幸せとは何か
みなさん、「幸せ」って一体何だと思いますか?
あなたにとって、そしてあなたの周りの人たちにとって、その答えは異なるかもしれません。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみてください。
「人間として」の幸せ、あるいは「ホモ・サピエンスとして」の幸せには、共通する部分があるかもしれません。
そう、種としての私たちの幸せとは何か?
私たちの本能が教えてくれることがあります。
それは、幸せの中心には「子供」と「家族」があるということです。そう、私たちが種として感じる幸せの本質は、実はこれに尽きるのです。
私は社会が、このことから目を背けているような気がしてならない。
多くの人が「結婚や子供だけが幸せではない」と主張します。
・・・それは正しい
確かに、現代社会では、さまざまな幸せの形があります。
しかし、私たちの生物としての本能を考えると、子供を持ち、育て、家族と共に過ごすことが根本的な幸福感を生むのは事実です。
生物としての私たちは、甘いものが美味しいと感じたり、
真夜中の森で孤独を恐れたり、
異性に惹かれるのと同じように、
子供を持ち、家族とつながることで幸福を感じるようにできています。
これは私たちの本能的な部分であり、これが基本的な幸せの軸であることは間違いありません。
何事にも例外はあります。
ただ、例外は例外です。
考えてみてください。
もしも明日があなたの人生の最後の日だとしたら、どんな食事をしたいですか?
高級レストランでの豪華な料理?
それとも、家族と囲むシンプルな食卓?
おそらく、後者の方が心に残る幸せを感じられるのではないでしょうか。
重要なのは、何を食べるかではない、誰と食べるかではないですか?
過去に最も美味しかった食事は、もしかすると高級な料理ではなく、家族と一緒に食べた味噌汁とご飯かもしれません。
そんな素朴な食事でも、家族と一緒に過ごすことがあなたにとっての真の幸福をもたらしているのです。
だからこそ、結婚や子供を持つことが幸せの中心にあるという考えを、もっと社会的に肯定し、広めるべきだと思います。
社会がこれを堂々と認め、若者たちを支援することが重要だと私は思います
「結婚や子供だけが幸せではない」
「女性に子供産むことを強制させるような社会ではあってはならない」
「結婚することも、子供を産むことも自由であるべきだ」
それは正しい。
ただ、その正しさと、
今の若者たちにとって「結婚できない、子供を産めない、育てられない環境、社会となっていること」は全く別の話です。
結婚できない、子供を産むことができない社会とは、人として、当たり前の幸せを得られない社会と同義です。
もし若者たちが結婚や子供を持つことが難しいと感じているなら、それは社会がそのための環境を提供できていないということです。
これの改善こそ、私たち大人の責任であり義務なのではないでしょうか。
人間の種としての幸せの本質は、結局のところ「家族」であり、それが私たちの根源的な喜びであるということを、もう一度考えてみる価値があるのではないでしょうか。
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