るように窓口をのぞき込んでいる。
俺と同僚も、さりげなーく、聞き耳を立ててみる……。
「これな、裏に受取人住所氏名書くとこあるやろ!ここに自分の住所と名前書くだけや!!」
「なんやそれ!ホンマかいな。」
爺さんが首をすくめてにやけている。
完全にバカにしているのがマルバレだ。
「それ!!!それがあかんのや!!!ええか、運っちゅーもんはな、金っちゅーもんはな、欲しいと思うとるだけではこやへんのやて!!!当たるくじをわしが買った、わしは当選金を受け取るために裏面に住所氏名を書かなければならんのだ、このロト6は当たることが決まっとる、そういう気持ちがねえと当たるもんも当たらんのよ?!」
「そうですねえ、裏面記入してるお客様、結構みえますよ。」
窓口のおばちゃんがおっちゃんにお金を渡しつつ、ニコニコと微笑んでいる。売り場の人の証言って、結構信ぴょう性あるんじゃないの……?
「爺さんもいっぺん買ってみ、クイックピック一点買い、買った後に丁寧に住所氏名を記入、たったそれだけで億万長者やで!!!」
「わしは数字選択式のは買わんと決めとるで、無理やな!」
思わず同僚と見つめ合い……頷き合う。
……買うつもりだな!!!
俺も、買うつもりだ!!!
グリーンジャンボを買っていった爺さんの後ろに並んだ俺たちは、ロト6のクイックピックを一点買いし、会社へと戻った。
「え、何やってんの?」
「なに、普通当たったらそこ記入するんじゃないんですか?」
デスクでくじの裏面に住所と名前を記入していたら、さっそく部長と経理さんに見つかった。
つい先ほどまでの出来事を、簡単に話す。
「ああー、それってなんか聞いたことありますよ!なんて言ったっけな、引き寄せの法則?もう自分は幸せになっているって思いこむことで幸せを引き込むとかなんとか。」
「なるほどね、当たってるって思いこむために、記名は実に有効であるという訳か。」
昼休憩から戻ってきていた人事部メンバーが、ぞろぞろと集まりだした。
「クイックピック一点買い、買った後に丁寧に住所氏名を記入、たったそれだけで億万長者やで!!!」
「せや!!せやせや!!!俺らは当たるくじをこうたんや!!!」
「ちょっと、なんか変な関西弁の人が発生してるのはなぜ……?」
呆れたお局さんの声が、微妙に突き刺さるのはなんでだ。
エセ関西人による、とっておきのまじない講座が開かれ、人事部ではロト6を買うものが続出する事になった。
「お、おわー!!当たってる!!!」
「ちょ、マジで!!!」
金曜の昼休み。飯を食いに行く前に、俺と同僚はスマホ片手に当選番号照会をしていた。
当たるかなあ、当たってるといいなあ、そんなことを思いつつ、手元の数字とスマホ画面の数字を見比べてみると、やけに同じような数字が……数字が!!!
「あ、あわわ、さ、三等……!!!」
「お、俺、四等……!!!」
「ええ?!マジで?!すげえ、俺もかっときゃよかった!!!」
「すごーい、いくら?!」
集まってくる人事部一同!!!
「じ、165400円!!」
「4700円!!!」
「わーい!!!飲み会だー!!!」
「すえひろ、予約して、誰か!!!」
「はーい、10人参加でいい?!」
勝手に飲み会開催を決めるんじゃ……ない!!!
「ちょっと待ってよ、まだ換金してないんだし!!」
「今から行ってきたら?幸せのおすそ分け、……もちろんするよねえ?」
「今からトリプル牛丼食べておしんこと卵と豚汁も食って来るの!!だからダメ!!!」
「十万円分も食えるわけねえだろ!!!」
「食ったらアッ!!!」
俺と同僚は、牛丼を食う前に、くじ屋と銀行に寄ることにした。
当選金は一刻も早く手に入れたい!
「はーい、当選ですね、おめでとうございまーす!」
同僚が四等のくじを出し、当選金を受け取ろうとした時。
「……へ?1000円?4700円じゃ、ないの?」
「あ、ええとですね、これ、ここね!ボーナス数字はね、二等しか使わないんです、なのでこれは五等になっちゃうんですよぅ。」
……はい?!
「あ、あの、これも!!!」
「はーい、当選ですね、おめでとうございまーす!」
俺は!!!
四等の当選金、4700円を、げ、ゲット、したんだからねっ?!
……うそーん。
とんだ、とんだぬか喜びィイイイイ!
「あのね、吹田さんと木下さん!五万円以下の場合は、裏に名前とか書かなくても大丈夫ですよ!」
優しい販売員のお姉さんが、にっこり微笑んでいるのが、実に、実に恥ずかしィイイイイ―――!!!
俺と同僚はだな、意気消沈して、一番安い牛丼だけをおとなしく食べて帰ることになってだな―――!!!
予約してしまった居酒屋をキャンセルするのも、悪いじゃないかって話になっていてだな―――!!!
「あはは!!!でもまあ、当たったには違いないんだからさ!!!」
「パッと飲んじゃうのがいいんだよ、そういうお金ってのはさ、はい、おつおつ―!カンパーイ!!!」
いつもだったらうまいはずのビールが、実に、実に苦みが効いていてだな―――!!!
「でもさあ、すごくない、三等、違った四等とはいえ、なかなか当たるもんじゃないよ!!」
「ね、幸運のおすそ分け、ありがたやー!」
「私、ここで働いてて本当に良かったです!!」
「ホントいい職場だよね!!!」
「おいしいお酒もタダで飲めるし!!」
「ちょ!!!4700円で奢れるか!!!」
「景気づけ景気づけ!!!ぎゃはは!!!」
実に陽気に盛り上がり、一瞬で当選金は消え去りっ!!!
その後、連日同僚とロト6を買いに行くも……全然、当たんねえ―――!!!
完全ビギナーズラックだ、気がつきゃもう21000円も買っている、もはや玄人に突入だ、はっきり言って、当たる気がしねえ―――!!!
「あ、お願いしまーす。」
とはいえ、習慣になってしまったので、買わないという選択肢は俺たちの中には、……ない!!!
買わなかった時に限って当たったとかさ、そういう運の逃がし方はしたくないんだよ!!!
「はい、いつもありがとね!お兄ちゃんたち、なかなか当たらないねえ、最近あたる人けっこういたから、ひょっとしたらって思ってるんだけどねえ……。」
そうなのだ。
この売り場、実に一か月前にロト6の二等が出て、先週は一等が出て!!!
実に縁起のいい売り場として、最近にぎわっていたりするのだ。
今もほら、くじを買い求める人々の列が実に長―く、のびていてだな!!!
……俺はあの大阪弁のおっちゃんだと踏んでいるんだが、真相はどうだかわからない。
あれから一回も会ってないんだよなあ。
会ったら当たったんでしょうと問い詰めてやりたいところだけどさ、くじ売り場で張り込むわけにもいくまい。
「あーあー、一等当てて仕事辞めて、悠々自適な暮らししてえのになあ……。」
「当たっても辞めない方がいいらしいぞ、金銭感覚狂って身を亡ぼすやつらも多いらしいし。」
「でも二億円当たったらさあ、一年で1000万使うとしても二十年暮らせるわけだろ?」
「そうだなあ、俺ら35だし、贅沢しなきゃあ普通に暮らせるかなあ……。」
蕎麦をすすりながら、夢を語る俺と同僚。
……たまにそば食うと、さっぱりしてうまいんだよなあ。
「にーちゃん!天ざる二枚なー!!!きょーは祝いや!がはは!!!」
「はーい!」
蕎麦湯をずずっとひとすすりしたところで、陽気な関西弁が聞こえてきた。
……これは、まさか!!!
声のする方を見ると、あの時のおっさんが!!!
思わず、同僚と見つめ合い、……何も言わずに、頷き合う。
このおっさんが……二億円を当てた、張本人の可能性、大だ!!!
「いやほんまカナワンワ!ようやく当たったでしかし!!!まあ、長かったなあ、久々の昼めしやで!!!」
「あんさんクジようけ買い過ぎやねん。どこのどあほうが毎週二万もこうとるん?!」
「かわな当たるもんも当たらんわい!!」
「毎回20枚もかっとりゃ当たるに決まっとるがな!!!」
「なにおう!!わしゃ今回3万も当てたんやで!!!」
「どーせそんなん1000円が30枚っちゅーオチやろwww
・・・・・・うん???
「おーい兄ちゃん、ゴミ箱だしてーや、これほかしたいんやけど!!!」
騒がしいおっさんのテーブルを、こっそり盗み見ると……げえ!!!
テーブルに、夥しい量の、ハズレくじ!!!
う、裏面に全部名前が記入されてる!!……と、思われる。
「はーい、失礼しまーす!」
イケメン店員が爽やかにゴミを回収し―――!!!
「というわけで、ロト6にはおまじないは効きません!」
「効くとしたら、ビギナーズラック、しかもボチボチの値段、以上です!!!」
週末、俺と同僚は人事部のみんなに向かって愚痴を吐きまくっていた。
「ぎゃはは!!!おつおつ!!!」
「まあねえ、おまじないが効かないって思った時点で、当たんないよね!!」
「当たったって飲むくらいしか使い道ないんでしょ!!」
「お金の使い方知らんやつには当たらんわな。」
「当たったところで飲み代に全部消えるってね!!!いやあ、いい同僚持ったわ!ごち!!!」
「当たってねーんだからキッチリ払えっての!!!」
みんなはすでにべろんべろんだ。
「信じることができたら、当たってたかもしれないのにねえ……。」
やけに落ち着いた声で、お局さんがつぶやいたのを、ふんわりと覚えて、いる。
飲み会からしばらくたったある日、お局さんが退職することを知った。
何でも、ご両親が老いたので、退職しなければいけなくなったんだってさ。
いつも行く飲み屋で開かれた、送別会の終わりに、お局さんから握手を求められた。
「ありがとう。お世話になりました。」
「はは、お疲れっした!!いろいろすまんかったです!!!」
ずいぶんヒステリーをぶつけられて、かなり苛立ったこともあったけど、最近は穏やかな対応をしてもらえるようになって喜んでいたんだけどなあ。
……まあ、家庭の都合じゃあ、仕方がないよな。
ぎゅっと手を握って、お別れさせていただいた。
飲み会からしばらくたったある日、経理さんが退職することを知った。
何でも、どうしても叶えたかった夢が忘れられないとかで、学校に通い直すことにしたんだってさ。
いつも行く飲み屋で開かれた、送別会の終わりに、経理さんから握手を求められた。
「お世話になりました。感謝しています。」
「はは、お疲れっした!!しっかり夢叶えていいお医者さんになってね!!!」
ずいぶん計算間違いの被害に遭って苛立ったこともあったけど、最近はミスもなくなって全部任せることができていたんだけどなあ。
……まあ、まだ若いし、夢を追うのはいいことだよな。
ぎゅっと手を握って、お別れさせていただいた。
経理さんの送別会からしばらくたったある日、部長が退職することを知った。
何でも、早期退職をして、奥さんと田舎暮らしをするんだってさ。
いつも行く飲み屋で開かれた、送別会の終わりに、部長から握手を求められた。
「君たちのおかげで、早期退職の決心ができたんだ、ありがとう。」
「はは、お疲れっした!!いい野菜、たくさん作ってくださいね!!!」
ずいぶん仕事のへまをかばってもらって、認めてもらって、成長できたのは部長のおかげだ。
……ゆっくり穏やかに、老後の暮らしを過ごしてほしいものだ。
ぎゅっと手を握って、お別れさせていただいた。
「ずいぶん、人数減っちまったなー。」
「そうだなあ、急に来たね。」
俺と同僚は、今日も連れだって牛丼を食べに行く。
食後はすっかり顔なじみになった宝くじ売り場をのぞく。
毎日、一枚づつクイックピックを買う癖がさ、ついちまったんだなあ。
一枚200円、週に五回、1000円で買える、夢のチケットってね。
実際、ボチボチ当たってはいるんだ。
一か月に一度は1000円が当たる程度だけどさ。
「あ、いらっしゃーい!また出たよ、一等!!!!お兄ちゃん達?当たった?」
「今から確認する!!!」
「俺も!!!」
ああ、今回もハズレだ……。
おかしいなあ、この売り場、ものすごくあたりが出ているのに、なんで俺たちは当たらないんだろう。
この半年というもの、毎月二等が出て、一等も三本も出ているというのに。ああ、昨日一等出たから四本目か。
ふつうこんなに当たらないらしいんだ。
ラッキー売り場ってことで有名になっててさ、つい最近じゃ、テレビ取材も来て、俺と同僚はインタビューを受けてだな!
おかしいな、有名人になったのに、全然モテないんですけど!!!
「え、何、出口君、辞めるの?!」
「ええ、実家を継ぐ決心がついたんです。」
……いよいよおかしい。
人事部の人員が、減り始めて半年。
四人目の退職者が出ることになった。
社内では、呪われた人事部などという噂がまっことしやかに流れている。
人員の減った人事部はてんてこ舞いだ。
確かに、呪われているのかも、知れない。
仕事は増え、給料は変わらず。
毎月当たらないくじを買う呪いに囚われて月に4400円を無駄遣いし。
「……じゃあ、送別会、やるか!!!」
「すえひろ、予約しとくわ!」
つい、半年前までは、10人で予約していた、居酒屋だったんだけどな。
今度は、6人で、予約か。
まさか、もっと減るんじゃ、ないだろうな……?
どれだけ呪われた、職場だよ……。
俺と同僚は、深―く、ため息を、ついた。
この物語の真実に気が付いたアナタ、今から宝くじ売り場に直行しちゃいます?