見出し画像

ラジオを無理やり聞こうとした話…

 ……私が、中学生だったころ。

 当時大人気だったアイドルグループのラジオ番組を聞くために、貯めていたお年玉で真っ赤なカセットデッキを買った。

 ダブルカセット、ラジオチューナー付き。
 メタルテープを買って、ラジオ番組を録音しようと夜九時にスタンバイをした。

 ところが、アイドルのラジオ番組は…聞くことはできなかった。
 私の住んでいるところは海沿いの長閑な町で、煌びやかなアイドルグループが活躍する都会の番組は放送されなかったのだ。

 アイドル雑誌の情報しか知らなかった私は、新聞の番組表を見る事すらせずにどきどきしながら夜九時を待っていたのだった。そもそも、ラジオというものをよくわかっていなかったので、時間になったら普通に番組が流れてくるものだと信じていた。ラジオにもチャンネルがあるという事をよくわかっていなかったのだ。

 30分間ずっと…真新しいラジカセのチャンネルのつまみをぐるぐるとやって隅から隅まで耳を澄ませたものの、自分の求めるアイドルたちの声はどこにも聞こえてこなかった。

 すっかり意気消沈して次の日学校に行き、隣の席の男子に愚痴ったら思わぬことを教えてくれた。

「アンテナを伸ばしてつまみをそっとミリ単位で動かしてチューニングするんだよ。そしたら東京の番組も聞けるよ!アルミホイル使うと良いかも?窓辺で聞くと良いんだけど、部屋の方向とか…家、どこ?」

 隣の席の男子はラジオ少年で、自宅にアマチュア無線のセットがあるような子だった。
 チューニングのコツを教えてもらい、ラジオの仕組みを教えてもらい。

 次の週、テクニックを駆使して耳を澄ませたところ…

 《…ンジ!!ゲン…バク…ク!!》

 愛しのアイドルグループの声が聞こえてきて、私は大歓喜した。

 時折ザーという雑音やおかしな外国語が混じるものの、ラジオ番組を無事聞くことができて本当にうれしかった。
 毎週土曜の夜九時は、部屋の窓を開けてつまみを微調整しながら、嬉々として30分間を過ごすようになった。

 のちに番組は全国放送となった。

 しかし、放送時間が真夜中だったため家族に咎められ聞くことができず、周りのアイドル仲間がクリアな放送を楽しんでいる中、一人だけ雑音交じりの音を拾って喜んでいた。
 ……あの頃の熱意には、今もって本当に恐れ入る。

 その後、番組は九時からの放送になったのだが…、その頃にはすっかりアイドル熱が冷めてしまって見向きもしなくなっていた。

 雑音だらけの、自分の笑い声入りの、時折家族の罵声まで飛び込んでくる録音テープは、ずいぶん長い間机の宝物入れの中に鎮座していた。心血注いで手に入れたものというのは、なかなか処分をすることができなかったのだ。

 捨てるタイミングを見失ったまま長く机の中を占拠し続けていたのだが、カセットテープを再生できるコンポのCD読み込みパーツが壊れた時、全部まとめて一緒に処分する事にした。
 どうせ雑音の入ったツメの折られた録音テープだし、価値はない。再生する手段だって、もう無くなってしまうのだ。

 最後の最後で、どんなのだったかなと思って再生してみることにした。

 あの頃夢中になった、熱を思い出せるかもしれない。
 あの頃を思い出して、気持ちが若返るかもしれない。
 あの頃一生懸命だった、ひたむきな自分を感じることができるかもしれない。

 《…ザ、ザー…ザザッ…フフ!……ザザー…》

 テープは、信じられないくらい雑音だらけで、何が入っているのか全く聞き取れなかった。

 録音する過程で雑音が増えてしまったのか、経年劣化でテープが痛んで聴き取れなくなったのかはわからない。
 だが、事実として…、本当に番組が聞けていたのかすら怪しく感じるレベルで、ザーザーという不快音に自分の笑い声が重なっていた。

 ……私は、本当に、ラジオを聞いていた?
 ……もしかして、自分のアイドルを思う気持ちが暴走して、幻聴が聞こえていたのでは?

 ふと気づいたのは…、私にラジオを聞く方法を伝授してくれた隣の席の男子について…実に記憶が、曖昧だということだ。

 確かに、隣の席の子で、仲良く話をしていたはずなのに。
 確かに、隣の席の子で、一緒に給食当番をしたはずなのに。
 確かに、隣の席の子で、夏休みに田舎に行くんだという話を聞いたはずなのに。

 名前が、顔が、声が、姿が…思い出せないのだ。

 アンテナにアルミホイルを巻くといいよと教えてくれたんだけどな。
 なんか針金をもらって取り付けたような気もする。
 窓をあけて聞くといいよと言われて、網戸を全開で聞いていて蚊にさされたんだよね。
 そうだ、開けっぱなしにしてたからコウモリが部屋の中に入っちゃって親に叱られて。あの時はコウモリが結局見つからなくて大さわぎしたんだった……。

 細かい出来事はしっかり覚えているのに、肝心の部分がすっぽりと抜け落ちているのだ。
 卒業アルバムをみても、まるでピンと来ないし……。

 今、私の手元に、つまみ式のチューナーラジオはない。
 毎朝のラジオ体操はパソコンで聞いているし、車から流れるカーラジオは自動的にチューニングされる。

 ……自分でラジオ番組を探す手段はないのだ。

 あの頃を思って、チューニングしたら……もしかしたら、思いがけない番組につながるかも?

 ……ふふ、あの男子がDJをつとめていたりしてね。

 私は、家電量販店で、レトロなラジオに手を伸ばしたのだった。


↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/