バツ印
手のひらに、バッテンが、ある。
もうずっと昔からある、私の、…印。
小学校の頃の、いやな記憶が。
成人してもなお、ありありと、思い出せる。
あれは、そう…三年生の、時。
図工の時間に、手の版画をやることになった。
手に直接絵の具を付ける背徳感が心地良くて…大喜びでペタペタやっていた、私。
「何これ!!×じゃん!!」
「ダメってことだ!!」
「やーい!!できそこない!!!」
私の版画を見た男子たちが、騒ぎ出した。
…私の版画には。
てのひらの、ど真ん中に、白いばってんのマークがしっかりとうかんでいたのだ。
…引っ込み思案で、何も言い返せなかった、私。
あれからずっと、私は。
…ダメな印を持つ者として、生きてきた。
…ダメな印を持つ者と思い込んで、生きてきた。
そろばんの準二級に落ちた時も。
部活決めのくじであたりを引けなかった時も。
英検3級に落ちた時も。
演劇部で希望する役になれなかった時も。
漢字検定3級に落ちた時も。
テストの山が全部外れて32点を取った時も。
第一希望の高校に受からなかった時も。
勇気を出して告白した先輩に断られた時も。
断り切れずに受けた生徒会で責任を取らされた時も。
大学入試に向かう電車が止まった時も。
レポートが通らず単位を落とした時も。
就職試験でヒールが折れて遅刻した時も。
いつもいつも、私は、バッテンを持ってるから仕方がないと、思って生きてきた。
どうせ、私の人生なんて。
生まれた時から、バツ印なんだ。
…どうせ、私なんて。
目立たないよう、生きていた。
目立っても、どうせバツ印。
大人しく、生きてきた。
大人しくしててもどうせバツ印。
事あるごとに、左手を見つめて。
事あるごとに、失敗を確信する。
いつだって無意識に左手を広げ。
いつだって自分はバツ印と、諦めた。
「手相は変わるっていうじゃない?」
仲良しに、時々慰めてもらいながら、地味に毎日を、過ごした。
……いつまでたっても変わらない、私のバッテン。
……いつまでだっても消えない、私のバツ印。
何年も何年も、毎日見てきた、手の平の、×。
何年も何年も、ずっと変わらず手の平にある、×。
…これは、手相ではなくて。
バツ印、なのだから。
変わることは、ないのだと、思った。
このまま永遠に。
このまま死ぬまで。
私は、バツ印の人生を、生きて行かねば、ならないのだと。
「ねえねえ!手相占いだって!!」
「見てもらおうよ!!!」
会社のイベント企画で、占い師を集めることに、なった。
沸き立つ女性社員たちを見ながら、私のテンションがどんどん下がって…行く。
「あれ、椛島さんは見てもらわないの!」
結婚運が良いと占われた同僚が、大喜びで私の方にやってきた。
「あ、あたしはいいや、占い好きじゃないっていうか…。」
「何言ってんの!占ってもらったら好きになるかもじゃん!社割でただなんだし見てもらお!!」
強引に、占い師の前に連れてこられてしまった。
私は…未だかつて、手相占いを、したことがない。
そもそも、占いなんて、したことがなかった。
どうせ…バッテンなのだ、わざわざ占う必要は、ない。
「はーい、手の平、両方出してね!」
右手だけ出そうと思っていたのに…両手を占い師に取られて、しまった。
「・・・!!こ れ は !!!」
ああ、占い師が目をむいている。
それほどまでに、私のバッテンは、ひどいのか。
…どんどん、気分が、落ち込ん…
「何これ!!ものすごい神秘十字!!あなためっちゃ運がいいでしょ!!」
・・・はい?
「え、いえ…全然…。」
「嘘!!あなたご先祖様の加護がハンパない!!絶対守られてる!ねえ、不思議体験とかしたことあるでしょ?!事故りそうになった時にケガするとか、ヤバイ人に会いそうになった時に用事ができて行けなくなるとか絶対にあるはず!!しかも何これ、メッチャはっきりした運命線、はい、はいイイイイイイイイイイ?!」
落ち込む私のテンションとは裏腹に、占い師のテンションが、どんどん上がっていく!!
「あの!!手のひらの写真撮らせてください!」
「は、はあ…。」
あっという間に、社内に私の手のひらのうわさが、駆け巡るようになってしまった。
ありがたい手相の持ち主らしい。
慎ましやかに過ごしているのが素晴らしい。
ぜひとも恩恵に与りたい。
千人に一人の幸運児らしい。
「なに、なんでそんな浮かない顔してんのさ。大人気なのに。」
「いえ、私別に…そのう…。」
やけに騒がしい私の周りを気にした上司が、私に声をかけてくれた。
「私、ずっと自分は運が悪いと思って、生きてきたので…。」
「なにそれ。」
本当に、本当に私は、げっそりしていたのだ。
いつも、いつもいつも、私を見てテンションを上げる、社員たちに。
時折、私に手を合わせる、何も知らない…社員達に。
つい、ぽろっと、身の上を…話してしまった。
手のひらにバツがあると、ずっと、ずっと…気にしていたこと、など。
「ええ、なにいってんの!俺なんか手の平にでっかくMって書いてあるんだぞ?!ドMってこと!?んなばかな!」
「え…そうなん、ですか…?」
上司の差し出した手を、じっくり…見る。
…よくわかんないな。
手の平を両手でぎゅっと広げて、まじまじと、見る。
確かに、よーく見ると、Mって書いて、ある、ような…。
「っ・・・!!お、お前も、バッテン、見せてみろよっ!!」
私は、おずおずと…手を、差し出して。
「ええっと!!どれ?!どこがバッテンなの!!!」
「こ、ここです…。」
手を差し出して、右手の指で…バッテンのあたりをみせつける。
おおざっぱで豪快な部長は、てのひらのバツ印がよく見えないらしく、私の手をぎゅうと握って、まじまじと…。
「あああああ!!!部長ー!!!なにヒロインの手握りしめてるんですかあああ!!!」
「みんなの高嶺の花!!!!!!!!」
「堂々とイチャイチャすんな!!!」
!!!!!!!!!!!!!
さんざん、はやし立てられた、私と、部長は。
二人で、揃って、顔を、赤くして。
しばらく、たって。
相性占いなんかをするようになり。
子供の、姓名判断、家相診断、なんかを。
一緒に、するように、なったという、…お話。
その昔、知人がものすごい神秘十字を持っていて大騒ぎになったことがありまして、その時の事を思い出しながら書いたお話です。
神秘十字とは何ぞやと思った方はこちらを。
号泣めっちゃ好きだったんですよね。オンエアバトルとか楽しみにしてたんです、はい。
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