ラジオ体操
夏休みが始まりました。
しかし、ケンジはゆううつです。
なぜなら、毎日ラジオ体操に行かなければいけないからです。
せっかくの夏休みなのに、どうして学校がある時よりも早く起きなければいけないのか、納得できないのです。
「ケンジ!!早く起きなさい!!顔を洗う時間なくなっちゃうでしょ!!」
「う、うーん、わかった、起きる…起きるから」
毎朝六時に起こすお母さんも、少しイライラしているのでたまりません。
眠くてたまらないのに、起きないと怒られてしまいます。
閉じそうになる目を無理やり開けて、ばちゃばちゃと顔を洗って、歯をみがいて、トイレに行って着替えると、いつもご飯を食べる時間が無くなってしまいます。
「ああもう…今日も食べながら行きなさい、はい、スタンプカード!」
トーストをかじりながら、ケンジは一人でラジオ体操に向かうのです。
「あ、ケンちゃんおはよー!」
「ケンジ、またパン食べてる!」
「ヤダぁ、パンくず、ほっぺについてるよ?」
ラジオ体操は、ケンジの通っている小学校の運動場で、お盆まで毎日やることになっています。
毎日スタンプを押してもらって、最終日にごほうびがもらえる事になっています。
ケンジはごほうびが何なのか、気になって仕方がありません。
毎日苦労して早起きをしているのだから、良いものがもらえるに違いないと考えているのです。
絶対に一日も休まずに参加しようと心に決めていました。
「はい、今日のスタンプね!」
「ありがとう」
スタンプは日替わりになっているので、ずるをすることはできません。
ごほうびをもらうためには、地道にまじめにラジオ体操に行くしか方法はないのです。
「あー、明日からお盆までずーっと雨降らないかなー!」
「そしたらもう早起きしなくていいのにね」
「それじゃあ、プールに行けなくなる!」
「朝だけ雨がふればいいんだよ」
ケンジは、朝早くから友達と話せることはうれしいと思っていました。
眠いのはパンをかじりながらクツをはくまでで、学校まで来てしまえば目が覚めているからです。
《それではりょうてをのばしてー!!》
「「「イチ、ニ、サン、シ!ゴーロク、シチ、ハチ!!」」」
ケンジは、朝早くから大きな声を出して元気に体を動かすことは気持ちが良いと思っていました。
たくさんの子ども達と少しの大人が一緒になって、ラジオ体操をするのはキライではなかったのです。
ラジオ体操を終えて家に帰ったあと、宿題をするのがケンジの日課になりました。
お腹がすくまで宿題をやって、お昼ご飯を食べたあとは、たっぷり遊ぶ時間が取れました。
毎日早起きをして、宿題をして、いっぱい遊んで、夜は早く寝る、規則正しい生活を送るようになりました。
ラジオ体操に通い始めて、五日たちました。
ほんの少し、参加人数が減ったように思いました。
ラジオ体操に通い始めて、十日たちました。
いつものメンバーが、そろっています。
ラジオ体操に通い始めて、二週間たちました。
ほんの少し、参加人数が減ったように思いました。
ラジオ体操最終日が来ました。
「はーい、じゃあ、スタンプカード持ってきてくださーい!」
「一列に並んでね!」
子供会の人と、校長先生、近所のおじさん、おばさん達が、ニコニコとして朝礼台の前に集まっています。大きな段ボール箱の中には、ごほうびが詰まっているようです。
「うわー、何がもらえるんだろう!」
「ケンちゃん皆勤でしょ?いいものもらえるといいね!」
「ぼく旅行に行ったから七つも押せてないんだよね…」
ケンジの順番が来ました。
「お、ケンジ君は皆勤だね!じゃあ、これ、記念品…フルセットね! はい、お疲れさま!」
「ありがとう…」
七日間休んだユウイチ君は、ノートと鉛筆の入った文具セットをもらいました。
三日間休んだジュン君は、文具セットとマグカップをもらいました。
一日も休まなかったケンジは、文具セットと、マグカップと、貯金箱をもらいました。
「うわあ!すごい!!」
「いいなあ、来年はぼくも…」
ケンジは少し鼻が高くなりました。
一生懸命頑張ってラジオ体操を続けてよかったなあと思いました。
ごほうびを家に持ち帰ったケンジは、いろんなことを考えました。
貯金箱に小銭を入れよう。
文具セットの鉛筆を削って筆箱に入れよう。
ノートに迷路を描いて友達にやらせよう。
マグカップで氷をたくさん入れた麦茶を飲もう…。
毎日朝からプールに行こう。
毎日ゲームの対戦をやろう。
毎日パソコンの勉強をしよう。
毎日歌の練習をしよう。
毎日お母さんのお手伝いをしてお小遣いをもらおう。
自転車で遠くの公園に行きたいな。
お父さんに囲碁を教えてもらいたい。
おじさんに釣りに連れて行ってもらいたいな。
いとこにクッキーの作り方を教えてもらおう。
いろいろと夏休みを楽しもうと、計画をたくさん立てました。
宿題はラジオ体操に通っている間にすべて終わらせることができたので、あとは思いっきり遊ぶだけで良かったのです。
「ケンジ!!起きなさい!!」
「ラジオ体操、ないでしょ…寝させてよ」
ケンジは、眠いので起きるのをやめました。
「ケンジ!起きなくていいの?!」
「夏休みなんだから…いいでしょ」
ケンジは、朝寝坊をするようになりました。
「ケンジ!!いつまで寝てるの!!」
「宿題は終わってるんだから、いいでしょ…」
ケンジは、昼過ぎまで寝るようになりました。
「もう、毎日ダラダラとして!!」
「明日は出校日だから…ちゃんと、起きるよ…」
ケンジは、毎日何もしないでぼんやり過ごしました。
「ちょっと!!明日から学校だけど?!持ち物の準備できてるの?!」
「うん…明日の朝から、ちゃんと起きる…準備は、夜、やる…」
たくさん遊ぶ計画を立てたものの、ケンジは結局一つも実行することができませんでした。
八月三十一日、ケンジは、真っ白なノートと、削ってもいないえんぴつ、ピカピカの貯金箱を見ながら、来年はもっと充実した夏休みにしたいなと思いました。