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幽霊屋敷
俊郎が家路を急いでいると、横筋から、ふいと現れた者がある。
小学二年か、三年くらいの、野球帽を被った少年だ。
少年は、俊郎に気がつくと、わっと叫んで走り寄ってきた。
「ど、どうしたんだ?」
「幽霊屋敷だ!」
「はあ?」
「幽霊屋敷だよ」
少年は、息せき切って、
「幽霊屋敷だ。いま、あっちに現れた。ぼく怖いや!」
「…………」
幽霊屋敷だと?
なんだそれは。
俊郎は、少年の指さした方へ、折れていった。
そこは、軒の低い、市営住宅の連担する一角だった。
その中に、ある平屋住宅だけが、周囲からぽつんと離れて建っていた。
なるほど、ちょっと見にはありていの市営住宅に見えるが、じつはホログラフィーのように薄っぽい、透過性のある幻影であった。なぜなら、遠景に、真裏の家々が透けて見えるのだ。ドライアイスのような瘴気が家全体から立ち上っていることも、いよいよ不気味であった。
「ぼく、家へ帰ろうとこっちへ来たんだ。そうしたら、幽霊屋敷が!」
少年は、俊郎に抱きついて、
「ぼく、怖いや! どうしたらいいだろう」
「この道を通らないと、家へ帰れないのかい?」
「そうなんだ」
「迂回できないのか?」
「うん。どうしても、だめなんだ」
少年は、困ったような顔をした。
「――お兄ちゃん、中学生だろう? 中学生なら、あの幽霊屋敷を退治できるだろう?」
「退治?」
「ああ。玄関から、家の中に入ってご覧よ。きっと、住人がいるはずだ。もう幽霊屋敷が現れないように、説得してもらえないか?」
説得だと?
ばかな。
その住人もまた、幽霊ではないか。
幽霊に、もう出てくれるなと説得する?
霊媒師や、祈祷師でもあるまいし……
「ぼくには無理だ」
俊郎はかぶりを振った。
「幽霊屋敷なんか気にせず、早く帰るんだ。それに、あの幽霊屋敷は建っているだけで、なにも危害を加えやしないじゃないか」
「だけど」
少年は、俊郎にむしゃぶりつき、
「毎日毎日、ここを通るのが怖いんだ! お願い、説得して!」
「坊さんを呼ぶといい」
俊郎は少年を突き放し、
「ぼくにその任は果たせないから、坊さんを呼んで、ありがたい読経でもしてもらうんだ」
そう言って、俊郎は歩きだした。
早いところ、家へ帰らねばならない。
明日から、学期末テストなのだ。
少年の、刺すような、恨みの視線を背後に感じながら……
俊郎は、幽霊屋敷からみるみる遠ざかっていった。
「幽霊屋敷?」
兄の司郎が、ぎょっとした顔で言った。
「幽霊屋敷って、市営住宅の連担地に出る、あれか?」
「ああ。初めて見たよ。小学生の男の子が、ぼくを呼び止めてね。前の道を通らなければ家へ帰れない、怖い! って脅えるんだ。屋敷の幽霊を退治してくれなんて、ぼくにせがむんだよ」
「ばか!」
司郎は、ぴしゃりと言った。
「あの子も幽霊じゃないか! あの家に昔住んでいた子だよ。お前、屋敷に入っていたら、きっといまごろここにはいないぞ!」