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お宝発掘

……都会から離れた、海辺の町の一軒家。

きれいにしているが、ずいぶん古い家屋の様だ。仏壇、タンス、重厚な座卓に食器棚……、ラグも敷いてあるし、机の上にはリモコン各種がケースの中にまとめられている。

……この家に誰も住んでいないことを疑ってしまう、光景。

築五十年のこの小さな家屋は、三年前に住人を失ってから、何一つ変わらぬ光景を保ち続けていたらしい。都会に住む娘を頼って引っ越した住人は、古い家屋の荷物をほとんど持たずにこの家を後にしたのだそうだ。

「これ全部廃棄でいいんですかー!」
「おう、ぜんぶトラックに載せてってー!!!」

半年ほど前から、ごみ・不要品整理のアルバイトを始めた俺は、整頓された家屋の作業に、少しだけほっとした。
……先週はものすごいごみ屋敷に行かされてさ、正直飯が食えなくなるくらいダメージを負ったんだ。それに比べて、多少かび臭いものの床の見える、ゴミ一つ落ちていないこの現場のありがたいことと言ったらもう。

「押し入れの中も天袋の中も空にして、畳も剥がすんだって!」
「じゃあ、まず大物からいくか!」

鏡台を先輩と二人で抱えて玄関を出ると。

「すみません、仏壇屋ですけどー!」
「ああ、お願いしまーす!」

家の持ち主の希望により、仏壇は仏具店に引き取ってもらう事になったようだ。まあ、うちのような処分業者に任せると、いわゆるお焚き上げ的なことをしてもらえないってことで、別件依頼で処分を頼んだらしい。仏壇前で仏具屋と坊さんがナムナム言っている。……律義な家だな。

「障子とかはどうするんですか?」
「極力ゴミは持ってって欲しいって話だったけど。ちょっと待って、聞いてくる、すみませーん!」

不要品処分にきているのは、俺と先輩の二人。えっちらおっちら荷物を運び出す横で、不動産屋が一人と、リフォームの業者が一人、あとよくわからない人が一人、何やら話をしている。……売り主の人かな?

「エアコンとか温水便座は?」
「業者が来てないから、このまま触らずに。」
「使えるもんは使いたいもんねえ。」

「あのー、障子とかふすまも持ってっていいんですか?」
「うん、ぜんぶ洋室にするから、お願いするわ!」

きちんと整頓されている家の作業は、実にサクサクと進んでいく。
あっという間に大物家具やカーテン、ラグなどの小物が取り払われて、広い空間ができてゆく。

「あれ……何これ、床板が、うわ、これ腐ってるな、わるいんだけどさあ、これも剥がして持ってってもらっていい!!」

ラグを取り、フローリングマットを剥がしたら、床板が派手に腐っているのが発見された。これ幸いと、腐った床板も剥がして、こちらに処分を任せる気満々のリフォーム業者。……まあ、いいけどさ。

「あれ、井戸がある……かまどの後もあるなあ、ここ昔土間だったんだね。」
「ああ、昔は土間のある家、多かったからねえ。」
「うわ、蟹の死骸がいっぱいだ!海が近いからなあ……。」

床板のなくなった居間でわいのわいのと談笑する三人をしり目に、仏壇のあった部屋の畳を剥がしにかかる俺と先輩。仏壇屋と坊さんはすでに帰っている。いいなあ、仏壇一個の引き取りでいくらもらってるんだろう、十分で帰るとか早すぎるんじゃないの……。

「うん?ここも床板が腐ってるな。海が近いと湿気が多くて腐るのかね……。」
「じゃあ、ここの床板も処分ですね。」

六枚の畳を積み込み、床板を剥がすと、蟹だらけの砂地の上に……何やら木の箱があるのを発見した。

「なんだこれ?」

先輩が箱を開けてみると、砂っぽい何か?が入っていたが、こぼれて、干からびた蟹の上に落ちた。

「……からくり箱みたいだ、上の部分だけ開くけど、下にも何か入ってそうな感じだぞ……。」

こういう場合、基本的に依頼主に聞くことになっている。ものすごい高価なものだったりする場合があるので、勝手に処分するともめ事になってしまう事があるのだ。

「なんかこんなの出てきたんですけど、どうしますか?」

談笑中の三人の元に行き、箱を差し出す先輩と、後を追う、俺。

「ああ、処分でお願いします!なんか出てきたらすべてこちらの判断に任せるって話になってるんで!」
「キッチリ処分してくれれば、それでいいよ。」
「ひょっとしたらフリマサイトで売れるかもね!!」

うちの会社は、不用品を回収してそのまま分別して廃棄するのが基本だが、作業に当たった人が欲しいものがあれば、もらって帰ることも可能だったりする。時計やCDなんかを売って生活の足しにしてる人もいるくらいだ。ただ、ほとんどはあまり値段がつかず、発送の手間や梱包材のコストを考えると、やらない方がいいんじゃないかってパターンの方が多かったりする。まあ、不用品ってのはさ、誰にとっても不用品である確率が高いっていうか。

こんなくすんだホコリだらけの箱じゃあ、売れるとは思えないんだけどな……。でも、開かない箱ってのも、なんかロマンがあるな、そんなことを思いつつ、俺は箱に手をのばさなかった。

「よーし、フリマに出すか!!」

やけにはりきっている、先輩の声を、確かに聴いたのだ。


……全ての荷物を積み込んで、処理をしたのが、先週。
昨日から、先輩が無断欠勤をしているのが、地味に気になる。

「鴨池はどうしたんだ!なぜ電話に出ない!おい、ちょっと今から見に行くから、ついて来い!」
「は、はい。」

怖いことになっている可能性は否定できない。先輩は一人暮らしなのだ。

俺は課長と共に、先輩の家に行くことになったのだが。

「……はい。」

チャイムを鳴らすと、実に不機嫌な様子で、先輩が出てきた。

「お前、何無断欠勤してんだよ!せめて連絡ぐらい入れろよ!!」
「いや……俺、会社辞めようと思って。」

ひげの伸びた、だらしない姿で、ぼそりとつぶやく、先輩。

「何言ってんだ、寝ぼけてねえで仕事に来い!」
「いや、退職します。お世話になりました、書類は後程送るんで。」

そういって、ドアを閉めようとした先輩の後ろに……あれ?

「先輩、その人と一緒に仕事でもするんですか?」

先週、海辺の一軒家で一緒だった、売り主さんと思われる人がいるのが見えたので、思わず声をかけた。

いつの間に連絡とり合ったんだろう、名刺でも貰ってたのかな、きっとあの箱が高く売れて、申し訳なくなって連絡したんだな、それを元手に商売でもする気になったのかな、少しくらい分け前欲しいな、そんなことを考えての、事だったのだが。

「……その人?誰のこと、言ってんだ、お前。」
「え、だって、後ろに先週会った売り主さんが。」

俺が、指差すと。

―――うわ、見つかっちゃってたのか。

頭を掻きかき、スッと、スッと消えた、おじさん!!!!!!!!!!

「は、ハイっ?!あわわ、キ、キえっ……?!」
「は、はい?!おま、お前何言ってんの?!」
「藤井君、誰もいないけど?!」

ぱき・・・ぱきぱきっ・・・・・・。

先輩の後ろの方で、何やら、音がする。

ゆっくり、振り返った先輩は「へっ?!ひゃぁアアアアアアア、き、木箱!!はこがはこっ?!ぎゃああああああああ!!!!」

尻もちをついて、俺と課長の方に倒れ込んだ先輩の向こう側に見えたのは、あの……くすんだ、箱!!!

「す、すすす捨てた、捨てたはずの箱、箱ぎゃああああああああ!!!」
「おい!!!落ち着いて最初から話せ!!!」

いい年をしたおっさんが本気でパニクる様子を見て、妙に落ち着いてしまう俺が、ここに。

……俺が見ていた三人、実は二人しかいなかったってことか?

あの日の光景を……、思い出してみる。

『エアコンとか温水便座は?』
『業者が来てないから、このまま触らずに。』
―――使えるもんは使いたいもんねえ。

『あれ、井戸がある……かまどの後もあるなあ、ここ昔土間だったんだね。』
―――ああ、昔は土間のある家、多かったからねえ。
『うわ、蟹の死骸がいっぱいだ!海が近いからなあ……。』

『ああ、処分でお願いします!なんか出てきたらすべてこちらの判断に任せるって話になってるんで!』
―――キッチリ処分してくれれば、それでいいよ。
『ひょっとしたらフリマサイトで売れるかもね!!』

思い返してみれば、三人の話は、かみ合っているようで、かみ合っていないというか……そうだな、あのおじさんは、一緒にいたけど、ばっちり会話に食い込んではいなかった。

現場でうろちょろしてたんだよ、確か。仏壇運び出すときも何かごちゃごちゃ言ってたような気がするけど、自分の仕事に一生懸命で内容までは覚えていない。
仏壇業者がいなくなって、箱のひと悶着があって、そのあとリフォーム業者が二人追加で来たあたりでこっちの作業が終わって、その頃には不動産屋もいなくなってて、バタバタと現場を後にしたんだよな。

箱はトラックの荷台に積んでいたから、一緒に乗ってきたらしいおじさんには気が付かなかった?いや、積み下ろしの時に見かけた覚えは、ない……。


ビビりまくる先輩を引き連れて、会社に戻って詳しい話を聞いた。

あの箱を持ち帰った先輩は、ネットで箱について調べたらしい。
すると、ずいぶん昔の、からくり箱であることが判明した。
箱だけでも価値があるようで、どうしても中身が気になったのだが、どうにもこうにも開かない。

そこで、からくり箱を作っている会社に行って、開けてもらう依頼をし、連絡を受けて赴いたところ。……大金が入っていたのだ。

現在ではほとんどお目にかかれない、見たこともないような、紙幣。
調べれば調べるほどに、その価値の高さに驚き、歓喜したらしい。

詳しくは鑑定に出してみないとわからないものの、ざっと見積もっても1000万ほどになるため、きつい今の仕事をやめてしばらくのんびり暮らそうと思ったようだ。

「箱はさ、今朝捨てたはずだったんだ。開けてもらうときに破損しちゃって、価値がなくなったって聞いたもんだからさ。弁当のゴミと一緒に出したはずだったんだ、なのに!!!」

ゴミで捨てたのが、ダメだったんだろうなあ……。

「キッチリ処分しないと、たぶんダメなんですよ。」
「なんだ、それは。」

不審な顔を向ける課長に、当日あったことを話す。

それを聞いていた先輩は、いよいよ顔を青くして震え出した。

「はあ?!あの時、そんなおっさんいなかったじゃん!お前おばけ見えるの?!なあ、助けてくれよ、頼むよ!!!」
「僕だって初めて見ましたよ!!助けるも何も、何もできませんってば!!!」

俺にしがみつくおっさんを、なんとか引っぺがして―――!!!

「うーん、これは返した方がいいな。キッチリ処分という括りがさ、おばけさんの気に食わないやつだったら永遠に憑りつかれることになる。あまり甘く見ない方がいい。壊れたはずの箱が直ってるだけでも驚きなのに、家の中に戻ってたんだろ?しかも動いて音まで鳴ってんだ、素人の手には負えんよ。」
「そんな!!!い、1000万あるのに?!」
「拾得物として、警察に届け出れば何割かはもらえるんじゃないですかね?持ち主がわかってる場合でも請求できたと思いますよ。」

……俺だったら、そんな曰く付きの金は欲しくない。きっちりもらった分だけ、取り憑かれそうだ。

「まあ、とりあえず依頼元に電話してみるわ。」


怪しげな箱は、家の持ち主だった奥さんに手渡された。

中身は埋まった状態で家を売却したという事で、売り主と買主で折半することになったようだ。何でも、銀行や貨幣の博物館?にずいぶん寄贈して、余った分を換金したのだとか。箱はどこぞのお寺さんで焼いてもらったとのこと。

「なんかスゴイ騒ぎでしたねえ、無事収束してよかったよ。」
「課長がすぐに不動産屋に電話したのが良かったんだと思いますよ。」

不動産屋には、事の経緯をばっちり説明した。あの時現場にいた兄ちゃんも、おっさんも、おばけには一切気が付いていなかったらしかった。売り主と折半にするって話になった後、それを三等分して分けましょうって話になったのは、おそらく恐怖を分割したかったからなんだろうけどさ。仏壇屋を入れなかったあたり、多少の欲深さも感じないでもないというか……。

「課長のおかげでうまいもんにもありつけたし!!」
「こういうイワク付きの金はな、大勢でパッと使った方がいいんだ!昔から厄というのは、分けあう事でその威力を弱めるという風習があってだな……!」

少々の騒ぎと共に湧いて出た、まあまあの金額は、課長の英断により盛大な飲み会開催で消費される運びとなったのだ。少々不満げな顔をしているのは、先輩ただ一人で、16人の従業員一同はみんなニコニコとしている。さっきから社長が高い酒をずいぶん注文しているのが地味に気になる、これ予算オーバーとかするんじゃないの。

みんなタダでうまい酒とつまみが食えるとあって、ずいぶん陽気に楽しく過ごしている。かくいう俺も、こういう飲み会は初めてで、なかなか楽しい時間を過ごさせてもらっていてだな!!

「はーい、じゃあ、お開きですよー!ええと、二万円程足りなくなっちゃったので、男気のある人、ご協力お願いしまーす!!」
「従業員の皆さんの常日頃の労働に感謝!!明日からもよろしゅう頼んマ!!」
「はい、お疲れ様!」

社長と専務、課長に部長……みんな男気のある人ばかりだ。俺はまあ、バイトなので、ご厚意に甘えさせていただいたわけだけれども。

居酒屋の暖簾をくぐって外に出ると、課長が俺の肩を叩いた。

「藤井君、いっぱい食べた?」
「はい!ごちそうになりました、ありがとうございます!」
「何言ってるの、君のおかげだよ、いいもの持ってるねえ、……どう、うちに就職したら!」

後ろから駆け寄ってきた社長が…いきおいよく俺のケツを叩いた。

「あはは、……考えときます!」

超就職難のこの時代に、お誘いをいただけることは正直ありがたい。だが、しかし……。

俺の目の前を歩く、先輩の姿を見て、即答することが、出来なかったというか。

俺の目には、肩を組んでいるおっさんが、見えるんだよな。片方は、俺のよく知る、ガサツで横暴で仕事をやめたがってる先輩なんだけどさ。もう片方は、さっきの飲み会ではいなかったはずの、うちの従業員ではない、おっさんなんだよな。どうみても、うわ、見つかっちゃってたのか、の人、なんだよな。

気に入られてしまったのか、はたまたずるいことをしていたからなのか。

……箱を会社に持って行くとき、お札は数えていたとかで、先輩の部屋の中にあったんだ。全部持って来いって言われて、全部バカ正直に持っていかなかった可能性は、高い。確か先輩の見立てでは、1000万だったはずだ。ずいぶん寄付をしたとのことだが、今回の飲み代30万から計算すると……。

「知らぬが仏、か……。」

まとまった金に目が眩んで、一生ものの守護霊?を得たってね。
……まあ、気がつかないなら、大丈夫かな?

とはいえ、これから毎日見るのもなあ……。

ここ、人間関係いいから、就職したいけど、う~ん……。
煮え切らないままアルバイトを続けていたのだが。


「え、先輩辞めちゃったんですか?」
「うん、なんか田舎に帰るんだって。でさあ、一人社員いなくなっちゃって!ね、藤井くん入ってよ!」

トントン拍子で就職が決まり。

「すみません、今日ここに来るのは、今いるのは何人ですかね?」
「立ち会いの私と旦那、あと家電買い取りの人が二人かな?まだリフォームの人来てないから全部で六人よ。」

ええと、いちに、さんし、あと俺に同僚の牧野さんと。……よし。

「藤井さーん、洗濯機運んでいいそうですよ!」
「オッケー、今行く!」

俺は作業前に、必ず人数確認をかかさない。

……今日は平和に作業できそうだ。

たまに、いてはならない人に遭遇する事があるものの。

俺は今日も、一生懸命、誠心誠意、仕事に取り組んで、いる。


※こちらのお話と連動しています(*'ω'*)


いきなり見えなかったもんが見えるようになるとわりかし焦ると思うので、いろんな本を見ていろんな世界を知っておくといいのかなあと思わないでもない私です、ええ。


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たかさば
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