【漫画原作】「レイニー・タウン」第1話脚本
★あらすじ★
歌舞伎町ホストクラブ『ムーンライト・ルージュ』支配人・戸川亮は、親友でAI企業社長・天空寺宙が連れて来た、AIを題材とした作品で、宙とのコラボ企画が決まっている人気覆面漫画家・天空寺星(ペンネーム)と出会う。
その後亮は宙から、宙の母を殺害した<父の愛人>の娘<星>を、復讐の為に殺して欲しい(ホスト狂いの末路)と頼まれる。同時に星が、右足に大きな火傷跡を持つ亮の幼馴染で、初恋の相手だと気付く。
そして星からも、自分の右足を燃やした兄である宙を、殺して欲しいと迫られる。(社会的抹殺)
さらに亮・宙・星の関係は全部嘘であり、3人は関わる人々に翻弄されていく。どうする亮!?究極の恋愛ミステリー。
★主要キャラクター紹介★
【主人公】
戸川亮(通称:アキラ、本名:とがわりょう)27歳
歌舞伎町の高級ホストクラブ『ムーンライト・ルージュ』支配人でナンバーワンホスト。
子供時代は貧乏育ちで、夜逃げの経験を持つ。生まれつきの美貌と宙の経済力を糧に現在の地位を築き、女は万札だと思っている。
宙には頭があがらない中、宙から星の殺害を依頼される。同時に幼馴染であり初恋の相手でもある星からも、宙の殺害を依頼され、両挟みになる。
亮セリフ「親父が働かないから家にお金がなくて、夕飯のおかずが『もやし』だけだよ?」「昨日も『もやし』、今日も『もやし』、明日も『もやし』」「さすがに明後日は、おかずはいらないと思ったよ」
宙セリフ「亮にとっても悪い話ではないだろう? 大金を稼げる」
星セリフ「お金なら、たくさんあるわ。全部、りょう兄ちゃんにあげる」
しかし本当の亮は……。
【主人公の親友】
天空寺宙(てんくうじそら)27歳
天空寺財閥の御曹司で、AI部門会社の社長。苦労知らずのお坊ちゃん。
6歳の誕生日に母親を父親の愛人に殺された過去を持ち、母親の死を事故死として葬った父親と父親の愛人を憎んでいる。
漫画家の星とは妹と知らずに知り合うが、その後、異母妹と気付き、復讐のターゲットにする。亮が自分に逆らえないのをいいことに、星の殺害を依頼する。
亮セリフ「俺に貢いだ挙句、借金苦で自殺させたいのか?」「それとも、風俗へ落として死ぬまで身体売らせるか?」「もしくは、ヤクザに売って薬漬けの挙句に精神崩壊、最期は東京湾に捨てられるか?」
しかし本当の宙は……。
【主人公の幼馴染・初恋の相手】
天空寺星(漫画家ペンネーム:てんくうじせい)
橘星(本名:たちばなキララ)23歳
覆面漫画家で『濃くて甘いトマト』通称『甘トマ』作者。異性と上手く会話ができない主人公が、自分好みの異性の人形を3Dプリンターで創り、AIを搭載させて仕上げたアンドロイドと一緒に暮らす中で起きるラブコメで、500万部突破の人気漫画である。
ペンネームが天空寺宙と似ており、物語もAIであることから、宙の妹説が流れるが、否定する。自分が宙の大ファンであり、あたかも妹のようなペンネームにしてAI作品を書けば、いつか宙と会えるのではないかと思った、と公表している。
実際は全て偽りで、最初から宙と亮に近づく為に仕組んだ罠だった。星の母親は宙の父親の愛人であり、宙は星の異母兄である。星は2歳の時に、兄である宙に右足を燃やされ、醜い大きな火傷跡が残っている。辛かった人生の報復に、宙の<社会的抹殺>を望んでおり、初恋の相手である亮に、宙の殺害を依頼する。
亮セリフ「右足に大きな火傷の跡を持つ、その少女との出会いは、貧乏暮らしだった俺の無彩色な毎日に、彩りをくれた」「俺の本名は『亮』と書いて『りょう』と読むが、全く良い(りょう)ことがない俺は、本名が大嫌いで、『あきら』と名乗っていた。しかし何故かキララにだけは、本名を教えた」
しかし本当の星は……。
★人物相関図★
★第1話本文★
①
〇亮(アキラ)の職場・新宿歌舞伎町ホスト『ムーンライト・ルージュ』・金曜日の夜・満卓の店内
・亮は笑みを絶やさずに、亮を待っている客のテーブルを順番に回っている。(被り客が複数いる)
アナウンス「リシャール、いただきました!」
店内がざわつく。(リシャールは高級ブランデー)
〇店内の一番人目がつかないテーブルで、宙(そら)と真美子(まみこ)と星(せい)が、亮を待っている
・宙:スーツ姿
・真美子:派手なブランドのスーツ姿
・星:覆面漫画家で顔出しNGのため、体型と表情が全く見えない姿(体系がわからない長袖の白いダブついたブラウスと太目の黒いパンツ、髪の毛を帽子の中にしまい、大きなサングラスとマスク)
ヒロトと新人ホストが、三人の向かいに座って、亮が来るまでの相手をしている。
〇亮が三人のテーブル脇に到着する
亮が床に片膝を付き、真美子と星に両手で名刺を渡す。
亮「お姫様方、今宵はお楽しみ頂けておりますでしょうか? ムーンライト・ルージュ支配人の、アキラです」
星が受け取った名刺をじっと見つめる。
真美子は嬉しそうに、受け取った名刺を鞄から取り出した名刺ケースにしまう。
真美子「最高に居心地が良いお店ね。他店と違って、装飾がギラギラしすぎず、落ち着くわ」「ビーム光線が無いのも、良いわね。音量も耳が痛くならないボリュームで、ちょうど良いわ」「それに、スタッフも上品でいい男ばかりね。癖になりそう」「軽く十歳は若返った感じよ」
亮が新人ホストを他の席のヘルプに回し、新人ホストが座っていた丸椅子に軽く腰をかける。
亮「お褒めいただき光栄です。姫の仰る通り、当店のコンセプトは、安らぎです」「普段頑張っているご自分へのご褒美として、当店で心と体をリフレッシュしていただきたい」「しっとりとした雰囲気の中で、気持ちの良い時間と空間をご提供したい」「これが当店の社訓であり、社訓を守れる男しか働いておりません」
星が亮と真美子の会話をノートに記録している。
『華美なものが無くシックで高級感あり。まるで紳士淑女が集う中世の社交場のよう。名刺も内装も、とてもセンスが良い』と感想も記す。
真美子「ほお。しっかりしているのね。益々気に入ったわ。あ、それから、姫は照れるから、やめて。真美子って呼んで」
亮「承知いたしました。真美子(少し間を置き)さん」
真美子「きゃ!」
真美子喜ぶ。
亮M『他店は真美子の言う通りの店構えだ。現実世界から逃避した別世界を作り上げている。派手でうるさく騒ぎ立て、異次元の空間で客を惑わす』『しかし俺の店は違う。同じ別世界でも異次元空間では無い。現実の延長だ。俺は現実の延長上で、心地よく客を惑わす』『俺が目指しているのは、一流ホテルだ。客に与えるのは、くつろぎの時間。リラックスできる環境の提供。それには、ハイクオリティな接客が不可欠だ』『俺は従業員に対して、マナーや礼儀の指導を徹底している。内装同様に、ホストの質の高さも上質であることが、俺の理想とする店の在り方だ』『高い金を払っても、また来たいと思わせる。それができる男しか、俺はいらない』
宙がミリオンコール(100万円以上の酒を入れた客に行うお礼のパフォーマンス)を断わる。
ヒロトが宙の注文した『ヘネシー・リシャール』のボトルで酒を作り、宙と真美子のコースターに両手でグラスを置く。
星にはストローの入ったオレンジジュースを用意する。
ヒロト「頂いてもよろしいでしょうか」
宙「もちろん」
ヒロトが亮の酒を作り、最後に自分の酒を作る。
亮「星先生連載の人気漫画『甘トマ』の500万部突破と、宙の会社との共同事業発表を祝って、乾杯!」
亮とヒロトが、向かいに座る三人が持ち上げたグラスの下方にグラスを合わせる。
宙と真美子がリシャールを飲む。
星はマスクを少しずらしてストローに口をつける。
亮・ヒロト「頂きます」
真美子「美味しいわ。これが高級ブランデーの『リシャール』ね。この曲線も美しいわ」
真美子がウットリとした表情でボトルのラインを撫でる。
宙「ボトル自体がバカラ製のクリスタルガラスでできているんですよ」
真美子「ええ! そうなの?」
真美子が慌ててボトルから手を離す。
真美子が小声で亮に尋ねる。
真美子「そういえば、さっき社長が注文をした時、皆がこっちを見たわ。ちょっと優越感だった。それって、やっぱり、その……お幾ら万円ですか?」
亮「当店では400万円です」
真美子「ええええ!! じゃあ、このグラス一杯で、ウン十万円!? マジですか!」
真美子が丁寧にグラスをコースターに乗せ、両手を合わせて拝む。
真美子「社長、ご馳走になります」
宙「遠慮しないで。今日はお祝いだからね。星先生はお酒が飲めないから、ジュースになっちゃうけど、お代わりしてくださいね」「少し食事もお願いしよう。お任せでいい?」
星がノートを取る手を止めて顔を上げ頷く。
黒服を呼び、ヒロトが料理を注文する。
真美子「星先生の担当は、他の仕事で来られなかったの。残念がっていたわ」
亮「星先生のご担当は、女性の方ですか?」
真美子「男性よ」
亮M『何だ男か。男はいらない』
亮(笑いながら)「お仕事優先で」
亮M『国内屈指のグループ会社御曹司である、天空寺宙。俺の親友だ』『ことある事に、接待や二次会の場として、俺の店を利用してくれる』『宙が連れてくる女たちは、宙と仕事で付き合いのある経営者や大企業役職など、キャリア組みの女ばかりだ』『歌舞伎町のホストクラブを仕事の場に使う。地位のある女の深層心理を突いた、洒落た作戦だ。取引先の女たちに喜ばれ、そして親友である俺も喜ぶ』『そう、彼女たちはこの店の太客候補だ。この宙の気遣いを、俺は決して無駄にはしない。今夜のターゲットは、この女だ』
亮が真美子を熱い視線で見つめる。新規の客である真美子を指名客にするべき営業を開始する。
亮「真美子さんは、あの有名な発行部数ナンバーワン女性ファッション誌の編集長さんですよね。お噂は宙から聞いています」「宙の特集をした時は即日完売になって、オークション価格が一冊数万円になったって、ネットニュースで拝見しました」「今回も、宙と星先生の雑誌対談がきっかけで、コラボ企画が決まったんでしょ。できる女性は、俺の憧れです」
亮が自ら空になりかけた真美子のグラスを手元に引き寄せ、リシャールを注ぐ。(本来酒を作るのはヘルプであるヒロトの仕事)グラスの底に小指を少し挟んで、真美子の前にすっと差し出す。
ヒロトも慌てて宙の酒を継ぎ足す。
真美子が照れながら、テーブルの上に乗せてあったシガーレットケースに手を伸ばす。
すかさず亮が椅子から立ち上がり、店のロゴマークが付いたラーターで点けた火を手で隠しながら差し出す。真美子に顔を近付け、真っ直ぐに目を見つめる。
真美子がタバコの煙をふうーっと吐き出す。
真美子「やっぱり、本気で癖になるわね」
亮M『いける。この女、落とせる』
亮は真美子の顔が札束に変わる妄想をしながら、微笑む。
真美子「ご存知だと思うけど、『甘トマ』がアニメ化されて知名度が上がると、星先生にまつわる色々な噂が出回ったの」「この話、してもいいかしら?」
真美子が星に確認をとる。
星が頷く。
ヒロト「はい。知っています。星先生と宙社長の兄妹説」
真美子「そう。星先生のペンネームが社長と同じ『天空寺』で名前も『宙』と『星』だし、テーマも社長の会社と同じAIだから、SNSを中心に、星先生と宙社長の関係を憶測する声が多くなったわ」
ヒロト「あの時は、星先生の顔出しNGを利用して、偽物の『天空寺星』が、たくさん出てきましたよね。あ、呼び捨てにしてしまい、すみません」
星が頭を左右に振る。
真美子「社長の写真を女性に作り上げた『妹画像』には、思わず感心したわ。AIで作ったのかしら?」
ヒロト「そうだと思います。すごく美人でした!」
宙が苦笑する。
亮「宙は一人っ子だから女きょうだいはいないけど、本当にいたら、こんな顔なのかな」
亮がスマホを取り出し検索して、皆にみせる。ヒロトが覗き込む。
ヒロト「そうです! この娘です! もし本当にこの娘が存在していたら、オレ、絶対に彼女にします。お兄さん、よろしくお願いします!」
宙「だから、妹はいないって」
皆が笑う。星の表情はわからない。
真美子「ウチの出版社が『甘トマ』も刊行しているから、出版社にも問い合わせが多く入ったわ。それで解決策を考えた」
亮「当人に直接回答してもらう」
宙「イエス。雑誌の掲載をきっかけに、編集長とは親しくなっていたからね」
真美子「完売になった後、社長の写真集を出版させて頂きました」
亮「ああ、あのエッチな写真集ね」
真美子「失礼ね。あれは芸術よ! 大型書店でコーナーまでできたんだから。ねえ、社長」
宙が照れ笑いをする。
ヒロト「事務室に大切に保管してあります。貴重なサイン入り写真集。急に見たくなりました。あの、セクシーな社長の全裸」「持ってきます!」
ヒロトが嬉しそうに立ち上がった。
宙が止める。
宙「行かなくていいから。それに、全裸じゃないから。服着てるから」
ヒロト「言い間違えました。半裸でした」
皆が笑う。星の表情はわからない。
亮M『『濃くて甘いトマト』通称『甘トマ』』『異性と上手く会話ができない主人公が、自分好みの異性の人形を3Dプリンターで創り、AIを搭載させて仕上げたアンドロイドと一緒に暮らす中で起きる、ラブコメだ』『アニメ化もされていて、キャラクターグッズもたくさん販売されている。まもなく映画も上映される。漫画は鰻上りの売り上げで、1000万部到達もあっという間だろう』
真美子「私の雑誌で、星先生のお顔を隠して、二人の対談の場を設けた」「そうしたら、星先生が社長の大ファンで、好きすぎて、社長の苗字と宇宙に類じた名を組み合わせて、ペンネームにしていたことが発覚したの」「さらに、社長の会社と同じAIをテーマにした漫画を描けば、社長と直接会えるかもしれないと思って描き始めた、と語ってくれたの」「ね!」
真美子が星に同意を求める。
星が頷く。
亮「その号、俺も読みましたよ。またしても完売でしたね! 真美子さん、さすがです!」
真美子(ドヤ顔)「まあね。『甘トマ』の誕生秘話を、私が聞き出した、みたいな?」
宙「僕の会社でも反響が大きくて、『甘トマ』とのコラボレーションが決まった。題して【あなただけのアンドロイドを作ります】プロジェクト」「まずは受注生産品で限定五体を作るよ」
亮「一体1000万円だっけ?」
宙「うん」
ヒロト「うわあ。高い」
真美子「そう? 私は安いと思うけど。倍率何倍でしたっけ?」
宙「千倍くらいかな」
ヒロト「人形に1000万払う人が5000人!?」
真美子「人形ではなくAIを搭載したロボットだから。それも受注生産よ」
ヒロト「なるほど。そう考えると、うん、安く思えてきました!」「そういえば、今日は『甘トマ』で今後登場するホストクラブの様子を描くための取材も、兼ねていましたね。星先生、何なりとご質問ください!」「あ、すみません! 今日は喉を痛めていて、お声が出せませんね」
星がノートに「大丈夫です」「皆さんとのやりとりをメモしているので」「私には構わず話を続けてください」と書き、ヒロトに差し出す。
真美子「ところで、社長と店長って、どう言う関係なの? 知り合いって言っても、全然タイプが違うでしょ。気になるわ」
宙「僕らが6歳の時に、実家が所有する別荘で知り合ったんだ。あれこれ二十年来の付き合いだね」
真美子がテーブルの上に身体を乗り出し、宙の顔を覗き込む。
真美子「そうなんだ。二人は幼馴染なのね。知りたいな、子供の頃の話」
宙「亮は子供の頃から人気者でね。いつも沢山の友人に囲まれていたよ』『小学生の時には既にファンクラブができていてね、とにかくモテモテでしたよ」「反対に僕は、学区外の小学校に通いながら毎日何かしらの習い事をしていたから、友達が全くいなくてね」「六歳の時に静養で訪れていた別荘で仲良くしてくれたのが、亮だった。亮は僕の始めてできた友達だったんだ」「だから僕にとって亮は、特別な存在なんですよ。それは今も変わらない。僕が天空寺家の跡取りであろうが、会社の社長であろうが、亮は変わらず友達でいてくれる」「とにかく亮は、今も昔もずっとカッコイイんです」
亮が自分のことを語る宙の顔を照れくさそうに見ている。その後、真美子に視線を移す。
亮「羨ましかったな。俺の住む小さな町に大きなお屋敷があって、それが天空寺家の別荘だって知った時は、驚いたな。俺の家なんて部屋が二つしかないボロアパートなのに、普段は誰も住んでいないのだから。子供ながらに、貧富の差を感じましたよ」
亮は子供の頃の懐かしい感情を思い出す。
亮「そんな宙と友達であることは、俺の自慢でした。そしてそれは今もこうして続いている。コロナ禍で経営が苦しかった時は、希望する従業員を宙の会社に勤務させてくれた。このお店を維持する手伝いもしてくれた。そのおかげで今夜、こんなに素敵なお姫様方に出会えたわけです。全て宙のおかげだよ。感謝しています。どうもありがとう」
亮が自ら宙のグラスを手元に引き寄せ、リシャールを注ぐ。
ヒロトも真美子のグラスにリシャールを注ぐ。
宙「僕もね、亮のこと」
宙が亮からグラスを受け取る。
宙「ずっと羨ましいと思っていた」「僕は幼い頃に事故で母親を亡くしているから、両親が揃っている亮が羨ましかった」「父も仕事で留守がちだったから、食事はいつも一人で食べていた」「家族で囲む食卓にずっと憧れていた」
亮M『知らなかった。宙が俺にそんな感情を抱いていたとは』
しばらく沈黙が続く。
亮M『俺がピエロを演じてこの場を笑いに変える』
亮が沈黙を破る。
亮「ええ〜? あの貧乏一家のどこが羨ましいわけ?」「親父が働かないから家にお金がなくて、夕飯のおかずが『もやし』だけだよ?」「昨日も『もやし』、今日も『もやし』、明日も『もやし』」「さすがに明後日は、おかずはいらないと思ったよ」「あ〜あ、バレちゃったな。極貧時代の、俺」
真美子「わかるわ。人間って、無いものねだりよね」「私も若い頃に結婚していればって、時々思うことがあるもの」「でも私は、結婚よりも仕事を選んだ」「だから今の私があるのよ」
真美子が大きくうなずきながら、グラスの酒を飲み干す。
亮「俺、ラッキーだな。真美子さんが今まで独身でいてくれて」
亮が無邪気な笑みを真美子に捧げる。
真美子の頬が見る間に赤く染まる。
亮「ちょっと他の席、回ってくるね」
亮は真美子に甘い言葉を残した後、丸椅子から腰を上げる。
〇宙がブラックカードで支払いをする
〇店外・亮が宙と真美子と星を見送る
・宙が電話をしている
・星も離れた場所でスマホを見ている
亮が真美子の横に並び、真美子の耳たぶに唇を近づけて囁く。
亮「今夜は来てくれて本当にありがとう。今度は二人きりで飲みたいな。連絡先を教えて」
真美子「わかったわ。連絡する」
二人がラインの交換をする。
宙が電話を終える。宙の横に亮が歩み寄る。
宙「忙しい日に来ちゃって、ごめん。担当、被っていたんだろ? 調整してくれてありがとう」
亮「何言ってんの。リシャールを卸してくれて、こちらこそありがとう」「ミリオンコール、いつも断るけど、今日は星先生がいたんだから、すれば良かったのに」
宙「あのド派手な演出は、本当勘弁して」「ところで、あのさ……急で申し訳ないんだけど、今夜仕事終わった後、ウチに寄れる?」
亮「ん? どうした?」
宙(小声で)「誰にも聞かれたくない話があるんだ」
亮M『珍しいな。何かあったな』
亮「わかった。少し待ってて」
宙「悪いね。疲れているのに」
亮「何言ってんの。帰り道だし。気にしないで」
宙「ありがとう」
亮が少し離れている星に視線を向け、手を振りながら声をかける。
亮「星先生、ありがとうございました。お気を付けてお帰りください」
星が手を振り返す。
タクシーが来て三人が乗り込む。
タクシーが見えなくなる。
亮が入店しているビルの入り口に戻る。背後から雨音が聞こえて、亮が振り返る。
亮M『ネオンまみれのこの街に降り注ぐ雨。この雨さえも色付いて見えて、俺は目を細めた』
②
〇宙の自宅・西新宿のタワーマンション(部屋は広いが殺風景)・宙が一人で亮の到着を待つ
・外は雨(高層階の大きな窓と夜景)
・シャワーを浴びる(色っぽい描写)
・キッチンで珈琲をおとす
宙がソファーに腰掛け珈琲を一口飲む。目を閉じる。
宙【回想】
オレンジ色の室内。笑い声が聞こえる。子供の声だ。
テーブルの上には、大きなリボンの付いた箱と、丸いケーキが乗っている。
男の子だ。父親と母親の姿も見える。
ケーキに刺さった6本のロウソクを、男の子が吹き消す。
室内が真っ黒になる。
遠くから何かが聞こえる。耳を澄ます。
女の子の泣き声だ。だんだんと大きくなる。
吹き消したはずのロウソクが、揺らめいている。ゆらり、ゆらり。
炎が大きくなる。
ナイフが勝手に踊り出した。丸いケーキがどんどんと削られて行く。
泣き声が更に大きくなった。僕は両手で耳を塞ぐ。
天井から何かが落ちて来た。レゴブロックだ。ひとつ、またひとつ。
男の子が叫ぶ。「助けて! 助けて! 助けて!」
男の子が埋まって行く。助けなくちゃ。しかし身体が動かない。
男の子の姿が完全に見えなくなった。
泣き声が止まる。
静寂に包まれた部屋。
【回想終わり】
宙が目を開ける。
『ケーキ』『ロウソク』『ナイフ』『レゴブロックに埋もれる男の子と何も出来ずにただ見つめているだけの宙』そして『女の子の泣き声』。宙の頭の中でこれらが奔走する。
宙が回想について語る。
宙M『最近頻繁に夢を見る。【あの日】の出来事。しかし【あの日】は、こんな不可解な出来事は起こっていない。女の子など部屋にいなかった』『僕の6回目の誕生日』
宙は頭を軽く振り、珈琲を飲む。
〇亮が宙の自宅に到着する。コンビニの袋を持っている。
亮「お待たせ」
宙「疲れているのに、本当にごめん」
亮「全く問題なし。そんなに疲れてないから、大丈夫」
亮がソファーに座る。コンビニの袋からロング缶のチューハイを2本取り出し1本を亮に渡す。
宙「ありがとう」
亮「相変わらず殺風景な部屋だな」
宙「亮と違って、無趣味なだけだよ」
亮「宙の趣味は仕事だからな」
二人は缶チューハイを開け、乾杯をする。
亮「さて、本題に入ろう。何があった?」
宙がためらう。覚悟を決めてゆっくりと喋りだす。
宙「僕が6歳の時に、僕の母が事故死したの、知っているよね」
亮「勿論だよ。俺と初めて出会った時、宙は母親の死がショックで、心を病んでいた」
宙「そう。静養の為に、亮の住む町に行った」
亮「確か、階段から落ちて亡くなったんだよな」
宙「表向きはね」
亮「えっ?」
宙「本当は……殺されたんだよ」「父の女に殺された」「僕はその瞬間を見ていた」「そして父はその事実を隠蔽した」「その日は僕の6回目の誕生日だった」
亮「……えっと……」
亮が言葉を探す。
亮「つまり、宙の母親は、宙の6歳の誕生日に、宙の目の前で、宙の親父さんの愛人に、殺された。しかし親父さんの権力で、事故死として処理された、と言うことか?」
宙「そう。だから僕の父親も、母を殺した共犯だ」
亮M『宙の話はこうだった』
【回想】
宙の6歳の誕生日。2階のリビングで、宙が両親と一緒に笑っている。
社会的地位が高く不在がちな父親も、この日は息子の誕生日を祝っている。
家庭的で優しい母親が作った、バースデーケーキ。6本のロウソクが立っている。
父親が買ってきた、大きなリボンの付いたプレゼント。中身はレゴブロックだ。
ロウソクの炎を宙が吹き消した。
その直後に、リビングのドアが開き、包丁を握った見知らぬ女が入って来る。
とっさに父親が女を取り押さえた。
女は父親を振り払い、母親に近づく。
部屋から逃げ出した母親を、女が追いかけた。
階段の手前で、女が母親の腕を捉える。もめ合う二人。
女が母親を、2階の階段上から突き落とした。
階段下で頭から血を流し倒れている、母親。
階段を駆け下りる、父親。
その場から消え去る、女。
2階の階段手前で光っている、包丁。
立ち尽くしている、宙。
【回想終わり】
亮M『だから宙と初めて会ったあの時、宙の目は死んだ魚の様だったのか』
亮「20年以上経った今、何故俺に話した?」
宙が大きく深呼吸をする。
宙「病院で、再会したんだ。あの女に」
亮「癌で入院している親父さんの見舞いに、愛人が来たのか?」
宙「間違いなくあの女だった。父と未だに続いていたのは、流石に知らなかったよ」「その日から毎夜、あの日の夢を見る。20年以上経った今でも、あの日の光景が、僕の脳裏に、はっきりと蘇る」「父が他界する前に、父とあの女に、母の仇を討ちたい」「だから、落として欲しい」
亮「俺に復讐を手伝えと?」(缶チューハイをテーブルに置き)「俺が親父さんの愛人を色カノ(色恋営業の恋人)にして、破滅させればいいのか?」
宙「違う」
亮「何が?」
宙「落とすのは、あの女ではない」
亮「えっ、誰だ?」
宙がスマホの画面を亮に見せる。
亮「これって」
スマホには亮の店で見た、AIが生成した宙の妹画像が写し出されている。
宙「僕の父親とあの女との間に生まれた娘だ」
亮「は?」
宙「本当にいるんだよ。僕には妹が」
宙がスマホの画像を指で叩く。
亮が食い入るように、スマホを覗き込む。
宙「二人の血を引くこの娘を使って、二人に復讐が出来る。このチャンスを逃すわけにはいかないんだ」
亮「はあ? 何言ってんの? 宙にとっても、血の繋がった妹だろ?」
宙「血の繋がりなんて、僕には関係ない」「僕の母から夫を奪い、苦しめた挙句に母を殺した女の、娘だ」「人殺しの癖に何食わぬ顔でのうのうと生きている女の、娘だ」「母と同じ様に、あの女とあの女の娘には、死んでもらう」
宙が新しい缶チューハイを開けて一気飲みをする。
亮「わかった。落ち着いて。ほら、ポテチも食べよう。宙の好きな、コンソメダブルパンチだよ」
亮が買って来たポテトチップスをコンビニの袋から出し、中身を広げる。
亮「俺に貢いだ挙句、借金苦で自殺させたいのか?」「それとも、風俗へ落として死ぬまで身体売らせるか?」「もしくは、ヤクザに売って薬漬けの挙句に精神崩壊、最期は東京湾に捨てられるか?」
宙がポテトチップスに手を伸ばす。
宙「どれも悪くないね」「娘が男にいたぶられて殺された母親は、どんな気持ちだろう。父親には冥土の土産、僕からのプレゼントだよ」
亮「宙らしくないな」
宙「亮は、本当の僕を知らないんだよ」「それに、亮にとっても悪い話ではないだろう? 大金を稼げる」
亮M『随分と悪びれているな。とりあえず今は、適当に話を合わせて、はぐらかそう』
亮「わかった。殺し方は後で決めるとして、その娘をどうやって店に連れ込もうか?」「俺との運命的な出会いが必要だよね。例えば、不良に絡まれているところを俺が助けたのをきっかけに、恋に落ちる、とか。下手すぎるかな?」
宙「そんな演出、必要ないよ」
亮「はは。やっぱりダサかった?」
宙が亮をガン見する。亮が苦笑いをする。
宙「既に出会ってる。店にも来ている」
亮「は? いつ?」
亮が宙をガン見する。宙が左の唇を持ち上げて笑う。
宙「さっき」
亮が宙から視線を外して、今夜接客した客の顔を思い浮かべる。
亮「雪乃?」
宙「違う」
亮「愛里?」
宙「違う」
亮「杏子?」
宙「違う」
亮「アユ?」
宙「違う」
亮「だとしたら、編集長の真美子、のはずはないか。年齢的に無理がある」「残るは……」
亮が上目使いに宙を見つめる。
亮「天空寺星、か」
宙と亮が見つめ合う。
1話目ここまで。