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007/ノー・タイム・トゥ・ダイ

コロナの影響で何度も公開が延期された「007」シリーズ最新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」がやっと公開された。
世界中の映画業界関係者や映画ファンからすれば、コロナなんかで死んでる場合じゃないって気持ちは強かったから、まずは無事公開されたことは喜ばしいってところかな。

去年秋の「テネット」や今年夏の「ワイルド・スピード/ジェットブレイク」はどちらかというと、若者(30代以下)の観客が目立つ作品だったし、「ゴジラvsコング」は特撮ものということもあり、コアなファンも多い作品だから、そういうことを考えると、本作はコロナ禍になって初めて、中高年の観客を動員してヒットに結びつけたハリウッド映画(洋画と言ってもいい)なのではないだろうか。

ここ最近、新型コロナウイルスの感染者数が減少傾向にあり、やっと、中高年の映画ファンが大作を上映するシネコンに足を運ぶ気になったというところであろうか。
ミニシアターでは結構、中高年を見かけていたけれど、シネコンではあまり見かけなかったのは、若者や家族連れ(子どもは大抵ノーマスクだしね)の多いシネコンだと感染リスクが高まると思っていたからなんだろうね。

本作をコロナ以外の視点で語るとすれば、それは、6代目ジェームズ・ボンド俳優であるダニエル・クレイグにとって、本作が最後のボンド役になったということだと思う。

自分にとって彼はボンドとして出演した作品全てをスクリーンで見ている唯一のボンド俳優だ。

子どもの頃は、「007」シリーズなんてセクシーなイメージだから(子どもの時だからエロいって言っていたと思う)、まず、家族で見に行くのは気恥ずかしいし、友達同士で行くにしても、大人向けの印象が強いから、まず、鑑賞候補作品にはならない。同じアクション系なら、香港映画とか、シュワちゃんやスタローンの出ている映画を見ようよってなるしね。

80年代は、洋楽が今とは比べものにならないくらいお茶の間やクラスに浸透していたけれど(とはいえ圧倒的多数は邦楽派)、それでも、デュラン・デュランやa-haが主題歌を歌っているから、「007」を見に行こうぜとはならなかったからね。

たまに、テレビの洋画劇場でシリーズ作品が放送された時に見るくらいの接触の仕方だったって感じかな。

10代の頃に唯一映画館で見たのは、正式なシリーズ作品にはカウントされないショーン・コネリーのボンド役復帰作「ネバーセイ・ネバーアゲイン」だけだからね。
これも、親が職場で映画館の招待券をもらってきて、有効期限内に上映している作品がこれしかないから(昔の映画館はシネコン形式ではないから、1スクリーンで上映される作品は1本しかないのが当たり前だった)、とりあえず、勿体ないし見に行くかって、親と行っただけだからね。
そういえば、この作品を映画館で鑑賞中に上映トラブルがあって、長いこと、上映が中断していたな。フイルム上映の時は、時々、こういうのがあったよね。

20代になって、仕事の合間に1人でさくっと映画を見に行くことが多くなったが、それでも、5代目ピアース・ブロスナンの1作目「ゴールデンアイ」は見に行かなかったからね。この作品が公開された頃って、仕事上のトラブルで精神を病んでいて、映画館に行く気力がなかったからね。
だから、きちんと、ボンド映画を映画館で見るようになったのはブロスナン版2作目の「トゥモロー・ネバー・ダイ」からなんだよね。

それ以降の新作は毎回、映画館で見ているので、結果として、ダニエル・クレイグ版は全て映画館で見ているってことになったんだけれどね。

とりあえず、見終えた感想としてはまずは何よりも、上映時間が長いってのを言っておかないとね…。

ヤフー映画やキネノートによると、2時間44分らしい。自分がコロナ禍になってから見た映画では最長だからね。
コロナ前からも2時間半を超える映画を見る時は身構えていたけれど、コロナ禍になって、マスク着用が義務付けられたりするなど、映画館での映画鑑賞というのは以前より労力を使うものになっているから、なかなか見に行く気力が起きなかったけれど、今日はそんなに睡眠不足でもないし、疲れもたまってないから、公開3週目にして、やっと見に行くことができた。

個人的には、上映時間2時間半を超える作品は、実質2本立て興行と考えて、インターミッションを入れるべきだと思うけれどね。

舞台だって、2時間ちょっとだと一気に上演するけれど、2時間半くらいになれば休憩を挟んで、1幕・2幕みたいにわけたりするわけだし、それでいいと思うんだけれど、休憩を挟むとその分、時間がかかって回転率が悪くなるからやりたくないってことなんだろうね。

そして、作品の中身自体についても語っておこう。まさか、「007」シリーズの映画を見て、涙を流すことになるとは思わなかったな…。

ほとんど、「アルマゲドン」的な感動だな。

あと、ポリコレ的視点を無視できない世の中になったせいか、人間は殺しても羊は殺さないってのはなんだかなって気がした。
微妙な和風テイストやボンドの土下座に関してはどうでもいいかな。

それにしても、レア・セドゥが可愛い!
そして、それ以上に可愛いのが新人エージェントのパロマちゃんを演じたアナ・デ・アルマスだ。もう、ほとんど日本のアニメのキャラクターみたいな可愛いさだよね。

というか、ポリコレを意識して、女性だとか黒人だとかの活躍を増やしたり、眼鏡イケメンを活躍させたりって感じになったせいか、全体的に日本のアニメやコミックみたいなテイストになった気がする。

悪役のラミ・マレックに関しては、度重なる公開延期のせいで、主演作品「ボヘミアン・ラプソディ」で得た注目度が失速してしまったってのもあるから、そんなにインパクトはないかな。もう少し出番があれば再注目ってなったのにね。

それにしても、ハンス・ジマーが「007」シリーズの音楽を手掛けると、ジェームズ・ボンドのテーマですら、クリストファー・ノーラン監督作品のスコアみたいになるんだな…。

音楽関連でいえば、ビリー・アイリッシュによる主題歌だが、公開延期がなければ、もっと話題になったのにとは思ったかな。
というか、この度重なる公開延期の間に、彼女が過去にアジア人を蔑視する言動を取っていたことが明らかになり、その問題が発覚して以降、彼女のシングルが大きなヒットになりにくくなってしまったので、ポリコレ至上主義の最近の米エンタメ界の流れを見ると、この主題歌で彼女がアカデミー歌曲賞を受賞する可能性はほぼなくなったって感じだろうね。というか、ノミネートすら危いかもしれない。

最後に、ダニエル・クレイグ版ボンド全5作を統括してみたい。

この5作品でボンド映画は単なる娯楽映画ではなく芸術面も評価される作品になったと言えるのではないかと思う。「スカイフォール」なんて、アカデミー作品賞にノミネートされてもおかしくないなんて評論家が絶賛していたしね。
まぁ、「カジノ・ロワイヤル」以外は上映時間が長いから、そういう演出もできるようになったんだけれどね。

あと、これまでのボンド映画は1話完結式だったけれど、ダニエル・クレイグ版は連作式になったから、キャラクターの内面を掘り下げやすいってのはあるよね。

主題歌だって、実は毎回話題になるにもかかわらず、過去5人のボンド俳優時代は1度もアカデミー歌曲賞を受賞していなかったのに、ダニエル・クレイグになってからは、「スカイフォール」と「スペクター」で2度も受賞しているからね。

ショーン・コネリー時代のセックス・アピール、ロジャー・ムーア時代のユーモア、ピアース・ブロスナン時代のVFXたっぷりの超大作風トンデモ映画感等々。人によって好きなボンド映画のタイプは違うかもしれないが、娯楽映画、スパイ映画の枠組みをこえて評価されるようになったという点においては、ダニエル・クレイグ版を否定できる人はいないと思う。それが好きか嫌いかはさておきね。

果たして、次回26作目のボンド俳優は誰になるんだろうか?これまで、ボンド役が変わるたびにイメージが違うなどと言われていたわけだし、ダニエル・クレイグだって、就任当初は、金髪はイメージが違うとか、筋肉アピール大好きなプーチン大統領にしか見えないとか言われていたのに、今では親しまれているわけだし、黒人でも結構いけるんじゃないかなとは思うかな。
まぁ、アジア人とか女性は違うとは思うけれどね。

というか、あの終わり方なのに、最後に“JAMES BOND WILL RETURN”って出てきたけれど、どうすんだ?って思った。
アレで死んでいないの?それとも、パラレル展開になるのか?あるいは、リブートとか?
まぁ、ダニエル・クレイグ版がスタートした時点は、ボンドのキャリア初期の描写をするなどリブート的な要素はあったからね。

あと、これまでのボンド映画と違って、ダニエル・クレイグ版はシリーズを通じてのストーリー展開ってのもあったから、また、仕切り直しってことなのかな?

《追記》
なんか、「ノー・タイム・トゥ・ダイ」って、「シン・エヴァンゲリオン」と共通点があるよね。どちらも、映画としては決して名作ではないし、ファンの中には結末に不満を持っている人も多いと思う。
本作でいえば、ジェームズ・ボンドが死ぬことや(確定ではないが)、ボンドに子どもができたこと。しかも、女の子であることに不満を持つファンは多い。
「シン・エヴァ」でいえば、シンジが綾波でもアスカでもなく、メガネっ娘の坂本真綾と結ばれたことに不満を持つオタクが多い。

でも、完結編としては、どちらも非常によくできた作品なんだよね。

「シン・エヴァ」は新劇シリーズのみらず、旧劇やテレビシリーズを含めた全てのエヴァンゲリオンをまとめたし、本作はダニエル・クレイグ版「007」シリーズの最終回としては申し分のないものに仕立てあげると同時に、過去のボンド映画にも目配せした内容となっていた。

それはつまり、ボンドは白人の中年男性にこだわる必要がないという制作側からのメッセージなのではないかなという気もする。
ボンドの血を引く娘の誕生や、一時的に007を名乗る黒人女性の登場など、至るところにそういうメッセージは残されていたしね。

現実世界では、テロというものはフィジカルなものではなく、ネットを使ったものに変わりつつあるから、そもそも、エージェントはジェームズ・ボンドのような精悍な白人の中年男性である必要はないわけだしね。
白人男性でもQみたいなオタクタイプでも主人公になれるわけだしね。
誰がやるのか、いつ作られるのか、どういう設定にするのか、果たして、次のボンド像ってどうなるんだろうか?

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