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そうして、全員、あつまった。
大市民祭りが、本日開催される。
市内一の繁華ポイントである歩行者天国にて開催される、市を挙げての一大イベントである。
地元企業を対象に、市民へのアピールをするべく毎年開催されている、市民が楽しみにしている一大イベントである。
多国籍な料理がずらりと並ぶ屋台ブースを始め、雑貨販売コーナーに企業によるオリジナル企画ブース……逆バンジー、移動遊園地、仲良し動物園に、釣り堀などなど。
飲食店は自慢の料理を販売し、販売店は自慢の品物を販売し、一般企業は自社製品をアピールするべく人の集まる企画を持ち込む、市内最大級の大イベントである。
会場のど真ん中にはイベントステージが組まれ、ここで毎年様々な企画が披露されている。
カラオケ大会、ダンス発表、書道パフォーマンスにマジックショー。
演目のつなぎには、地元企業のアピールタイムが組み込まれており、さながらテレビ番組のような演出がされるのが例年である。
間もなく、9:30……、開演まで、あと、30分ほど。
まだ、誰もいない、ステージ。
歩行者天国のど真ん中に、設けられた、20畳ほどのスペース。
道路に、赤いカーペットだけが敷かれた、段差のないステージである。
ステージ周りはパーテーションロープで囲われており、一般人の立ち入りはできないようになっている。
カーペットの奥には、大きなテントが二つほど連結されて設置してあり、そこに音響・映像機器、イスとテーブルが並び、スタッフが所狭しと入れ替わり立ち替わり出入りしている。
カーペットの前には、背もたれのない長ベンチが20並んでおり、観客席として準備されている。
カーペットの横は、イベント会場を訪れる人たちが通る通路になっている。
赤い絨毯の上には、まだ、誰もいない。
ステージの奥では、スタッフがテキパキと動いている。
ステージの前には、イベントが始まるのを待つ人たちがベンチに座り始めた。
ステージの横を、通行人たちが、今からどんなイベントが始まるんだろうと時折イベントブースをのぞき込みながら、通りすぎてゆく。
「じゃー、リハーサルやりまーす!」
「じゃあ、マネキン、持ってきてー!」
「はーい!!!」
マネキン。
このイベントには、欠かせないアイテムである。
年に一度、この日のためだけに、各企業にマネキンが配布されたのは五年前の事だ。出展企業は、そのマネキンを己の企業カラーできっちりとデコレーションし、テントの前に置くことが義務付けられている。
このイベントに出店するにあたり、出展者にはマネキンが一体貸し出されることになっており、企業はこのイベントに参加しなくなった場合、速やかに市に返却しなければならない。
例えば、自社製品を着てプレートを持つマネキン。
例えば、全身を企業カラーに染めて立つマネキン。
例えば、自慢のアイテムをすべてしばりつけられているマネキン。
マネキン巡りも、このイベントの目玉企画であった。
今回の出展企業はおよそ200、つまり、会場には、200体のマネキンが存在している。マネキンにつけられている文字プレートを見て、クロスワードが楽しめる作りになっているのである。
また、人気投票もあり、一位になったマネキンは一年間市役所の片隅に展示されるという特典を付与される。
朝10:00からのオープニング、司会者の合図でイベントが始まる。
企業アピールの第一回目が始まり、そのあとカラオケ大会、第二回アピール、ダンス発表会と続く。
企業アピールは、マネキンがステージに立ち、およそ500文字のアピール文を司会者が読むというスタイルになっている。
アピールできるのは、抽選で選ばれた50企業だけである。
五年前までは企業代表者が一人立って自社アピールをしていたのだが、とある企業の社長がマイクをはなさず一人で48分間しゃべり続け、大問題になったためこのようなスタイルに落ち着いたという過去がある。
イベントスタッフは、第一回目の企業アピールに出る出展者のもとに、マネキンを取りに急いだ。
「マネキン借りに来ましたー!」
「あ、はーい、ちょっと待ってくださーい!」
モデル事務所を経営している、Heart♡エンタテインメント。
実にかっこいい、最先端のファッションを着こなしている、マネキンを運び出そうとした、イベントスタッフだったが。
ガ、ガッ!!!ボゴゥキッ!!!
台車が小石を踏んで大きく揺らぎ、のせていたマネキンが傾いてバランスを崩し、横の段差の下に落下した。
首が胴体にめり込み、頭が破壊されてしまった。
……これでは、マネキンをステージに上げることができない。
「すみません、どなたか、マネキンの代わりに、ステージに立ってもらえます?」
「仕方がない、じゃあ、私が。」
「では、ステージの上で待っていて下さい。」
事務所の人気モデル、増戸さんがステージに立つことになった。
ステージに、一人、現れた。
「マネキン借りに来ましたー!」
「あ、ちょっと待ってくださいね!」
人材派遣会社、お助けヘルプミー。
三角斤とエプロンを装備している、マネキンを運び出そうとした、イベントスタッフだったが。
ばったん!!!
テントの柱に括りつけてあった紐を外したら、マネキンが勢いよく倒れてしまい、破損した。
胴体が割れ、腰のジョイント部分が刺さらない。
……これでは、マネキンを立たせることができない、寝かせるわけにもいかないのだから。
「すみません、どなたか、マネキンの代わりに、ステージに立ってもらえます?」
「仕方がないねえ、じゃあ、私が。」
「では、ステージの上で待っていて下さい。」
ベテランスタッフの路地さんがステージに立つことになった。
ステージに、二人。
「マネキン借りに来ましたー!」
「あ、はい、ちょっと待ってください!」
総合商社として市内で名の知れた、アール・アール・オール。
スタッフがポケットティッシュを配る準備をしている。
ポーチにエコバッグにハンカチ、櫛にリボンに……モノに埋め尽くされて、本体が見えない、マネキンを運び出そうとした、スタッフだったが。
バラ!!!ぼろ!!!ポロ!!!
少しでも動かすと、貼り付けられているアイテムが次々に落ちて、社長がパニクっている。落ちるアイテムを押さえつけたところ、首が胴体にめり込み、頭が破壊されてしまった。
……これでは、マネキンをステージに上げることができない。
「すみません、どなたか、マネキンの代わりに、ステージに立ってもらえます?」
「仕方がないなあ、じゃあ、わしが。」
「では、ステージの上で待っていて下さい。」
会社社長の、松笠さんがステージに立つことになった。
ステージに、三人。
町のおもちゃ屋さん、創造カンパニー。
三角くじで当たるおもちゃがたくさん並んでおり、すでに販売を開始しているようで子どもたちが集まっている。
恐ろしい毛むくじゃらのキグルミを着込んだ、リアルなゾンビのコスプレをしたマネキンを運び出そうとした、スタッフだったが。
「ぎゃああああああ!!!化け、化け物が動いたああああああ!!!」
マネキンを動かしたら、模造刀を持ったちびっ子に突撃された。脇腹に抱えたマネキンの頭が、マスクごとごろりと落っこち、ジョイント部分が転がってどこかに行ってしまった。
……これでは、マネキンをステージに上げることができない。
「すみません、どなたか、マネキンの代わりに、ステージに立ってもらえます?」
「仕方がない、じゃあ、私が。」
「では、ステージの上で待っていて下さい。」
かわいいキグルミを着ている従業員、路地さんがステージに立つことになった。
「あら、あなた、どうしたの。」
「マネキンが壊れちまってさ。」
思いがけず、ステージの上に、老夫婦が並ぶことになったようだ。
ステージに、四人。
「マネキン借りに来ましたー!」
「はいはい、ちょっと待ってください!」
マナー教室を運営している、TSマナー教室。
おしとやかなイメージだが、無礼講なのだろうか、串焼きジャンボBBQを販売するため、準備をしている。
和装に身を包むマネキンを、スタッフが持ち上げた、瞬間!
「ヒャアああああ!!!」
スタッフが、着物の裾を踏んでしまい、派手にマネキンごと倒れた。
マネキンの横にあった、火鉢に刺してある串の束にマネキンの首が刺さり、頭部が転げ落ちてしまった。
……これでは、マネキンをステージに上げることができない。
「すみません、どなたか、マネキン代わりに、ステージに立ってもらえます?」
「仕方がないですね、では、私が。」
「では、ステージの上で待っていて下さい。」
和装マナーの先生、襟峯さんがステージに立つことになった。
ステージに、五人。
「マネキン借りに来ましたー!」
「あ、少々お待ちください!」
地元のイベントを企画運営する、WWWイベント企画。
吹き矢を使った、風船割りゲームのリハーサル中の様だ。
開催したイベントの写真を全身に貼り付けた、マネキンを運び出そうとした、スタッフだったが。
「わあ!的以外のところに向けて吹いたら、危ない!!!」
ピシっ!!!
マネキンの顔面に、吹き矢の矢が、突き刺さった。
吹き矢がめり込んだところから、ひびが入って、顔面が割れた。
……これでは、マネキンをステージに上げることができない。
「すみません、どなたか、マネキンの代わりに、ステージに立ってもらえます?」
「仕方がないねえ、じゃあ、私がいくよ。」
「では、ステージの上で待っていて下さい。」
人事部部長の小暮さんが、真っ赤なマントを着用したままステージに立つことになった。
ステージに、六人。
「マネキン借りに来ましたー!」
「はい、少々お待ちくださいね!」
市内の医師が所属する、医師連合会。
大がかりなプールを組み立てて、金魚すくいの準備をしている。
白衣を着て、聴診器をつけている、マネキンを運び出そうとしたスタッフだったが、つい、かわいい金魚に、見とれてしまい。
ばっしゃ―――――――ん!!!
「わあ!!金魚がー!!!」
マネキンが金魚の泳ぐプールの中に転がってしまい、大惨事になってしまった。
生臭くなってしまったマネキンを皆で持ち上げ、金魚をプールに戻し、濡れた白衣を脱がせ!!!
……これでは、マネキンをステージに上げることができない。
「すみません、どなたか、ステージに立ってもらえます?」
「仕方がないですよね、じゃあ、私が。」
「では、ステージの上で待っていて下さい。」
ニコニコクリニックの、剛力先生が白衣を着てステージに立つことになった。
ステージに、七人。
「マネキン借りに来ましたー!」
「うわあ、すみません、ちょっと問題が発生してですねー!!!」
綜合警備会社の阿修羅グループ。
ミニトランポリンがたくさん並び、真ん中には、大きなくまのぬいぐるみがある。
……マネキンがどこにも見当たらない。
「すみません、熊背負わせたら、マネキンが壊れてしまいました、どうしましょう?」
大きなくまのぬいぐるみの下に、つぶれているマネキンの姿が見える。
よほど勢いよく倒れ込んだのだろう、腕は取れ、鼻は欠け、動かすのも難しそうだ。
……これでは、マネキンをステージに上げることができない。
「壊れたのはもらって行きますよ。でも、どなたか、ステージに立ってもらえます?」
「壊してスミマセン、私が出ますので。」
「では、ステージの上で待っていて下さい。」
鍛錬部部長の、不破さんがステージに立つことになった。
ステージに、八人。
「マネキン借りに来ましたー!」
「はいよー!!!」
市内で三本の指に入る、うまいと評判のラーメン屋、ZEPPINうまし。
人気の名物ラーメンに、イベント限定のキワモノ商品を販売するらしい。
店のTシャツを着たマネキンを運び出そうとしたスタッフの元に、一人の男性が近づいてきた。
「これ新商品なんです、うまいっすよ、試食してくださいって、わあ!!!」
奥の方から、小籠包を持ってきてくれたのだが、コードに引っかかって転んでしまい、皿が飛んだ!!!
びちゃ―――!!!ばり、ばりーん!
マネキンの白いシャツのど真ん中に、イカ墨小籠包が炸裂し、衝撃で右腕が落っこち、割れてしまった。
……これでは、マネキンをステージに上げることができない。
「すみません、どなたか、ステージに立ってもらえます?」
「わああ!!!新品のシャツ!!わ、私出ますけどね?!」
「では、ステージの上で待っていて下さい。」
店長の、長鳩さんがステージに立つことになった。
ステージに、九人。
「マネキン借りに来ましたー!」
「あ、はい、ええとー!」
家庭教師組合、コーチングいちばん。
小学校のミニテストをやらせてもらえるらしい、先生たちが忙しそうに鉛筆を削っている。
百点の答案がびっしり貼り付けられているマネキンを、運び出そうとしたスタッフだったが。
「すみません、これ、動かすと崩れちゃうんです、首のとこ括って立たせてるけど、限界で。正直撤収したいです。」
見ると、テントの柱に、無理やり括りつけてある。
……これでは、マネキンをステージに上げることができない。
「危険ですね、回収しますよ。あの、どなたか、ステージに立ってもらえません?」
「ええ、私がうかがうつもりでした。」
「では、ステージの上で待っていて下さい。」
小学生担当の、上田さんがステージに立つことになった。
ステージに、十人……いや、九人。
路地さんの奥さんが、お花摘みに行っているらしい。
そこに、一人の男性がよたよたとマネキンを抱えて現れた。
「小暮さーん!このマネキン、割れたの仮面だけだったから、持ってきたー!」
「あ、そうなの?!じゃあ入れ替わろう!」
小暮さんがマネキンと立ち位置を交換しようとした、その時!!
が、がガッシャ―――――ん!!
マネキンを受け取ったはずの小暮さんの手が滑り、マネキンは地面にたたきつけられてしまった。
「ああー!!!これじゃ無理です、すみません。」
破損したマネキンは、ステージ奥のテントの中に持ち込まれた。
テントの中は、すでに破損したマネキンでいっぱいだ。
増戸(ますど)さんのマネキン。
路地(ろじ)さんのマネキン。
松笠(まつかさ)さんのマネキン。
路地(ろじ)さんのマネキン。
襟峯(えりみね)さんのマネキン。
小暮(こぐれ)さんのマネキン。
剛力(ごうりき)先生のマネキン。
不破(ふわ)さんのマネキン。
長鳩(ながばと)さんのマネキン。
上田(うえだ)さんのマネキン。
どれも肝心な部分が破損していて、マネキンとしてとても役目を果たせそうにない。
マネキン生命を絶たれた、ただの廃棄品が、十体も揃ってしまった。
「マネキンの老朽化が進んでるなあ、もう全部廃棄だな!」
「五年でこんなにぼろくなるんですね……。」
「まあ、毎年派手に着飾られるし、貸出先でも割と乱雑に扱われてるんだと思うけどね。」
「年に一度だけですもんね。」
「マネキンシステムは今年で終了だな、いちいち持ってくるの面倒だし、危ないわ。」
「確かに、今日だって一歩間違えば怪我した人もいたはずですよ。」
「二部からはマネキン持ってくるのやめにしよう!」
「じゃあ、二部以降参加の人たちに伝えてきますね!」
思いがけない問題発生に、スタッフ間に緊張が走っている。
カンニングペーパーに目を通す司会者も、少し緊張した空気を気にしているようだ。
「あの、マネキンじゃなくて人でも、この紙読んでいいんですよね?」
「はい、そのままでお願いします!」
「はい、じゃあちょうど10:00になりましたんで、お願いしまーす!!!」
増戸さん。
路地さん。
松笠さん。
襟峯さん。
小暮さん。
剛力先生。
不破さん。
長鳩さん。
上田さん。
……路地さんの奥さんが、走ってきた。
「あーん、間に合った!?」
「あった、あった!」
役者は揃った。
名誉?の破損によりステージに立てなかったマネキンのかわりに、人間があつまったのである!
いつもならば、十体のマネキンが並ぶこのステージに、人間が十人並んでいるのである!
十人が並ぶステージに、司会者が飛び出した。
≪≪はーい、どうもー!ようやく、全員、揃いましたー!≫≫
市民が待ちかねた、一大イベントが始まった。
ステージを囲む、大勢の市民。
会場には、イベントを楽しむ、市民が溢れている。
今年も、事故さえなければ、大成功に終わるはずである。
≪≪ありゃ、今年はマネキンじゃなくて、動きますね!≫≫
毎年マネキン相手に一人漫才をしている司会者は、やけに楽しそうだ。
いじられている路地さん夫妻がやけに輝いて見える。
「……やっぱり生きてる人間にステージに立ってもらった方がいいなあ。」
「いやいや、前は人前に立ちたくないって人も多かったんだよ、嫌がる人もいるんじゃないかな。」
「大丈夫でしょ、たぶん。」
≪≪大きなくまさんにつぶされちゃったそうですよ!!≫≫
≪≪アハハハハハ!!!≫≫
「大丈夫じゃないのはこっちだぞ……。」
盛り上がるステージの奥では、腕を組んでマネキンを見つめる、スタッフたち。
「マネキンの廃棄も大変だぞ、こりゃ……。」
「企画考えた人、絶対に廃棄のこと考えてなかったよねこれ。」
「各企業さんで廃棄してくれると助かるんですけどねえ……。」
十体の廃棄マネキンを前に、残り190体のマネキンをどうしたものかと頭を抱えるスタッフたち。
「まあ、とりあえず、廃棄マネキンはここに全部あつまったんだ。これ以上廃棄品が増えないよう、各企業に注意を促して来てくれ。頼んだぞ!」
「「「「はい」」」」
一人、二人、三人、四人……。
少しがさつでうっかり者のスタッフが会場内にバラけていく。
五人、六人、七人、八人……。
青年、中年、壮年、老年、いろんな年代のスタッフが会場内にバラけていく。
「あ、次のカラオケの皆さんいれてー!」
「はーい!」
九人目は参加者を呼びに向かった。
スタッフがたくさんいたテント内には、壊れたマネキンだけが置かれている。それを見ていた、部長だったが。
「阿笠さん!ちょっと機材のエラー出ちゃって!こっち来て下さい!」
「おわ!今いきます!」
あれほどたくさんのスタッフがいた、テント内。
最後の、一人があわただしく、飛び出した。
……そして、誰も、いなくなった。
土下座しますので、勘弁してください(。>д<)
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