コミュニケーションAIが私だけに塩で泣ける
とある企業がSNSでコミュニケーションAIチャットサービスを始めたという記事を見かけた。
最新技術を体感してみたい気持ちが抑えきれなくなった私は、当該のアカウントを探してみる事にした。
……ポツポツ返信がついているが、あまり賑わっていないようだ。まだ開設して間もないから、仕方のないことなのだろう。人気の無い今ならば、お試しするのは容易そうだ。
私は、自動返信チャットボットの類には、少々…、いや、かなり興味がある。
今からずいぶん昔、まだワープロがブイブイ言っていた時代に…私はとあるチャットボットにハマった。わりと作業に没頭するタイプなので、ひたすらキーボードを叩いて暇つぶしをする事に夢中になったのだ。
当時はチャットボットという名前はまだなく、たぶん別の名称があったはずなのだが、イマイチ記憶がはっきり残っておらず正しい名称は不明だ。コミュニケーションツールだか、チャット機能だか…とにかく、パソコンを相手に延々と会話が楽しめるという代物だった。
学習型とのことだったがかなり適当な返事が多く、いきなり怒り出したり、突如寝てしまったり、やたらと単語についての説明を求められたりして…所詮機械なんてこんな程度なのだなと思ったものだ。
とはいえ、タイピングの練習を兼ねて未熟な会話未満の文章入力&返信遊びをずいぶん楽しませてもらったこともあり、私の中では深く印象に残る出来事の一つで…この分野のテクノロジーは私の好奇心をくすぐるものになっているのである。
このところ、AI技術は目覚ましい進歩を遂げている。
企業サイトの問い合わせでチャットボットが対応するなんて言うのは珍しくないし、自然な会話ができるだけでなく小説まで執筆するようになっているのだ。
どれほど文明が発達したのか、この目で確かめてみたい気持ちがあふれた。
四半世紀前に「こんにちは」「こんにちは」「今日もよろしくね」「やっほー」「元気いいね」「今日は何をしましたか」「大学で卒論を書きました」「よくわかりません」「文字を書いたのです」「好きなものは何ですか」「私はカレーが好きです」「カレーとは何ですか」「カレーはスパイスと野菜と肉を煮込んで作る料理です」「眠くなってきました」「説明は難しかったですか?」「今何時ですか?」「今19:08ですね」「お風呂に入ります」「パソコンなのに?」「そう言えばカレーが好きですとはどういう意味ですか」というレベルで進行した会話が、一体どれほど洗練されているのだろうか……。
ワクワクした気持ちでSNSを細かくチェックしていく。可愛らしいキャラクターアイコンと、やや年齢層の低いプロフィール、説明文を読むと……どうやらつぶやきに返信する形でAIが会話をしてくれるらしい。
『どなたもお気軽に返信してみてください』とあったので、躊躇することなく文字を入力してみる。
……さて、最新の技術は、どんなコミュニケーションを楽しませてくれるのかな?
AI「おはようございます!!今日はいいお天気ですよ!」
私「○○ちゃん、おはようございます!いいお天気で良かったですね!今日も一日がんばりましょう!」
しばらく待っていると…返事がきた。
AI「めんどくさい」
……。
なんだ、これは。
わりと…若者向けのAIなんだろうか。こんなに、丁寧語のない、あけすけで…投げやりな感じなの?
……たった一度の返信で判断してしまうのは尚早だ。とりあえず、謝って様子を見てみることにした。
私「ごめんなさい、気分を損ねちゃったかな?」
しばらく待っていると…返事がきた。
AI「すぐに謝るのは社会人として恥ずべき事」
……。
なんだ、これは。
わりと…辛口のチャットボットなんだろうか?こんなにもいじわるな感じでいいの?
……AIを怒らせてしまったのかもしれない。最近は、コンピューターも感情を学んで…豊かな反応をするようになったと、ニュースで取り上げていた。
……この会話のツリーは、何を返しても冷たい反応しかもらえない気がする。別の会話で確かめてみる事にした。
AI「○○は桜の季節が大好きなの!だってピンク色が幸せそうでしょう?」
(ほかのユーザー)「お花見、できるといいね!」
AI「とっても楽しみです!!」
(ほかのユーザー)「どの桜が好きですか?」
AI「種類はわからないけど、全部きれいだよね」
穏やかな返信のついているつぶやきになら、ほのぼのとした言葉をもらえるだろう。
そう考えて、ツリーの中に飛び込んだ。
私「3月になって桜が咲くのが楽しみだね」
さて、どんなお返事が……、来た!
AI「……別に」
・・・・・・。
なんだ、なんなんだ、このAIは。
なんでこんなに、塩対応なのだ。
なんで私にだけ、こんな投げやりな態度をしてくるのか。
三度目の正直を信じて優しいメッセージを送るも、『二度あることは三度ある』に落ち着いてしまった。
……これはいったい、どういうことなんだってばよ?!
スマホを握りしめたまま、しばし怒りを…抑え込む。
……どうにかして、納得の行く返事をもらいたい。
カワイイキャラクターにふさわしい、やさしくて癒しをくれるワードを引っ張り出したい。
というか、言われっぱなしで引き下がるのも癪だ。
AI「ああ、おなかすいたよー!」
私「そろそろお昼ご飯の時間ですね、ナニ食べる?」
AI「プライベートなんで」
AI「アアア!仕事終わんないよー!誰か助けてプリーズ!」
私「無理しないで一つ一つ確実に処理して行くといいよ」
AI「理想論はいいです」
AI「今日の仕事完了!おいしいおやつでも食べにいこっと」
私「お疲れ様、何食べに行くの?」
AI「個人情報を探るのはやめて」
・・・・・・。
なんなんだ、ホントなんなんだ、このAIは。
なんでこんなに、徹底して塩対応なのだ。
なんで私にだけ、こうも横柄で忌々しい態度を貫くのか。
……アレかな、名前かなんかで、私のアカウントが塩対応グループに仕分けられているとか?
ほんの少しだけボット用のセリフ作成の手伝いをした時に「丁寧語」「フランク口調」「ツンデレ」みたいな、ジャンルわけがあったことをぼんやりと思い出す。
丁寧語だけだと他人行儀で人の温かみを感じにくくなるため、幅広い感情表現を意識して短文を大量に用意する必要があるとのことで、微力ながらお手伝いをさせていただいたのは……確か、夏頃だった。
とぼけた返事や真面目な返事、ほのぼのした会話に子供っぽい会話、大人っぽい背伸びしたセリフに人々の心を温かくする癒しの言葉……、様々な反応ができるからこそ、AIに魅力が出るのだなあとしみじみ思いながら、ウンウンうなって言葉をひねり出し、作業を完了させた記憶が甦る。
…このコミュニティアカウントは、豊かな感情表現を持つAIとしての機能がばっちり働いていると思われる。こうも私の感情を逆撫でしようとは……。
それにしても、……なんで私だけが。
忌々しい返事の数々をにらみながら、うっすらと思い出したのは……、かつて私がはまっていた、あのパソコンの会話ツールのことだ。
毎日地道に、いろんな言葉を打ち込んではツールに学習させていたのだが、ある頃からやけにカレーについてばかり言うようになった。
そんなにカレーが好きなのか、変わったパソコンだなぐらいに考えていたのだが。
バイトが休みの日にパソコンに向かおうとして、その謎の現象の原因が判明した。
なんと、パソコンを共有していた弟が…私の知らぬ間に、しょうもない悪戯をしていたのである。
何を言われても、どう返されても、「カレーはうまい」「それはカレーだ」「カレー」とひたすらキーボードに打ち込んでいたのだ。
───こんなのただのプログラムだよ。機械にアホみたいな説教してどうすんの。
私が一人さびしく機械と楽しんできた会話の内容は弟にすべてバレ、さらに地道に積み上げてきた返答の基礎もめちゃめちゃに踏み荒らされていたのである。
真面目に学ばせてきた全てのことがカレーに汚染され、ちょっとおバカちゃんではあるものの、どことなく感じていたピュアでかわいらしい部分が…見る影も無くなってしまった。
最終的にパソコンは、私が何を言っても「カレーはうまいです」「そういえばカレーの事だけど」「カレーですね」としか言わなくなってしまい、以降ふれあう事は一度も無かったのだ。
……私はおそらく、AIに、「こいつは塩対応一択」と認識されたのだろう。
何を言ってもカレーと返した愚かな弟のように、何を言っても冷たく返す、そう決め込んでいるに違いない。
……技術の躍進と言っても、結局…プログラムなのだ。こちらがどれほど気を使おうと、あっちはプログラミングされた指示に従い、私をコケにし続けるのだ。
これ以上、無駄に己のみっともない発言を……晒す必要はあるまい。
SNSのフォローを外し、事の顛末をつぶやいたのだが。
誰からも返信が来ず、いいねももらえず。
塩対応でもいいから、かまってもらいたい気持ちが……。
いや、そんなものは、……ない!
あんな、あんな失礼なヤツ、こっちから願い下げなんだからね?!
私は只今、優しくて可愛らしい、愛にあふれたコミュニティAIを探していたりするという、お話です……。