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カンガルーとワニと私【つぶやき#2】


私はオーストラリアの奥地、乾いた赤土が広がる荒野に立っていた。長期休暇を使った一人旅。街の喧騒から逃げ出したい気持ちだけで飛び出してきたが、広がる大地の中で感じたのはむしろ、心の中に静かに沈んでいた孤独だった。

「このままじゃ、私はどうなるんだろう?」

そんな思いを抱えながら歩いていると、目の前を突然、大きな影が横切った。カンガルーだ。驚いて足を止めると、彼はぴょんぴょんと草原を跳ねていく。その姿は実に軽快で、風に逆らうことなく、まるで流れに身を任せるようだった。

「どうしてそんなに楽しそうに跳べるんだろう?」

思わず呟いたその声が届いたのか、カンガルーは一瞬だけ振り返ると、また跳び去っていった。その背中には、迷いやためらいなど微塵も感じられなかった。ただひたすら、前に進む力だけが宿っているように見えた。

その夜、私は宿泊していたロッジで地元のガイドに誘われ、夜の湿地帯を歩くことになった。静寂の中、ランプの灯りが揺れる足元を頼りに進むと、水辺にひっそりと浮かぶワニの姿が現れた。

「動かないですね」

私がそう言うと、ガイドは笑いながら答えた。「ワニはね、必要なときだけ動くんだよ。それまではじっと待つ。無駄なエネルギーは使わないんだ」

私はそのワニをじっと見つめた。暗闇の中でも光る鋭い目、完全に静止しているかのように見えるその姿からは、強烈な存在感がにじみ出ていた。動かないことが力に見える。その事実が、私には不思議でならなかった。

カンガルーは跳び続け、ワニは待ち続ける。その対照的な生き方が、どうしても心に引っかかった。前に進むだけではなく、止まることも力なのかもしれない。どちらが正解というわけではない。そのバランスをどう取るかが、きっと大事なのだ。

翌朝、宿を出る前に窓から外を眺めると、朝日を浴びた草原の中を再びカンガルーが跳ねていた。私はスニーカーの紐をぎゅっと結び直し、足元を見つめた。

「進むのも、待つのも、私が決めるんだ」

ワニの静けさと、カンガルーの軽やかさ。その二つを心に抱えながら、私は再び広大な大地へと足を踏み出した。

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