謝罪
近所の牛丼屋に入った。
幹線道路沿いにある、ごく一般的な牛丼屋である。交通量の多い場所且つすぐ横にショッピングモールがあるからか、いつもやけに店内が混んでいて、お弁当コーナーにはいつも棚に注文品がずらりと並んでいる人気のお店だ。
午前中に出向かねばならない打ち合わせがあるため、のんきに朝ご飯を作っている時間が惜しいので、立ち寄ったのだが…うん?食べている人以外、誰もいないぞ。
「注文お願いしますー!」
厨房に向かって声をかけると。
―――吉田さん!お客さん早く行ってきて!!
―――は、はい!!
「はぁ、はぁ、お待たせ、しました…。」
…なんかこう、やけに疲労している、若い女性店員が飛んできた。
荒ぶる息をこらえているのか、やけにぎゅっと…口を結んで、鼻の穴を大きくしている。
「ええと、牛丼のアタマと豚汁お願いします。」
「はい・・・。」
―――アタマ一丁です。
―――あっち注文取りに行って!早く!!!
―――は、はい…。
…めちゃくちゃ忙しそうだ。中途半端な時間帯だし、お昼時に比べれば店内はそんなに混んでないけどな…。ああ、お弁当コーナーに待ちが三人ほどいる、大量注文でも入っているのかもしれない。
―――ああー!何やってんのそれじゃないでしょ、もう触んないで!
―――すみません…。
ずいぶん気の強い店員がいるみたいだ。耳触りの悪い言葉に、少々テンションが下がる…。
「お、お待たせしました。」
注文した品が届いたので、紅しょうがをのせてもぐもぐ食べ始めたのだが。
―――いつになったら覚えるの?!
―――すみません…。
―――それじゃない、こっち!
―――おはようございます。
―――遅いよ、早くあっち入って!
厳しい店員の声が大きい?厨房が近い?店員同士の会話が筒抜けで、いささか居心地が悪い。
せっかくのうまい牛丼がなんかしょっぱくなってきた…。
早く食べて、ここから出よう。
私は幾分食べるスピードを速めて、レジの前に立った。
「おねがいしまーす。」
「は、はい!!」
さっきの女子が、息を切らしながら飛んできた。
…まだ息が落ち着いていない?走ってばかりいるから?
「な、704円です。」
「はい、1000円でお願いします。」
目も合わせずレジを操作する女子に…なんか同情心?気の毒に思う気持ち?がんばってねと応援する気持ち…違うな、無理しない方がいいんじゃないのと言ってあげたくなったんだな、私ってやつはさ。
「・・・あの、あんまり頑張りすぎないでね?」
私が、声を、かけた、その瞬間。
女子の目がカッと見開き!
ガシャン!!!
ドガッ!!!
バ、ババラッ、ガシャッ!!!!
ジャラッ!!!!!
チャ、チャリン!!!!!
目の前の弱気そうな女子が、一瞬で、豹変した。レジを思い切り叩きつけるように閉め、レジ上の小物がテーブルの方に吹っ飛び、床に飛び散る。私の釣銭をトレイの上に放り出し、テーブルの上に投げ捨てる。
「うっせーんだよ!!あーあー、やめだやめだ!!こんなクソみてーな牛丼屋!!!!!」
突然の大惨事に呆然としつつ、落ちた釣銭を拾う私に、女子が罵声を浴びせる。
「ババアもこんなとこに朝から一人で来て飯食ってんじゃねーよ!!主婦のくせにさぼってんじゃねーよ!!今すぐ死ね!!」
「ちょっと!!!何やってんの?!」
厨房の奥の方から中年女性がのそのそとやってきた。
「オメーのせいだろうが!今すぐ死ね!」
「何言ってんの?!仕事に戻りなさい!!!お客様に謝りなさいよ!!」
「まずいよ、静かにして。」
奥から若い男性が声をかける。…うわあ、これは面倒なことになりそうだ、退散しよう。巻き込まれると電車の時間に間に合わないし…そう思って、入り口ドアに向かうと。
「ババアが余計なこと言ってんじゃねーよ。胸糞展開見せられるこっちの身にもなれよボケが!てめーのせいで弁当出るの遅くなるだろうが!」
入り口横で弁当カウンターに立っていたおっさんが、不愉快そうな眼差しを私に向けて怒鳴ってきた。
・・・うわあ、とばっちりの連鎖がハンパないぞ。
「ちょっと!!もめるのは勝手だけどさ!!こっち注文取りに来てよ!!!」
「はい、ただいま!!!」
「ちょっと!逃げ出すつもりなの!!」
大騒ぎを起こしてしまったその責任から逃げるように店を出た、私の前に。
杖をついた…おばあちゃんが……。
今から店に入るのか、ちょっと修羅場中だけどこんなにひ弱そうな人が入って行って卒倒しちゃわないかな。
でもまた余計なこと言って大混乱が起こるのもな、そんなことを考えつつ横によけて、一歩踏み出そうとすると。
「すみませんでしたねえ・・・。」
私に向かって、おばあちゃんが深々と…頭を、下げた。
「はい?」
私はこんなに穏やかそうなおばあちゃんを知らない。誰だこの人。
「…ずっとねえ、謝りたいと、思っていたんです。やっと、謝りに来ることが、できたの。」
この人が私に何かしたのか?いったいいつ?
ヤバイ、全然見おぼえないぞ…。
「昔ね、ずっとね、あなたを恨んで生きてきたの。私がこうなってしまったのは、あなたのせいだとね。」
私、恨まれるようなこと何時したんだろう、まったく思い当たらないぞ、わりとかなり相当空気読まずにおかしな発言するタイプだから、無意識に恨みをかっていたパターンかも?
「でもねえ、年を重ねていくうちに、いろいろと考えが変わって…いつしかあなたに謝る事だけを願うようになったのよ。」
「あの、何か人間違いでは??」
おばあちゃんをまじまじと見つめながら、言葉を返して、…うーん、やっぱり見覚えがないな。おばあちゃんが、ぎゅっと口を結んで、言葉を飲み込んでいる。
「・・・あなたなの、だって、今、このお店から、出てきたから。ごめんなさい、ひどい言葉を…吐いてしまって、横柄な態度を取ってしまって。」
…あれ、この、口を結んだ感じ。
・・・どこかで。
「本当はね、うれしかったの、気付いてもらえて。・・・ありがとう。」
満足そうに笑ったおばあちゃんが…だ、だんだん消えてゆくー!!
・・・消えてゆく、その背景に。
さっきの、牛丼屋の、光景が。
怒りに任せて、飛び出した店先で、車にひかれて…生死を彷徨い。
辛いリハビリの日々に、心を病み。
生きる目的は、私への恨みだけで。
いつか締め殺してやる、いつか呪い殺してやる、いつか悪魔を呼び出して命を奪ってやる。
首を絞めることを心に誓って握力を取り戻し。
呪い殺すために全国の呪術者を訪ね歩き。
悪魔を呼び出すために崇拝サークルに入って精力的に活動し。
活動中に仲良くなった人と家庭を持ち。
子どもを持ち、孫を持ち。
穏やかな老後を過ごし、大往生して‥‥肉体を離れ、時を越え…面会に来たと。
…律義なことで。
というか、これから私、相当に恨まれ続けちゃうってこと?・・・なんかやだなあ。
ド、ドバタンっ!!!!!!!
バリンっ!!!!!
牛丼屋の出入り口横の、従業員用のドア?が勢いよく開いて、さっきの女子が出てきたぞ。
「もう来ねーよ!!!!ヴぁーか!!!つぶれろ!!」
ゲスっ!!!!!!!!
ドアを足で思いっきり蹴り上げる、女子。あれ蝶番壊れたんじゃないかな、大丈夫じゃなさそうだ。弁償するのに五、六万かかるぞ…。蹴り上げた足も相当ダメージを負ったみたいだ、足を抱えて悶えている。
どうしよう、一言何か言っておこうか、でもなあ、ものすごく怖いぞ、余計なこと言って殴られたくない。ここはそそくさと逃げるべきか。
だけど、さっきのおばあちゃんが。
―――本当はね、うれしかったの。
…私を呪う人生が、これから始まる?
私を呪うのはやめて欲しいな、いや…私じゃなくても、人を呪い続ける人生なんか生きて、欲しく、ない。
・・・おせっかいババアの、余計な、一言。
余計な一言で、変わるものが、あるのだと、すれば。
「あし、大丈夫?無理は禁物だよ!女の子なんだから、体は大切にしてあげてー!」
おかしいな、恐ろしいヤンキー女子からそそくさと逃げようと思ってたはずなのに、ついつい駆け寄って…いらぬ一言を!!!
「・・・けっ!女の子って年でもねーし!!馬鹿にすんな!!!」
ああー、怒られたー。
少々凹みつつ、駅に向かおうと、一歩踏み出した、その時。
ぶうん!!!
私と女性の横を、暴走する自動車が…通りぬけた。この店は交通量の多い道路の横だから、無理やり駐車場に入ろうとする不届きものが横行しているのだ。
「あっぶねー車!!!ふざけんな!!クソ老害が!!!事故って死ね!!」
女性は駐車場を猛スピードで走り回る暴走車に向かって罵詈雑言を浴びせている。…ドライバーのおっさんが窓を開けて何やらどなり散らしているぞ。また一波乱置きそうな予感がする、もうこれ以上首を突っ込んでは…ならん!!!
私はすぐ横にあるモール入り口に立つ警備員のお兄さんに、「もめてる人がいるよ」と報告してから、…駅へと、急いだのであった。
わりといらんこと声を出す人なので、自ら飛び込んでしまう…。
でもって、勝手に凹んでこの辺りの本を読んでは速攻洗脳されてあっという間に忘れてまたやらかすという。
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