テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR
米国では長引くハリウッドのストライキの影響で(脚本家のストは終了したものの俳優の方はいまだ解決せず)先行きが不透明な映画興行界の救世主になると言われるほどチケット売り上げが好調な本作だが、おそらく、日本では観客動員数ランキングのトップ10に入ることはないのではないかと思う。かなり空席が目立っていたしね。
2009年の「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」が興行収入52億円を記録する大ヒットとなったのは、マイケルの急死からすぐに公開されたというタイミングもそうだが、マイケルが死の直前に実施すると発表していたコンサートのリハーサルの様子をほぼ本番に近い状態で見られるため、洋楽どころかマイケルに対してもそんなに興味がない人まで動員できたことによるものだ。
そもそも、音楽ドキュメンタリー、特にコンサートの様子を収めた映像作品を映画館で見る層というのは限られている。
熱狂的なファンが多いK-POPの音楽作品だって
大きなヒットにはならない。今年公開の「BTS: Yet To Come in Cinemas」が興収25億円を超える大ヒットとなったのは、これが、BTSの活動休止前最後のライブを収録したものだからだ。要は「THIS IS IT」と同様、“最後の”という触れ込みにつられてライト層まで動員できたことによるものだ。
というか、洋楽やK-POPに限らず、邦楽だって、コンサート・フィルムは大きなヒットにはならないし、ほとんどが少ない上映館数での公開だ。
例外は最近、様々な問題が発覚しているジャニーズくらいと言いたいところだが、2020年の「滝沢歌舞伎 ZERO 2020 The Movie」は興収21億円超の大ヒットとなったものの、これはステージの本番やリハーサルの模様を収録したドキュメンタリーではなく、映画用に撮影したものだから、純粋なコンサート映画ではない。そもそも、「滝沢歌舞伎」をコンサートと呼んでいいのかどうかという気もするし。
また、2021年公開の「ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM Record of Memories」は興収48億円を上回る大ヒットとなったが、これは嵐が活動休止前に行った最後のツアーのうちの1公演の模様を撮影したものだ。要はマイケルやBTSと同じ“最後の”商法の作品だ。
つまり、ファンを名乗っている者ですら、日本ではコンサート映画は見ないということだ。コンサートのライブビューイングはチケット争奪戦になるし、コロナ禍以降、コンサートの配信チケットも売れるようになったが、何故か、映画館で鑑賞するために映像や音声のクオリティを追求したコンサート映画には興味を持たないという不思議な国民性があるようだ。
本作の上映時間は2時間49分もある。おそらく、曲間やパートがわりの際のロスタイム、映画として使うのにはふさわしくないMCなどをカットしていると思われるので、実際の公演時間はこれにプラス30分くらいなのかな?
きちんとしたストーリーがある作品でもないし、様々な証言者のコメントが出てくるドキュメンタリーでもないから、正直なところ長さを感じてしまうのも事実だ。
しかも、これまでのキャリアを総括して全てのオリジナル・アルバムの収録曲を披露するオールタイム・ベスト(決してグレイテスト・ヒッツではない)的なセットリストとなっている。だから、見ているうちに、これまでに何枚分のアルバムを消化したよね=残りの上映時間はこのくらいかというのが簡単に推測できてしまう。それも時間を感じさせてしまう要因だと思う。
こういうセトリになったのはコロナのせいだ。2019年のアルバム『ラヴァー』に伴うツアーを行うはずだったが、コロナ禍に突入しツアーは中止に。
2020年にはライブ活動ができないことからレコーディングに力を入れるようになり、フォーク/アメリカーナmeetsオルタナティヴといった感じのパンデミック2部作『フォークロア』と『エヴァーモア』を発表。そして、2022年には最新オリジナル・アルバム『ミッドナイツ』をリリース。さらに、2021年には2作、2023年にも同じく2作(間もなくリリースの作品を含む)の再録盤も出している。これだけ、新譜がたまっていては最新オリジナル・アルバムのタイトルを冠しただけのありきたりなツアーなんてできない。ファンは『ラヴァー』以降の楽曲をライブで聞きたいよねと思っている。
しかも、再録盤を含めたら対象となる新譜扱いのオリジナル・アルバムは全10作中の8作となる。だったら、現時点では再録盤が出ていない残り2作も含めた全てのアルバムから選曲しようとなるのも当然だとは思う。
とはいえ、このセトリが完璧かと言うとそうでもない。
最新アルバムのタイトルを冠したツアーをやっておきながら、最新作収録曲を数曲しかやらないベテラン・アーティストが多いが、テイラーは『ミッドナイツ』からは何と7曲も披露している。地味なパンデミック2部作からだって合わせて10曲以上選ばれている。その一方で今年、再録盤が出たばかりの3rdアルバム『スピーク・ナウ』からは1曲だけ。2nd以降は全てアルバム名の後に“ERA”をつけてコーナーわけしているが(1曲でコーナーわけされている『スピーク・ナウ』はどうなのよとは思うが)、セルフタイトルの1stアルバムだけはそうした区分がされず、演奏曲が日替わりとなっているアコースティック・コーナーで同作収録曲が演奏されるくらいだ。ぶっちゃけ、全アルバムから披露と言い切るのはどうかと思う。
とはいえ、感心することもある。テイラーは時期ごとに音楽性が変化していくタイプのアーティストだ。初期はカントリー・シンガーもしくは、カントリー系シンガー・ソングライターと呼ばれていたが、今は彼女をそうした肩書きで呼ぶ人はいない。でも、こうして、約17年間のキャリアを総括したライブ音源で聞くと、きちんと、どの時代の楽曲もテイラーの楽曲として聞こえるんだよね。これは、テイラーの音楽の核はぶれていないってことだからね。しかも、これだけの長期にわたって名曲とヒット曲を連発してきたんだからね。改めてテイラー楽曲の素晴らしさを再認識できるという意味では良いライブだと思う。
ここで、テイラーの音楽性の変化をオリジナル・アルバム単位で振り返ってみよう。
『テイラー・スウィフト』(2006年)
一部楽曲でカントリー要素を薄くしたポップ・バージョンも作られているが、この時は誰が何と言おうとカントリーのアーティストだった。
『フィアレス』(2008年)
基本はカントリーだが、前作よりもポップ度は上昇。90年代後半にシャナイア・トゥエインやリアン・ライムス、フェイス・ヒル辺りがブレイクし、カントリー・ファン以外にも注目されたのに似ているといったところだろうか。
『スピーク・ナウ』(2010年)
前作よりもさらにポップ度は上昇。ブレイクしたシャナイアやリアン、フェイスが完全にポップ・チャートを意識した楽曲をリリースした頃に近い音楽性。とはいえ、基本的にはカントリーにカテゴライズされるサウンド。
『レッド』(2012年)
だいぶカントリー色は薄まっている。これはカントリーじゃないだろという楽曲も増えてきた。ただ、今回のコンサート映画で同作収録曲を聞くと、きちんとカントリーに聞こえるんだよね。
『1989』(2014年)
カントリーと呼ぶのは限りなく難しくなってきた作品。誰が聞いてもポップ・ミュージック。
『レピュテーション』 (2017年)
R&B色を強めた2010年代以降の米国ポップ・ミュージックといった感じ。ただ、この辺りから日本の音楽ファンに好まれる音楽性でなくなり、セールスが落ちてきたのは事実。
『ラヴァー』 (2019年)
R&B色は薄まり再びポップになったが、『1989』の打ち込み主体とは異なり、こちらはレトロな感じ。そして、同作リリース当初は米国での人気も下降傾向にあった。前作までは3作続けて全米ナンバー1シングルを生んでいたが、このアルバムからは生まれなかった。テイラーとしてはこのアルバムからのシングルを切っている最中にコロナ禍に突入して思うようなプロモーション活動ができなかったのも納得いかなかったのだろう。だから、今回のツアーは『ラヴァー』収録曲パートからスタートすることになったのだろう。そして、その結果がアルバムのリリースから約4年を経て収録曲“クルーエル・サマー”の大ヒットにつながったのだろう。
『フォークロア』 (2020年)
『エヴァーモア』 (2020年)
この2作はコロナ禍の自粛モードで内省的になったというのもあるのだろうが、久しぶりに自身のルーツに戻った作品となった。まぁ、カントリーと言うよりかはフォークに近いし、ロックの要素もあるが。そして、本作を見て内省的な曲のはずなのに大会場でも聞ける曲になっていることが分かった。
『ミッドナイツ』 (2022年)
再びポップ路線。そして、打ち込み路線だが、『1989』とはベクトルが異なっている。タイトル通り夜のイメージだしね。とはいえ、『1989』同様、80年代のニューウェイヴの影響は感じることができる。“アンチ・ヒーロー”は超名曲だと思う。
そんなわけで、日本盤が出る前に2ndを輸入盤で買って以来、テイラーの音楽を追ってきて、来日公演を2度見たことある自分にとっては結構楽しめた作品だった。