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いやしいご先祖様の食事に対する執着がある限り、我が一族の歴史は永遠に続いていく(に違いない)

 我が家には…、先祖代々伝わり、ひたすらに守り続けている家訓がある。

【毎日必ず、ご先祖さまにお供えをするべし】

 一代目が子孫に厳しく課した、一族の掟(おきて)である。

 はたして一代目がいつの時代の人なのか…イマイチハッキリしない。だがしかし、江戸時代に寺子屋に通っていた先祖がいて、文字として残していた事は判明している。戦争で消失してしまったものの、たしかに書面で家訓が存在していたのだそうだ。
 内容を覚えていた几帳面な曾祖父ひいじいさんの記したノートが仏壇の中に保管してあり、令和の時代まで受け継がれている。

 日々の糧に感謝せよ
 食うものに感謝せよ
 食うものがある事に感謝せよ
 もへじに感謝をすべし
 食い物をもへじにささげよ
 食い物を得る事ができたらささげよ

 ……

 この家訓は、「もへじ」という人物が始めたらしい。口伝えではあるが…、もへじという先祖の、なんとなくの人物像が判明している。

 子供に食わせるために食うことを我慢した人である。
 食い物を得るために尽力した人である。
 山に入っては食えるモノを探した人である。
 自分の空腹よりも子孫の満腹を優先したような人である。
 食べ物を探して人生を終えた人である。
 腹いっぱい美味いものを食べ続けたいと言い残して亡くなった人である。

 一見、慈悲に満ちあふれた…、好々爺を思わせる。子供のために自らを犠牲にした、大人の見本となるような人物だと思えなくもない。
 だかしかし…その実態は、かなり相当シャレにならないレベルの……業突く張りだったようだ。

 生きているうちに美味いものを食べられなかった、だから死んだあとでもいいから美味いものが食べたい。とにかく色んなものが食べたい。仏壇に供えれば、天にいるわしのもとに届いて食うことはできよう。自分は何一つ満足に食べられなかった、子孫の今の生活があるのは自分の飢餓あってのことだ。自分もへじの我慢があって今の一族の繁栄がある事を忘れてはならないぞ。一族に生まれたからには、もへじへの感謝の心を持ち続けなければならないのだ。食事をする際は必ずわしにも供えるように。もらい物や新しい食材を手に入れた際は必ず供えるのだ。わしが食べられなかったものを、子孫がのうのうと食べるとはけしからん。生きて美味いものを食べることができる子孫たちは、一族の務めを必ず果たすのだぞ……。

 食べものに執着し、死した後も子孫を縛り続ける…、実に恐ろしい家訓。

 我が一族に生まれてきた者は、幼いころから徹底的に…一族の常識を擦り込まれる。

 食事は毎日、仏壇に供えてから食べること。
 供えたあとの冷えた食事は、腹が減っているものが食べていい。
 あたらしい食べ物が発売されたら速やかに購入し、仏壇に供えること。
 供えていないものを食べると罰が当たる。
 もらい物の食べ物(特に高価なもの)は仏壇に供えてから食べないと腹を壊す。
 美味いと評判のものを供えると、いざという時ご先祖様が助けてくれる。
 困った時はとびきり美味いものを豪勢に供えると、道が拓ける。

 一族の最後の一人である俺にも、しっかりと一族の常識が叩き込まれている。

 毎日コンビニで買ってきた晩飯を、レジ袋ごと仏壇に供える習慣が染みついている。
 出張先で土産物を買って供える習慣が染みついている。
 自分の誕生日にケーキを買ってきて供える習慣が染みついている。
 クリスマスにケーキとチキンを買って供える習慣が染みついている。

 この、科学の発達した時代に…、眉唾物だと、思わないでもない。
 だがしかし、俺にはどうしても……染み付いた供え物のルールを反故にできない、理由があった。

 二年前に亡くなった、オヤジの奇跡を知っているからである。

 信じられないようなエピソードが…毎日の供え物をやめさせてくれないのだ。供え物をやめた途端にとんでもないことになるに違いないという、確信すらある。

 ……俺のオヤジは、不器用でまじめな、仕事をすることしかできない、面白みのない人間だった。
 友達もおらず、趣味もなく、非常に奥手で口数も少なくて、当然全くモテず、女性に声を掛ける勇気も持てなくて、一人寂しく年齢を重ねているような人だった。
 浮いた話の1つもないまま40を超え……、本人は親の面倒を見たあと、独身で一生を終えるのだろうと思っていたそうだ。

 ところが、ご先祖様は……それを良しとしなかった。

 ……おそらく、美味いものを供える子孫が途絶えることを、先祖は許さなかったのだ。
 近所に新しいパン屋がオープンした日、お供えものを買おうと街に出たオヤジは…、入店待ちの列に並んだ30分間で、食いしん坊なお姉さんと意気投合した。トントン拍子で付き合う事になり、あっという間に嫁さんをゲットすることになったのである。これを奇跡と言わずして、ナニを奇跡とするのか。

 オヤジは生前、
「毎日食べものを供えていれば、いつか必ずお前も結婚できるから安心しろ」
 と言っていた。

 俺はその言葉を信じ、毎日食い物を買っては、仏壇に供え続けてきた。

 あたらしいスナック菓子が出たと聞いては購入し、話題の大盛り弁当が出たと聞きつけ朝イチで店頭に並び、輸入菓子が流行っていると聞けば電車を乗り継いで買いに行き、全国のお取り寄せグルメを配達してもらい……それらすべてを自分の胃袋の中に収めてきた。

 信じられないくらい身体が膨張し、最近では買い物に出る事すら…困難になってきてしまったが、致し方無いことだろう。俺には、先祖の…一族の望みを叶え続けるという責任がある。

 供え物を買いに行くだけで息切れがするし、毎日心臓が苦しくなるし、のどが渇いて仕方がないしで不便なことこの上ないが、頑張らねばならないのだ。
 ヒイヒイ、フウフウ言いながら、今日も俺は…お供えものを買いに行き、仏壇の前に並べなければならないのである。

 ……そういえば、コンビニ横のたこ焼き屋が、今日、オープンだったような。
 ……どこに縁があるかわからない。
 とりあえず買いに行く事を決め、家を出る。

 重たい体にムチを打ち、たこ焼き屋の長い列に並ぶ。
 …直射日光が突き刺さって、滝のように汗が流れる。しまったな…、お茶を持ってくれば良かった。

 ……なかなか列が進まない。

 こころなしか、クラクラしてきた。
 だが、ここで列を離れると、また並びなおさなければならなくなる。せっかく外に出たのに何も収穫無しで帰るのもな……。

 ……ヤバい、貧血か?

 眼の前がチカチカしてきた。

 たこ焼きが買えるまで、あと…五人。
 ちょっとしゃがんだら、たぶん、楽になる、ハズ……。

 体制を低くしようとした、その瞬間。

 視界が、グルっと・・・回った。

 空の青と、たこ焼き屋の赤、地面の茶色が、グルグルとまじっていく。

 焦点が合わなくて、どこを見ているのか分からなくなって、バランスを崩して……俺は、いま、た、お、れ・・・

「だ、大丈夫ですか!!!あの、いま救急車を……」

 ぼんやりと霞む目を、可愛らしい声の方に向けるも…姿が、確認、できない。

 頭が、割れるように…痛い。
 気持ちが悪いし、汗が止まらない。
 息苦しいし、身動きもできない。

 心臓の音がバクバクと…ぁあ、うるさい…。

 やけに、騒がしく、なってきた…。

 ……俺は、どうなってしまったのか?
 ……俺は、どうなってしまうのか?

 不安は、増す、ものの……。

 おそらく、きっと、俺は……助かるはずだ。

 いま、ご先祖さまが…縁を結んでくれているに違いない。
 いま、ご先祖さまが…助けようとがんばっているに違いない。

 俺は……、安心して……、目を、閉じ、た。


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たかさば
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