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ゆうべから降りつづく雨は、昼前になっても、まだやまなかった。
空は、重たい黒雲に、すっかり占領されている。
そこから、しつこく長雨を落としているのだ。
町は薄暗く、まるで日暮れどきのようであった。
「あ」
ノートに板書をしていた俊郎は、舌打ちした。
大事に使っていたちびた鉛筆が、筆記のはずみで、ぼき、と折れてしまったのだ。これでは、刃先で削っても、もう使えない。
俊郎は、もう一本の鉛筆を筆箱から取りだして、それを使いはじめた。
ところが、それもじきに、ぼき、と柄から折れてしまったのだ。
おかしい。
これはどういうわけなのだ?
そのとき。
「先生」
ふいに声が立った。
ひとりの女子生徒が手をあげている。
「なんだね」
「先生、頭が痛いので、保健室で休ませてください」
「お、そうか」
先生は心配そうな顔をして、
「風邪かね?」
「いいえ、風邪ではないと思います。たぶん、気圧が低くなっていて、それで頭痛がでるんだと思います」
「おお、そうかね。そう言えば、わたしの妻も、似たような頭痛もちだな。やっぱり気圧に関係しているそうだ」
「長い雨だなあ」
だれかが言った。
「部活ができないや、これじゃ」
「大会が近いのに」
「な」
俊郎は、窓の向こうのグラウンドを見た。
この長雨のせいで、グラウンドには無数の水たまりができていた。
相変わらず、水たまりには、これでもかというほど雨が当てられて、まるで、水たまりがあわあわと沸騰しているように見えた。
「まあ、とにかく保健室へ行ってきたまえ」
うながされ、その生徒が席を立とうとすると、さらに二、三人の生徒が手をあげて、頭痛を訴えた。
「わかった。じゃ、君たちも行ってきたまえ」
「はい。すみません」
「ねえねえ、村上くん」
後ろの席のクラスメイトから、声をかけられた。
「なんだい」
振り向くと、クラスメイトが言った。
「鉛筆、ないか?」
「鉛筆?」
「そうなんだ。ぼくの一本きりの鉛筆が、折れちまって、使いものにならないんだ。あとで購買へ買いに行くとして……この授業の間だけ、一本貸してもらえないか?」
「それが、ぼくのも折れてしまったんだ。もう一本しかないんだ」
「え、君のもか」
「そうなんだ。鉛筆の芯が折れるならまだしも、柄の部分から折れるだなんて、信じられない」
結局、そのクラスメイトは、別のクラスメイトから鉛筆を借り、なんとか板書ができたのである。
ところがふしぎなのは、以後も、鉛筆の折れる生徒が続発したのであった。
中休みに購買へ行くと、生徒でごったがえしていた。
一年生から、三年生まで……
まるで、スーパーの特売日のようなさわぎなのだ。
これはどうしたのだ?
「鉛筆は、もう売り切れました!」
購買係が言った。
「クラスの人から借りてください! 繰り返します、鉛筆は、もう売り切れました!」
彼女は、泣きだしそうな顔で叫んでいるのであった。
俊郎は、廊下の窓から、外を見た。
黒雲は、さらに分厚くなったようで、いよいよ町へのしかかってくるかと思われた。