ネパール人じゃないですよ日記①
どうも、師走の寒さに喘いでいる皆さん、お疲れ様です。私は異国で暑さに悶える日々を過ごしております。
「あれ、気のせいかな?」と疑う余地もないくらいカレーの匂いが漂うエア・インディアの飛行機に詰め込まれ、首都の空港の乗り継ぎを「え? これ絶対検査機壊れてるよね? ノーチェックだよね? 隣に爆弾魔がいたら俺ら終わるんだけど」と思いながら通過し、サイクロンの被害も色濃く残る街に訳も分からんまま降り立ってから、早くも二週間以上が経過しました。
最初は「大丈夫? スプーン持ってくるから、無理せず待ってて!」と言ってくれるくらい優しかった同僚が、「おい手を使えよ! ここはインドだぞ!」といじめてくるようになるには十分すぎる時間です。
もはや往来で牛の群れに出会ってもカメラを向ける気にもなりませんし、最近は一杯10ルピーのチャイに砂利が混じっていても「まあいいか」で済ませられるようになってきました。
要は少しずつ慣れてきたので、一応、生きているよという報告と、この国で見知った事柄の備忘録を兼ねて、定期的に投稿していこうと思います。
毎回、何かテーマを決めて書いていこうと思いますが、初回は滞在している街への(現時点での)所感を書いてみます。
前提条件なのですが、私は会社のお仕事でインドに来ています。タミル・ナードゥ州のチェンナイ、南インド東岸に位置する国内有数の大都市です。日本では、「マドラス」という旧名の方が知られているかもしれません。英国東インド会社が築いた都市ですね。私はインドに来るのは初めて(どころか海外で長期間生活するのが初めて)で、今のところチェンナイ近辺しか知らないのですが、概して南インドは北インドに比べ以下のような傾向にあるようです。
ナンやロティーのようなパンよりも米を食べる
ムスリムが比較的少ない
治安が比較的良い
外国人が比較的少ない
のほほんとした人が比較的多い
上二つは置いておくとして、まあ要はちょっと田舎臭いわけですね。
事実、チェンナイは滞在2週間足らずの僕からしても、なんというか「田舎だな~」という印象を受けます。実は、僕の滞在している場所や会社のオフィスはチェンナイ市街よりもさらに郊外の国道沿いのド田舎にあるので、埼玉に来て2週間そこそこの技能実習生が「東京って田舎だな~」などと評するくらいの暴言ですが、やはりチェンナイの表参道とか南青山辺りを歩いていてもそう感じざるを得ません。1000万人が住んでいる大都市とはあまり思えません。めちゃくちゃ人は多いのですが、背の高い高層ビルは多くないし、おじさんがよく路傍で寝ているし、全体的にのんびりした雰囲気があります。
しかし、「田舎感」を一番感じるのは、道ですれ違う人々からです。基本的に、あまりグローバルではありません。99%がインド人(インド人といっても物凄く色んな見た目の人がいますが……)。外国人はあまり見かけません。そして、皆外国人をどこか遠慮がちに、でも興味津々といった風情で眺めてきます。そしてこっちがニコッと笑いかけて挨拶すると、向こうも大抵微笑み返して、何か聞いてきます。
そこで面白いのが、よく「お前ネパール人?」と訊かれることです。今まで、他の国に行ってネパール人かどうか聞かれたことはなかったので、不思議でした。「ちゃうよーJapanやで」と言いながら首をかしげていたのですが、先週同僚がその理由を教えてくれました。
というのも、チェンナイの人々は、そもそも遠くの国から来た人に遭遇する機会があまりないので、「外国人だ」と思うと、インド国内に比較的多い外国人であるネパール人が真っ先に思い浮かぶのだと。顔がインド人よりも白いし、かといってヨーロッパ人ではないので、こりゃあもうネパール人だとなるそうです。そもそも「それ以外の外国人を想定していない」とのこと。
その一事だけでも、チェンナイの田舎っぽさが少し伝わるのではないでしょうか。
その傾向は、国内最大のIT企業に勤めている僕の同僚からも感じ取れます。彼らは理系の大学ないし大学院(修士)を出て英語が扱える、中間層のそこそこエリート(スーパーエリートではない)なのですが、外国に行ったことのある人は少ないし、外国のことをよく知りません。そのうちの、一人は僕が日本の地図を見せると、「え! 日本って島なのか! 知らなかった!」と笑っていました。彼は特に愉快な馬鹿ですが、他の人も日本に関する知識は似たり寄ったりです(”ヒロシマ”と”ナガサキ”と”NARUTO”と”ONE PIECE"は皆知っている。意外に”サトル・ゴジョー”も、あのポーズ付きでなかなかの知名度を誇る)
ただ、そんなのほほんとしたチェンナイも、道路は非常に混んでおり危険です。混雑しているから危険なのではなくて、混沌としているから危険なのです。勿論、ある程度の大きさの幹線道路には一応定まった車線があります。ただ、その両脇に広がっているのは歩道ではなくて「フリーゾーン」とも言うべき空間です。
どういうことかというと、この空間では基本的に、あらゆる存在があらゆる方向に無制限に移動できるからです。日本の歩道を歩く歩行者が進行方向を気にしなくてよいのと同様に、自動車もバイクもトゥクトゥクもガンガン乗り入れることができます。車道があるのに何故そんなことが起こるのでしょうか? たとえばあるドライバーの目的地が向かって右手(インドは左側通行)にあるとしましょう。この場合、日本では当たり前な、一つ向こうの交差点まで行ってUターンしてくる、という発想は、この街ではあまり一般的ではありません。
高確率で、彼らは、手前の交差点、ないし対向車線の車が少なくなった地点、ないし任意の気が向いた地点でハンドルを切って右側のフリーゾーンに侵入し、そのまま最短距離で目的地を目指します。そのため、彼らの運転する車に乗っていると、「真正面に別の車のフロントガラスが見える」という、日本では駐車場以外で見ない光景に頻繁に遭遇することができます。
ちなみに、このフリーゾーンが本当にフリーゾーンなのか、つまりこの「逆走」は本当に合法なのか、はかなり怪しいです。多分違法です(警察がいると急に皆大人しくなるから)。
また、バイク乗りの殆どは明らかに違法です。裸足にノーヘルで150~500ccくらいのスクーターやオートバイに跨っています(原付は稀)。二人乗りや三人乗りは当たり前ですし、幼稚園くらいの子供(1人~3人)をお父さんとお母さんが前後で挟みつけて乗っていたりしています。メット着用率は、日本のLoop乗りのそれと大差ないと思います。僕も最近感覚がマヒしてきて、ごくたまにヘルメットにグローブ・スニーカー(ライダー用のジャケットやブーツを着た人は本 当 に 見たことがない)で乗っている人を見ると、「暑そうな恰好だな~」としか思えない自分がいます。ぶるぶる。
また、忘れてはいけませんが、有名な野生動物達もいます。本当にそこら中に居ます。びっくりするくらいいます。遭わない日がないどころか、視界に入らない瞬間がありません。
そんな愉快な道路を、彼らは絶妙な距離感覚と、インド人同士の阿吽の呼吸と、危険に対する想像力を放棄することで上手く駆け抜けているのですが、非常に残念ながら当然なことに交通事故はめちゃくちゃ多いらしいです(インドの都市では最多というお話も)。現に、この前も会社でお昼ご飯を食べていると、同僚の近親者が交通事故に遭ったという連絡が入ってきて、皆の血液型を聞いて回るということがありました。幸い大事には至らなかったようですが。
チェンナイ市当局もこの交通量と事故の多さを憂慮していないわけではなく、地下鉄網の拡張を図ることで混雑の緩和を測っています。現に、幹線道路沿いに地下鉄の建設現場が連なっているのですが……ここもなんかのほほんとしているというか、切迫感が薄いというか、ありていに言ってあんまり誰も工事していません。
「地下鉄はいつできるの?」と人に聞くと、皆「2025年だよ!」と教えてくれるのですが、「いつから作ってるの?」と訊くと、「……いつからだっけ?」という感じ。さながらサグラダファミリアですね。
もちろん、インドは今、著しい経済発展のただなかにあります。それはこの街の郊外(埼玉)で暮らしていても、日々実感することができます。人口が流入し、街が日増しに拡大しており、インフラの整備が急務なのは間違いないのだけれども、かといっても皆あまり焦ってもいない……という、やはりなんだか「のんびりしたところだな~」という全体の印象がぬぐえません。
これがこの街特有の雰囲気なのか、それともこの国全体に底流する文化なのかは、今後の滞在を通してじっくり観察していこうと思います。