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家族


人当たりの良い人と結婚した。
いつもにこやかで、誰にでも好かれている、とてもやさしい、人。

一緒に暮らして、毎日が幸せだった。
二人で共に生きる日々に幸せを感じていた。

子どもが生まれた。

主人は子どもを大切にしている。
主人は子どもがかわいくて仕方がない。

主人の中で、最優先するべきことが、子どもになった。

私と娘が寝込めば、娘の氷嚢しか替えなかった。
私がイチゴのケーキ、娘がチョコケーキが良いと言えば、チョコケーキを買った。
娘にお気に入りのドレスを汚された時は、しまい込んでおかなかったお前が悪いと叱られた。

子どものために働き。
子どものために休みを使い。
子どものために動き。
子どものために努力を重ね。
子どものために将来を計画し。
子どものために情報を集め。

主人は、子どものために、PTAの役員をすることになった。

役員になれば、学校に行く機会が増える。
役員になれば、教師と身近になれる。
役員になれば、印象に残ることができる。

役員になることで、子供の将来に役立つことがあるに違いないと考えたのだ。

月に一度の希望休は、全て役員の仕事に費やされるようになった。
たまっていた有給は、全て役員の仕事に費やされるようになった。

「ねえ、今度の休みはどこに行くの?」
「ごめん、PTAあるから、ママと遊んできて!」

主人の中で、最優先するべきことが、PTA活動になった。

子どもが喜ぶから、学校行事に顔を出していたはずだった。

「あ、パパだー!わーい!!」

子どもが喜ばなくても、学校行事に顔を出すようになった。

「イベントの度パパいるの恥ずかしいな。」

子どもが嫌がっても、学校行事に顔を出すようになった。

「ねえ、何でキャンプファイヤーで裸踊りやったの…?」

自分の子どものためになることをしたいと願った主人は、いつしか子どもたちが喜ぶことをしたいと願うようになったのだ。

大勢の子どもたちがいて、自分の子どもは、その中の一人。
大勢の子どもたちがいて、自分の子どもだけにしか目を向けないのは、心の狭い人間だ。
大勢の子どもたちがいて、自分の子どもだけにしか目を向けないような人間にはなりたくない。

子どもたち全員が笑顔になれるようなPTA活動をすることが使命なのだと、胸を張った。

子どもたちが笑顔になれるように、子どもたちが喜ぶようなイベントをどんどん企画し実行した。
子どもたちが笑顔になれるように、子どもたちの不安を吐き出せる機会をあたえ相談に乗った。
子どもたちが笑顔になれるように、保護者たちとディスカッションの場を設けるようになった。
子どもたちが笑顔になれるように、保護者たちの悩みを聞く場所を提供することになった。

子どもたちの笑顔が増えたかどうかはわからない。

悩む保護者の笑顔は、増えていった。

笑い合う保護者は、増えていった。

感謝の声が聞こえてくる。

ありがとう、うちでは何も言えなくてね。
ありがとう、これでこどもと向き合えます。
ありがとう、うちの旦那は何も聞いてくれないの。
ありがとう、誰も聞いてくれないから、すっきりした。
ありがとう、今後もぜひ仲良くしてくれないか。

主人の人気が高まっていく。

主人に悩みを聞いてもらいたい保護者がどんどん増えていく。
主人に悩みを聞いてもらって喜ぶ保護者がどんどん増えていく。

「いいですね、お優しいご主人で。」
「いいですね、お子さんを大切に思ってくれるご主人で。」
「いいですね、思いやりにあふれた素晴らしいご主人で。」

「ねえ、ちょっと、話したいことあるんだけど、良い?」
「自分で何とかしろよ、ママなら大丈夫だろ。」

主人は、悩める保護者たちの相談に乗っていたが、私の相談には一切乗ってはくれなかった。

「いいな、お前の父さん、遊んでくれるし!」
「いいな、ジュンちゃんのパパ怒らないし!」
「いいな、お父さん、いつもドライブ連れてってくれるんでしょ?」

「ねえ、パパ、進路のことで相談したいんだけど。」
「自分の道は自分で選べるだろ、人に頼ってるとくせになるから自分で何とかしなさい。」

主人は、不満を抱える親を持つ子供を喜ばせるため尽力していたが、何の不満もないはずだと決めつけている娘には厳しかった。

私と娘は、主人の中の優先順位の、最底辺に位置することになったのだ。

家族だから、多少我慢させてもいいだろう。
家族だから、気を使う必要はないだろう。
家族だから、喜ばせなくてもいいだろう。

今まで、良い目を見てきたんだ。

恵まれていない子供はたくさんいるんだ。
気の毒な保護者はたくさんいるんだ。

主人の中で、生活を共にする家族は、気を使わないでいい、やりたい放題にしても問題のない、ただの都合のいい存在になったのだ。

主人が精力的に活動する姿を応援している、家族。
主人が他人のために時間を使う事を誇りに思っている、家族。
主人が何もしなくても気持ちのいい空間を提供するのが当たり前の、家族。

主人が受け止めた誰かの怒りを、撒き散らして投げつけても構わない、家族という的。
主人が気を使ってすり減らした心を、当たり散らすことで回復させるために必要な、家族という的。

家にいても、ひっきりなしに聞こえてくるラインの音。
家にいても、常に握っている、ぼろぼろのスマホ。
家にいても、こちらを見ようともしない、主人。

毎日、食事を取り、身ぎれいにするためだけに帰る家。
毎日、ストレスを発散し、翌日スッキリした気分で誰かの愚痴を聞けるコンディションを得るためだけに帰る家。

とても傷ついている保護者がいるらしい。
もらったメッセージに返信しないと、不安になってしまう。
親が不安定では、子どもも安心できないだろう。
励ますために、仲のいい人たちで集まって飲み会をしなければ。
みんなで集まって元気が出たみたいだから、テンションを持続させるためにランチに行かねば。
元気な笑顔があふれるようになったから、この調子で会合の機会を増やさなければ。

子どもたちのために、子どもたちのために、親として、親として。

親が笑顔でなければ、子どもは笑顔になれません。
親が笑っていられるよう、みんなで仲良く遊びましょう。

「奥様、もう少しご主人を大切にしてはいかがですか。」

知らぬうちに、私は悪役を任命されていたようだ。
私は、精力的に活動する主人を妨げる、悪妻らしい。

飲み会でコミュニケーションを図ろうとする人を止めるとは何事だ。
忙しい時間を工面してテンションを上げようと頑張る人を邪魔するな。
みんなが頼りにしている人なのに、独り占めするな。

一方的な主張が、どんどん悪役に向かって投げつけられる。

何を言っても、全て跳ね返してしまう、力のある悪意。
口を閉ざしても、これ幸いと投げつけられる、遠慮のない悪意。

主人に相談したところで、何も聞いてはくれないことを知っている。
主人は、家族こそ一番蔑ろにしていい存在だと信じて疑わないのだ。

家族を解散することにした。

私が望むのは、家族を大切に思う誰かと共に作る家庭。
娘が望むのは、家族を大切に思う誰かと共に作る家庭。

主人が望むのは、粗末に扱っていい誰かと共に作る家庭。

相容れない、価値観の違い。

主人は、私と娘を手放すことにしたのだ。

主人には、主人の活動を心から応援する仲間がたくさんいる。
主人には、主人の活動を共に支えていきたいと願う誰かがいる。
主人には、主人の活動を邪魔する悪妻の退場を心待ちにしていた誰かがいる。

主人は、自分の価値観にあわない、叩きのめすだけの存在に見切りをつけたのだ。
私と娘という家族が消えたところで、またすぐに新しい家族を得られると知っていたのだ。

私は娘とともに、身軽で気楽な生活を手に入れた。

元主人はたった一人で、自由気ままに新しい人間関係を手に入れた。

……時折、どこかから物語が流れてくる。

新しい奥さんとはすぐに別れたらしい。
二番目の奥さんは束縛がきついらしい。
三番目の奥さんになりそうな人は旦那が首を縦に振らないらしい。

あの学校のPTA会長、会長やるたびに奥さんが違うんだよ。
あの学校のPTA会長、飲み会ばかりやってるんだよ。
あの学校のPTA会長、人のうちの事情にすぐ首突っ込んでくるんだよ。
あの学校のPTA会長、ファミリークラッシャーって呼ばれてるんだよ。
あの学校のPTA会長、恥知らずで有名なんだけど、本人気付いてないんだよ。

聞こえてくるのは、どこかの夢物語。

どこかでおこっているのかもしれない出来事だが、私と娘には関係のない物語だ。

おかしな自慢話が聞こえてこない、今の生活は快適だ。
おかしな感情の投げつけがない、今の生活は快適だ。
おかしな理屈の承認を強制されない、今の生活は快適だ。

何でも、いいよと、許していた私と娘。
やりたい放題できるのが当たり前と思っていた人がいたらしい。

やってみたらいいんじゃないのと、楽観的だった私と娘。
やりたいことはすべてやらせてもらえるのが普通と思っていた人がいたらしい。

困っている人に手を差し伸べるのを、止めなかった私と娘。
人付き合いを身勝手に決定して押し付けられると思わなかった人がいたらしい。

言い訳を聞いて、仕方がないと受け入れて来た私と娘。
何を言っても許さない攻撃性に長けた種族がいることを知らなかった人がいるらしい。

家族が、一番、大切なんだと、思っていた私と娘。
家族は大切にしないといけないと豪語しつつ、家族をポイと捨てた人がいるらしい。

元主人が私と娘に優しいのは、家族でなくなったからに他ならない。

家族に戻りたいとしきりに訴える中年がいるが、そんなのは右から左だ。
家族に戻りたいのではない、家族という蔑ろにしていい存在を欲しているだけに過ぎないからだ。

そんな、家族は、いらないのよね。

私と娘には、もう、大切な家族がいるもの。

娘の選んだ人は、家族を第一に考える、とてもやさしい人。
娘の選んだ人は、家庭を第一に考える、とてもすてきな人。

少しくらい泣き虫でも、大丈夫。
少しくらい勇気がなくても大丈夫。
少しくらいお人よしでも大丈夫。

初めて会ったときはとても気弱な青年だったけれど、ね。

たまには言い訳ぐらいしてもいいんだよと、目を吊り上げたら。

「おかあさんが優しすぎるから調子に乗っちゃいましたー!!!」

仕事も、家庭も、健康も、すべて順調よ?

少しつらそうな顔をしていたら、元気になれるおまじないをかけて。
少し自信がなさそうな空気を感じたら、テンションの上がる歌を歌って。
少し落ち込んでいたら、とっても面白い笑い話を披露して。

だって、家族じゃない?
だって、家族だもの。

笑顔になれるおまじない、するわ?
前を向ける雰囲気で、包み込むわ?
つまんないことを忘れるくらいの、ばかげた話をしてあげるわ?

家族が一番大切なんだと思ってる、私と娘、お婿さん。

近々、新しい家族が、増えることになるのよね。

私、新しい家族の事、大切にするわ?
私、大好きな家族の事、大切にするわ?

私、私の家族の事、ずっと、ずっと、大切にするわ?

私、私の家族の事、とっても、とっても、大好きだもの!


家族という集まりを形成するうえで一番重要なのは、価値観が同じかどうかって事だと思います、はい。


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たかさば
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