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僕のペット

僕のペットはめっちゃ可愛いんだ。

つやつやの毛並み、美しい泣き声。

買ってきたばかりの頃は本当によく泣いてね、僕の耳に癒しを与えてくれてたんだけど、最近めっきり泣かなくなってしまった。

…このまま泣かなくなってしまうんじゃないだろうか。


心配になった僕は、出張人医に見てもらうことにした。

人医は何やら僕のペットの中に出入りしていたが、やがて少しばかり険しい様子で僕に告げる。


「うーん、ちょっとね、心が壊れかかってますね、薬だします?」

「また泣くようになりますかね。」


うちに来た当初はあんなに泣いていたのになあ。


「うーん、この子はね、もともと泣きにくい子なんですよ。ずいぶん心が強い。とはいえ、ここに来たばかりで心細くて泣いていたようですがね…。」

「せっかく地球から直輸入したのに!!何とかなりませんか!!!」


二年待ってやっとうちにお迎えしたのに!!


「よくかわいがることもいいんですけどね、やはり人ってのは飼育が難しいんですよ。」

「でもマニュアル通りに朝晩のごはんは欠かしていないし、お湯にも入れていますし。」


一回間違えて水につけちゃったこともあるけどさ。


「あんまり構い過ぎても泣かなくなるし、ちょっと孤独を与えてみたらどうですかね、しばらくご飯の時間以外は閉じ込めるとか。あんまりやりすぎるとかわいそうですけど。」


ええー、閉じ込めるとつまんないじゃないか。


「つがいを与えてみるとか?」

「いやいや、それこそ難しいですよ、いきなりケンカし始めて、殺し合いを始めることもあるんです。」


そうだな、つがいの申し込みをしたところでまた二年待ちだもんな。…閉じ込めるか。


「わかりました、閉じ込めて様子を見てみます。」

「お大事に。」


最近民間でずいぶん人気を呼んでいるのが人飼育。

地球に運行許可が出てから、生命体飼育が大ブームなんだ。

命というものを持たない僕たちにとって、生命というものは非常に不思議で、憧れがある。

ただ存在し続けるものであるはずの思念体が、生命活動をする体に宿る神秘。

なぜ、地球人だけがそのような二段階存在活動をするのか、宇宙でもかなり議論になっていたりしてだね。


―――ええーん、えーん、えーん・・・。


ああ、いい声で泣き出した。よかった、久しぶりに泣いてくれたよ。

久々に泣いてる気持ちは、どんな感じなのかな。ちょっと乗り移ってみようかな。

僕は思念体の指をそっとペットに突き刺した。…思念体は肉体ではないからね、突き刺しても人の体に傷はつかないんだ。

けど、あんまり突き刺しすぎちゃうと人の心が壊れてしまうから、一日一回までなんだって。


ペットの思念が僕の指先から流れ込んでくる。

ああ、これは。

僕のうちに来る前の記憶かな。


いつものように建物の中に入っていったら、目の前に思念体が待ち構えてて…光を浴びたら二体になったんだ。

突然自分が二人になって驚いたペット。片方は捕獲されて、片方は記憶を消されて地球に残っているはず。


肉体は思念体と違って固形物の塊だから…ちょっとだけ、拝借することができるんだ。

人の体はさ、電子がめっぽう詰まって構成されてるから、多少抜いたところでばれないんだよね。

まだ地球上では素粒子間の結合をほどく理論が確立されてないらしいから…まだまだ僕らの悪事が見つかることはないと思うけど。

人間が壁をすり抜ける確率もゼロじゃないとか言ってる位だからね。


ペットは何で自分はここにいるんだろうと思って泣いているようだ。はは、僕に会うためにここに来たんだよ!

ちゃんと命がなくなるまで僕が可愛がるから、安心してね!

指の先から流れ込んで来るのは、空かな?水色、オレンジ色…。僕の星とはかなり違う色合いだ。

僕の星にはペットの世界とは違って夜がない。黄色い空に、虹色の土。ま、外に出したら死んじゃうから連れて行く予定はないんだけど。

ペットの記憶を見るのは本当に楽しくて…時間をついつい、忘れちゃうなあ…。



「あーあ、心も真っ黒になっちゃってますよ。これじゃ涙は流せませんね。もう廃棄しかない。」

「ええ!!そんな!!一生懸命閉じ込めてご飯も減らしたのに!!」


あれからしばらく調子よく泣いていたのに、急に泣かなくなったペットを心配して人医を呼んで診てもらったら容赦のない言葉が返ってきてしまった。


「貴方ずいぶん心のぞきましたね?乗り移るのは一日一回までって聞いてるでしょう、何でそんなに無理させたんです。」

「思い出の中の親を思い出させるとよく泣いたんですよ…。」


親と思われる生き物の記憶を無理やり引きずり出すとよく泣いたんだ。最近では何を思い出させてもまったく泣かなくなってしまった。


「どうします、このまま泣かない状態で最後まで飼いますか、それとも思念体抜き取ります?抜いたところでこれだけ闇落ちしてると怨念化すると思いますよ。」

「地球に返してあげることはできないんですか。」


人飼育に失敗したら、自然に帰してあげようって言う団体がいたような記憶があるんだけど。ボランティアが地球の森にはなってくれるんだって。


「一度飼われた人が再び地球で生きていけると思ったら大間違いですよ。食べるものも自分で探さなきゃいけないのに、こんな心がつぶれてちゃ。ムリムリ、飼い続けるのが飼い主の責任だと思います。」

「でも泣かないのに飼い続けるなんて…。」


泣かないなら、泣くやつを新しく飼いたいじゃないか。


「じゃあやっぱり廃棄でしょうね、廃棄便に乗せるなら、連れて行きますけど。」

「そうですね…じゃあ、お願いします。」


人医がかばんにペットを入れると…。


―――えーん、えーん…。


ひときわ高い声で、ペットが泣き始めた!!これはいったい?!


「泣いてるじゃないですか!!あんた何したんだ!!返してもらおう!!」


泣くんだったら手放すはずないじゃないか!!


「ああ…すみません、そういえばかばんの中に思念体抜き取った奴入れっぱなしだった。…もしかして、思念体の抜けた人間を一緒にすると、泣くようになるのかも?」

「そうなんですか?!じゃあその思念体の抜けた抜け殻、譲って下さいよ。」


幸いペットケージに余裕はある、もう一体くらい…ベッドの横に置いとく余裕はあるからな。


「いいですけど、腐りますよ。腐り始めたら早めに焼却して下さいね。」

「分かりました。」



「最近全然泣かなくなったなあ…。」


思念体の抜けた人間を横に置いたら、しばらくよく泣いていたんだけど、腐ってきたあたりから泣く回数が減って、仕方ないから腐ったのを焼却処分したんだけどさ。

そしたらおかしな声を上げるようになってきたんだ。


―――あは、あはあはあはははははは!!!


明らかにおかしい。こんな気味の悪い声は我慢がならない。あんなに綺麗な声で泣いていたというのに。

人医は呼ばないことにした。治ったとしても、この不気味な声を発することが判明した時点で、もう手元には置いておきたくない。


「じゃあ、お引取りしますね。」

「よろしくお願いします。」


結局僕はボランティアに頼んで、地球行きの船にペットを乗せることにした。

自然あふれる森の中にはなってくれるというし、きっとこいつも幸せになれるだろう。


共通ゲージの中には20体ほどの人間が詰まっていた。

へえ、ずいぶんいろんな色形のがいるな。

僕のペットをケージの中に放つと、ペットが勢いよく泣き出した。


―――えーん、えーん、えーん!!!


それにつられたのか、他の人間たちがいっせいに泣き出した。


―――えーん、えーん、えーん、えーん、えーん、えーん!!!

―――えーん、えーん、えーん、えーん、えーん、えーん!!!

―――えーん、えーん、えーん、えーん、えーん、えーん!!!

―――えーん、えーん、えーん、えーん、えーん、えーん!!!

―――えーん、えーん、えーん、えーん、えーん、えーん!!!

―――えーん、えーん、えーん、えーん、えーん、えーん!!!

―――えーん、えーん、えーん、えーん、えーん、えーん!!!

―――えーん、えーん、えーん、えーん、えーん、えーん!!!


「はは、大合唱ですね。」

「いい声でしょう、私この声が聞きたくてボランティアやってるんですよ。」


…僕もボランティアやってみようかな。


大合唱がだんだん遠ざかっていく。

僕のところでは幸せになれなかったけど、地球に帰ったら幸せに暮らせるからさ。


僕はいいことをして、とても気分が良くなったので…。


ペットカタログに目を通して、よく泣きそうな奴にチェックをつけ始めたのであった。


まあ、宇宙人はこんなに目立つ格好で地球上を闊歩してるとは思えないんですけどね。

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