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ホウレン草がたらふく食べたい
私のお母さんの作るごはんは、美味しい。
ゴージャスではないけど、美味しい。
たまに焦げても、美味しい。
毎日何が出てきても、美味しい。
とにかく、美味しい。
高校の三年間と、専門学校の一年間、そして就職した今も、毎日お弁当を作ってもらっている。
おにぎりが二つと、おかずのつまったお弁当箱。
ずっと変わらない、定番のお弁当。
おにぎりはゆかりおにぎりと、ふりかけおにぎり。
ふりかけはお母さんの気分次第で、毎日日替わり。
市販のアニメのキャラクターふりかけが多いけど、たまにしっとりした混ぜご飯タイプのものになることもある。
二つのうち一つは、絶対ゆかりおにぎり。
ご飯に混ぜ込まずに、表面に振りかけるのがお母さん流。
おかずのつまったお弁当箱の中身は、もちろん日替わり。
たまに冷凍食品も入る、適度に手のかかっていない、でも美味しいお弁当。
たまに野菜炒めがそのままドカッと入っている、豪快でおいしいお弁当。
たまに豪勢になるのは、弟のお弁当と重なった時。
お母さんは、学校行事の時にはりきってお弁当を作るタイプなのだ。
小さい頃は、かわいいキャラ弁当が大好きだった。
遠足の度にみんながうらやましがって、鼻が高かった。
小さい頃から、お出かけの度に作ってくれるお弁当が大好きだった。
天気のいい日にお弁当を持って出かけるのが、楽しみだった。
たくさん、たくさん、お弁当を食べてきたけれど。
一番好きなおかずは何かと、聞かれたら。
私は、迷うことなく、ホウレンソウのバター炒めを主張する!
高校生の頃、炭水化物抜きダイエットをしていた時期があった。
その時、お母さんはおにぎりの代わりに、ホウレンソウのバター炒めをお弁当に詰めてくれた。
二段重ねのお弁当箱を用意して、ひとつにホウレンソウのバター炒め、ひとつにたんぱく質多めのおかずを詰めてくれたのだ。
鶏肉のステーキ、豆腐の甘辛焼き、サバみそ、ちくわとチーズのグラタン、筑前煮、卵焼きにキッシュにブロッコリーサラダにスナップエンドウのペペロンチーノ……。
どのおかずもおいしかったけれど、とびきり美味しかったのは、ホウレンソウのバター炒めだった。
たっぷりのほうれん草の中に、ちょこちょこ顔を出しているベーコンの切れ端。時折明るい色で輝いているのは、コーンの粒。たまに玉ねぎやニンジンなど、他の野菜が混じることもあった。少し薄味の、コショウが効いた、ほうれん草の味そのものを堪能できるスペシャルメニュー。
いつまでも、その美味しさを、毎日味わえると、思っていたのに。
ホウレンソウのバター炒めとご飯が入れ替わったのは、専門学校に入った時だった。
資金的にきついのと、朝から茹でるのがめんどくさいという理由で、夢のほうれん草パラダイスが消えてしまった。
冷凍のほうれん草を使う事も、生のほうれん草を使う事もあった。
けれど、いずれも、家計を圧迫する要因になってしまったのだ。
今でも時折、お弁当の中にホウレンソウのバター炒めが入ることは、ある。けれど、かつてのように、お弁当箱いっぱいに、みっちりと詰まる量は、ない。
たまにほうれん草のバター炒めが入っていると、大事に、大事に、最後のお楽しみとして、口に運ぶ。
美味しくてたまらない、お母さんのお弁当。
その中で一番美味しい、ホウレンソウのバター炒め。
……食べたい。
……食べたくて、仕方がない。
……食べたくて食べたくて、我慢が……できん!!!
「ちょ!!!何これ!!!はあ?!業務用の冷凍ホウレンソウて!!ブロックベーコン?!ナニこのバカでかいコーン缶は!!!」
「いいじゃん!!明日仕事休みだしさあ、あたしほうれん草のバター炒めたらふく食べたくって!!!作って欲しくて業務スーパーで買ってきた!」
最近お弁当にホウレンソウのバター炒めが入ってなくってさあ!!
ついつい不満が爆発しちゃったんだよね!
私の買ってきた段ボールいっぱいの食材を見て、お母さんが目を白黒させている。いつ見ても愉快な人だ。
「ちょ、こんなん冷蔵庫入んないんだけど?!あのね、いくら食べたいからって量が多すぎ、こんなん食べ切れると思ってんの?!」
「余ったら明日一日かけて食べるからさあ!晩御飯にしてよ、部屋掃除しとくし!!!」
掃除が苦手なお母さんは、部屋の片づけを申し出れば大概の願いを叶えてくれるという事を私は知っている。
「グぬぬ…作ったるわ!!!」
ホウレンソウって、火が入ると本当に小さくなるんだね。
私は料理ができないから、全然知らなかった。
一キロのホウレン草をすべて使ったというのにボウル一杯分にしかならなかった。
今度は二袋買ってこよう……。
牛丼と豚汁、ブロッコリーサラダに納豆オムレツ……、すでに用意されていた晩御飯に、追加で作ってもらった、ボウルいっぱいのほうれん草のバター炒め。
仕事から帰ってきたお父さんと、部活から帰ってきた弟に取られないよう、自分の前において、抱え込むようにして一心不乱に、食べる。
……ウマい。
……しみじみ、美味い。
……めちゃくちゃ、うまい。
あまりにも美味しいので、最近覚えたお酒を飲みたくなった。
これは……、ワインに合うかな?
いやいや、スピリッツを炭酸で割って爽やかに行くべきだ。
お母さんとっておきのシャンパンをこっそり持ってこようかな。
キッチンに向かい、冷蔵庫を開けて、お酒を選ぶ……。
お母さんはデザートのティラミス作りに忙しそうだ、よーし、シャンパン持ってっちゃお!
グラスと瓶を持って、自分の席に戻ると……げ!!!
「ちょっと!!なんであたしのホウレンソウこんだけしかないの!!!あたしが作ってもらったのに!!!」
「も~、お姉ちゃん独り占め、ダメダメ!!!みんなで仲良く分けあって美味しい晩御飯食べようよ~!」
「かなりおいしい!」
あたしのホウレンソウが!!!
食い物の恨み、許すまじ!!!
「も~!聞いてよ、お母さん!!お父さんとシュン君がひどい!!!あたしのホウレンソウ食べた!!!」
「そう言うアンタが今ぐびぐび飲んでるのは……いったい何だね!!!しかも私のごはん!!アアア、もう全然残ってないじゃん!!リクエストに応えるといつもこれだよ!!あーも―!!!」
ああ、やばい。
お母さんがお怒りだ。
あんまり怒らせると、お弁当が漬け物だらけとか一面ゆで卵とかシュウマイ三種類詰め合わせとかパイナップルハンバーグとかミックスベジタブルオンリーとかやられちゃうからなあ……。
「うーん、ごめんごめん!シャンパン美味しいよ!ほらここに汁しかない豚汁あるし!一緒に美味しいご飯食べようよ♡」
私はお母さんの茶碗に、ご飯を大盛りにして、そっと手渡したのだった。
ほうれん草、うまいよね!!
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