第五 遠大にして着実なる目的

この章は「目的の立て方」についてである.
さっそくまとめてみる.

第五の嘉納の主張まとめ

  • 希望をエネルギーとする青年にとって目的の立て方はとても重要な問題である.

  • 夢ばかり語って,雲をつかむような話をするものの欠点は,一歩一歩着実に進むような仕事を煩わしく思い,急いで慌てて行って仕損じることがある.

  • 目先のことを志すものの欠点は,古い習慣に固執して,その場かぎりの行動をしてしまったり,小さなことに時間を掛けすぎることがある.

  • 大切なことは,遠大にして着実な目的を立てることであり,その人の力の及び得るところの最高のものにすることである.その人の「力」とは,現状の力ではなく,勤勉による今後の成長を含む.

この章も伝えたいことをシンプルでわかりやすい.遠大な目的と着実な目的のどちらかだけでなく,両方の性質を兼ね備える目的を立てよう,ということである.最近,いろんな分野で設定されるようになったMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)と短・中・長期の目標の両方が大切で,これらに矛盾がないようにしなければならない.大企業がMVVを立てながらも,目先の利益に走ることもある.そこに偏ると,遠大なる目的を達成することはできないだろう.逆に遠大なる目的ばかり語ってたら,利益を出せず飯が食えないことだってある.青年にとっても「遠大にして着実な目的」を立てることがとても重要であると述べている.この章は事例がおもしろいので紹介したい.最初に12歳の毛利元就の厳島明神に参詣した際の話が出てくる.

従者に向かい,「汝らは今日は何を祈ってきたか」と問うと,従者は「我が君の御武運めでたく中国一円の主とおなりになるようにと祈って参りました」と答えた.[中略]元就は「いやいや天下の大将軍と志してこそ中国の主ともなれようが,初めよりわずかな中国の主と志して,どうしてその望みが遂げられるものか」

嘉納治五郎,嘉納治五郎体系第7巻「青年修養訓」

と,「棒より願って針ほど叶う」という世の中で,初めから小さな目的では(12歳で中国地方の制覇もデカいがww),ほとんど何事も成し得ないと元就の考えを示した.これと対比させる形で,豊臣秀吉の小身で織田信長に仕えていた頃の話を出す.

ある夜朋輩と共にその志を語り合った.ある者は大国の主となろうといい,ある者は大将軍になろうといい,われ劣らじと大言壮語を吐いたが,秀吉は「余は今日まで,千辛万苦して,わずかに三百石を取る身となった.どうかして,この上なお三百石も取るような身になりたい願である」といった.朋輩らは秀吉の望みはあまりに小さなのを笑うと,秀吉は「君らは願うても叶わぬことをいわれるが,それがしは叶うべき望みをいうのである.なにとぞ六百石の身にと,日夜浸食を忘れて奉公一図に心がけたならば,今にやがてそれがしの望みは成就しよう」
*朋輩:なかまのこと

嘉納治五郎,嘉納治五郎体系第7巻「青年修養訓」

と,空疎の大望を立てても,結局役に立たないから,まずは自分が達し得る目的を定め,これを達成し,次第に高いところへ進むのがよいという秀吉の考えを示した.
元就のような目的の立て方と秀吉のような目的の立て方あるが,この「目的の立て方」は青年にとって,非常に重要な問題であると嘉納はいう.
どちらの目的の立て方も,一歩間違えて解釈すると,誇大なる空想家になってしまったり,自ら安んじた井底の小蛙(井の中の蛙)になってしまう.どちらも同様の結果に終わるから,「目的は,一面には遠大,他の一面には着実,この二様の性質を兼ね備うるを要することが分る」とし,遠大にして着実なる目的が大事だよ,ということである.
ここで,嘉納は「成算のある」ことの重要性も述べる.

道を行くには,初めに自己の歩行の速度を考え,道路の険夷(けんい)を計り,およそ何時間に幾里を進むかと予定し,服装金銭糧食等一切の準備を整えて,しかる後に途に上るべきである.
*険夷:けわしいことと,たいらなこと

嘉納治五郎,嘉納治五郎体系第7巻「青年修養訓」

と,徹底的な準備と計画のデザインの必要性をあげる.成算もなく,根性があればどうにでもなると,漠然として着手するのはだめだよということである.で,グラッドストーンが偉大な発展を成したゆえんは,青年時代から遠大なる希望を持っていながら,現在の境遇の達し得る範囲において最高の成果を挙げようとしており,この成果を挙げるための計画を立て,努力をもって実行し,一歩一歩進んだからだと,例をあげてまとめる.で,最後に嘉納は元就と秀吉に敬意を示すように,

元就や秀吉は目的の立て方についておのおの一面のみからいっているけれども,元就も着実でないのでないし,秀吉も遠大でないのでない,その実彼らの目的が遠大にして着実であったことは,彼らの一生に徴して明らかである.

嘉納治五郎,嘉納治五郎体系第7巻「青年修養訓」

と述べて,解釈を間違えずに,目的を立てる際は参考にしましょうと終える.ということで,青年のみなさんは参考にし,壮年以降の私たちは目的を見直してみましょう.
最後にもう一度この章をまとめて終わりたい.

第五の嘉納の主張まとめ

  • 希望をエネルギーとする青年にとって目的の立て方はとても重要な問題である.

  • 夢ばかり語って,雲をつかむような話をするものの欠点は,一歩一歩着実に進むような仕事を煩わしく思い,急いで慌てて行って仕損じることがある.

  • 目先のことを志すものの欠点は,古い習慣に固執して,その場かぎりの行動をしてしまったり,小さなことに時間を掛けすぎることがある.

  • 大切なことは,遠大にして着実な目的を立てることであり,その人の力の及び得るところの最高のものにすることである.その人の「力」とは,現状の力ではなく,勤勉による今後の成長を含む.

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