手紙
「お疲れさまー、…あれ、間宮君は?」
「なんか急に用事ができたとかで、俺がピンチヒッターで入ってるんだわ!」
「うわ、マジか…渡さないといけないもんあったから持ってきたのに……。」
水曜、バイト先のコンビニに行ったら、いるはずの人がいなかった。
今日のシフトは茅ヶ崎さんと間宮君のはずなのに、茅ヶ崎さんと大川さんがいたのである。
「なに、渡しといてあげようか?あたし明日も出勤だし。」
「うーん、大切なものだし、ちょっと…。」
ベテランパートの千ヶ崎さんの申し出に、躊躇する私が、いる。
このバイト先には、共有のロッカーはあるものの個人用の棚のようなものは存在していない。私物を置くことは一切禁止されているし、そもそも置くようなスペースもない。共用のハンガーに個人用の制服がずらりとかけられているものの、ポケットのようなものはついていないので手紙をおいていくことは難しい。
「大丈夫よ!ほら、手に書いといたから!絶対渡してあげる!」
私は明日から就職先の研修に行ってしまうので…今日茅ヶ崎さんに頼まなければ、間宮君に手紙を渡すことができない。
手紙はなるべく早急に渡さなければならないので、旅行後に渡すという手段は取れない。…仕方がない、頼むか。
茅ヶ崎さんに手紙を託すことにした。
「これ、絶対に間宮君に渡してね、お願いだから。…読まないでよ?」
「分かった分かった!安心して旅行に行ってらっしゃい!」
一週間後、研修旅行から帰ってきておどろいた。
「もう!やっと帰ってきた!今日ね、間宮君来るよ!良かったね!!」
「あ…お疲れ様です。」
「……お疲れ。」
茅ヶ崎さんがやけにニコニコしている。
他の従業員がやけに変な顔をしている。
私の今日のシフトは17:00-21:00、坂本さんと江田さんは午前中のシフトなので17:00上がり、間宮君と大川さんは21:00に出勤してくる。
「茅ヶ崎さん、手紙間宮君に渡してくれました?」
「渡したよ、ちゃんと!見てないからね!!間宮君、すごく……嬉しそうだったよ。」
ははーん、手紙……見たんだな。
その日、仕事中の茅ヶ崎さんのうるさいことといったらもう。
間宮君、イモっぽいけど芯のあるいい男だよね。
間宮君ね、岩本さんが就職しちゃうから寂しそうだったよ。
私ね、愛するもの同士が就職で引き裂かれるのってないと思うの!
間宮君から聞いたよ、切ない恋をしているんでしょう?
全然知らなかった、ねえねえドコまでいってるの?
「おつー!!あ、岩本さん、ありがとねー!」
「おお、間宮君。どうだね、役立ったかね。」
夜九時五分前、間宮君がやってきた。
相変わらずのチャラ男っぷりとイモっぽさが目に余るな…まあ、会うのは今日で最後だけどさ。
「……どうよ、なんかめっちゃこの店の中、うちらのこと疑ってる人多くてウケる。」
「あのババア…ホント食えねえな……。」
私と間宮君がぼそぼそと話をしているのを見てニヤニヤしている中年女性…がいる。明日以降、店の中におかしな話題が吹き荒れることは明らかだ。
私が間宮君に渡したのは、強烈なラブレターだった。
愛する者への思いを綴った、別れなければならない悲しみを大げさに文字にした便せん8枚もの超大作。
「なに、千ヶ崎さんに声高々に語ったんだって?私への愛www」
「フッ、岩さんが泣きながら俺と別れたくないってあの婆さんに抱きついたらしいぞwww」
私は研修旅行後、地元を離れて就職先に引っ越すことが決まっているので…多少問題が起きてもまあ、大丈夫かなと思ったんだけどさあ。
なんていうか、やじ馬根性というか、噂好きというか、知りたがりというか、首ツッコミたい症候群というか……ホントすごいわ。
自分だけが知ってることを、吹聴したくてたまらないんだろうなあ……。
自慢げに話せて、めっちゃ満足してるんだろうなあ……。
「じゃ、お疲れさまでした!岩本さん、新しい土地に行っても、元気に過ごしてね!またすぐに…彼氏に会いに来るとは思うけど!またね!」
「「「お疲れでーす。」」」
9:00の時報とともに、千ヶ崎さんは店を出ていった。
「岩本さんなに、間宮君と付き合ってたの?千ヶ崎さんが言ってたけど。」
「違う違うwwwあの人ね…私の手紙を読んだんだよ、間宮君に渡したやつ。」
「劇団の舞台で使いたいからって頼んだんだけどさ、それを勝手に読んであのおばさんが勘違いしたんだ。」
間宮君はちゃらちゃらしているが、実はわりと真面目な劇団員をやっていたりする。
一回チケットをもらったので見に行ったら、意外にも硬派な演技をするので驚いたんだよ。だがしかし…なんていうのか、合わない台本をやっている感じがしたんだな。真面目な人物をやったらめちゃめちゃ輝きそうなのに、軽薄な役ばかりやっていて、気になってしまったのだ。
昔演劇をやっていたこともあって、ちょっとおせっかいを焼きたくなってしまったのだなあ……。
―――ねえねえ、これさあ、ちょっと演じてみない!!素人の書いた短編だけど!
―――マジで!!やるやる!!
旅立つ若者の苦悩を書いた一人舞台の脚本を手渡したところ、意外にも好感触だった。
所属している劇団の公演でぼちぼち高評価をいただいたそうで、少しボリュームをアップしたいという要望をいただいたのだな。恋人の声を当ててくれる女優さんが見つかったというので…急遽手紙部分を追加で書かせていただいたのだ。
引っ越しまでに間に合えば渡すという話だったので、間に合ってよかったねって電話をしたんだよ。私が研修中に読みあわせをして、無事週末の舞台に間に合う見込みらしいんだけどさ。
「そもそもさあ、ちょっと考えたらわかりそうなもんじゃん、今どき手紙でwwケータイあるのにww」
「あの世代はさあ、手紙に思い入れがあるんだろ。」
勘違いも甚だしいが…まあ、明日私は店長と一緒に最後のアルバイトをすることになっているので…、誤解は解けると思われる。店長は一緒に間宮君の舞台見に行ったくらいだから、恐らく大笑いしてくれるはずだ。
「明日店長に舞台見に行くようお願いしとくね。私見れないからさあ!まあ、ガンバッテちょうだいwww」
「がんばるわ!岩さんも頑張れwwwお疲れ!」
……チャラく別れた日のことを思い出すなあ。
時折CMで見かける中年のおっさんには、いまやチャラさの欠片も見当たらない。間宮君はやけに落ち着いた、そこら辺の真面目なおっさんっぽい演技をする人物になったんだよねぇ……。
ずいぶん時間がたち、あの頃アルバイトしていたコンビニは今中華料理屋になった。私は遠く離れた地で…、テレビを見ながら昔の出来事を思い出すにとどまっている。
あの日騒いだ皆さんは、今頃何をしていらっしゃるのだろうか。
みんな連絡先もわかんないしなあ…。
いや、間宮君は、タレント事務所が分かるからメールは送れるか。
……そうだなあ、今度は間宮くん宛に、ファンレターでも書いてみようか。フフ、ちょっと情熱的に…書いちゃお!返事来るかな?
私は、懐かしいキモチを胸に、文字を綴りはじめたのであった。
知り合いがテレビに出ると うひょー!!! って思ってしまうのはおそらく私が田舎もんだからですね、はい。
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