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わらしべ
この作品は、いくつかある『Q市への旅』(2022年)未収録作品のうちのひとつです(筆者)。
俊郎とあきらが下校していると、道の先で、五つか六つくらいの男の子が泣いていた。
見れば、自転車のチェーンが外れている。走行不能になったために泣いているのだ。
「直してやろう」
あきらが腕まくりした。
「杉山君、修理できるのかい?」
「できないよ」
あきらは、にやりと笑った。
「?」
それから、あきらは人差し指を自転車に向け、
「サイコ・リペアー!」
ひとつ気合いをかけると、外れていたチェーンが、たちまち、シュルシュルシュル、と歯車におさまった。
「よし、これでいい」
「わあ!」
男の子は、目を丸くした。
それから、にっこりと笑い、
「お兄ちゃん、どうもありがとう」
そう言って、ポケットからうずまきのキャンデーを取りだした。
「これあげる」
あきらは、嬉しそうに男の子からうずまきキャンデーを受けとった。
二人は、また歩きだした。
「きみがどう思おうと勝手だが」
あきらは、キャンデーをぺろぺろなめながら、
「ぼくは、お礼は拒まない主義なんだ」
「うん」
「たとえ幼児がくれると言っても」
「うん」
「ぼくは拒まないぞ。なんせ、ぼくのうちは貧乏なんだから。キャンデーなぞ、買い与えられた試しがないぜ。ああ、うまい!」
そうして歩いていると、今度は、ワンピースを着た、髪の長い女が目にとまった。
ワンピースの女は、片足の靴を脱いで、困ったような顔をしているのだ。
「どうしたんです」
あきらが声をかけた。
「ヒールが壊れちゃったの」
見ると、彼女が手にしている靴のヒールが割れているのだった。
「接着剤かなにか、持っていない? このままじゃ歩けやしないわ」
「なに、接着剤なんていらないよ」
あきらは、
「サイコ・リペアー!」
また、超能力で難なく靴を直してしまった。
彼女は、びっくりした顔で、
「まあ、信じられない。直っちゃったわ。いま、どうしたの?」
「なに、ちょっとした手品みたいなものです」
彼女は、まだわけがわからないといったようすだが、
「ともかく、助かったわ。どうもありがとう」
それからハンドバックに手をつっこんで、
「お礼をしなきゃ。はい、これ」
そう言って、なにか小さなものを取りだした。
「なんです、これは」
あきらが言った。
「これはね、鍵よ、鍵」
なるほど、たしかに鍵だった。
「鍵?」
「ええ、そうよ。あなたに、部屋をあげる。一〇九四階の部屋を」
「一〇九四階?」
「そうよ。一〇九四階。ちょっと低いけれど、我慢してね」
彼女は、鍵をあきらに突きだして、
「ほら、あげる。好きに使ってちょうだい」
「…………」
女は、慌てて、
「ああそうだ、建物の場所を言わなかったものね。場所はね――」
すると、あきらは俊郎の袖を引いて、
「行くぞ、村上君」
「え」
「ほら、早く」
そう言って、俊郎を引き立てるようにして、足早にワンピースの女から遠ざかっていった。
「ど、どうしたんだ、杉山君」
だいぶ遠くまできたところで、俊郎は訊いた。
「どうしたもこうしたもない。なにが一〇九四階だ。そんな建物がこの世にあるものか」
それから、あきらは言った。
「あの人は、きっとこの世界の人じゃないんだ。そんな人のくれるものを受け取れるか。超能力を使って損したよ、まったく」